第51話

「あまり手荒な真似は感心しないな。大叔父として悲しいよ」


 私を腕に閉じ込めたギュンターは苦笑しながらも瞳に刺す様な鋭さを滲ませて、フリードを始め皆を睥睨する。

 ギュンターは最早その髪と瞳の色の色彩を隠してはいなかった。


「ギュンター、ありがとうございます。相も変わらずの様子に心底安堵致しましたわ」


 さも親しいという様子を咄嗟に取り繕った私へと満足そうにギュンターは微笑みかける。

 ――――皆が事態に付いて行けず目を白黒とさせる中だからこそ、ギュンターの酷薄な様子が際立って見えた。


「面倒だから隠していた私も悪いけれど、気が付かないというのは皇族としても紫の瞳を持つ者としてもどうなのかな? 一応私は現皇帝の末の弟だよ。身分も姿も変えていたとはいえ金色の髪と紫の瞳を持つ、ね」


 ギュンターはそう言いながら先程までの寄れば斬ると言わんばかりの冷たさを綺麗に払拭し、私を甘く蕩ける瞳と表情で見詰めだした。


「ああ、ルディアスでさえ気が付かなかったけれど、エルザだけは私を見つけてくれたね。――――エルザ、ルディアスは止めて私にしないかい?」


 そこで私は非常に慣れないながら、どうにか表情を皆が惑うように装った。

 満更でもないという匂いを誰もが感じ取れるように。

 瞬間、周囲の空気が一段と澱んだ気がしたのは気のせいではない。

 私に集まる視線は刺し殺さんばかり。

 同時にそれが暗い熱を帯びているの事に混乱が加速されて止まらない。

 それでも何故そうなるのかが分からないながら、必死に演じ続ける。


「嫌ですわ。ギュンターとの秘密を皆様に晒してしまわれて……二人だけの……でしたのに」


 うん、自分で言っていなんだけれど……非常に居た堪れない。

 有り体に言って穴があったら埋まりたくてたまらないのです。

 こういう人物像は私としては理解の範疇外というか、遠くから見ていたい感しかないのだ。

 あえて関わろうと思わない人だろうなぁと思わず遠くを見たくなるが、それをどうにか気力でやり過ごして集中しなければと言い聞かせる。

 何度も何度も。

 大丈夫と言い切れるまで。


「嘘よ! あんたみたいなのがいるなんて聞いた事ない!! 知らないわ!!! 私知らない! 設定に無い!!! だから知らない!!!!」


 エリザベートが信じられないと全身で表現するように金切声を挙げながら首を大きく振る。

 何度も知らないと言葉を重ねた。

 それをギュンターは冷めた瞳で一瞥してから呆れたとため息を漏らす。


「紹介されたよね、君の祖父であり現皇帝陛下に。君と同い年だけどって。もしかして忘れてしまったのかな。その時とは髪の色と目の色は違うけど、確かにギュンターだと現皇帝陛下は言ったのに。本当に残念だね、君は」


 瞳も表情も態度さえも、嘲りを隠しもせず明確に示しているギュンター。


「そもそもだ、私は君に発言を許していない。言葉遣いは言うに及ばず。誰かコレを牢にでも入れてくれないかな。むしろ放置する方が現在進行形の皇族侮辱罪なんだけど。分かっているかな、フリードリヒ。まさかとは思うけど、君より私の立場が上だと言わなければ分からないほどの馬鹿なのかな、君。ルディアスならすぐに理解できたんだろうにね、憐れな話だ」


 今度はエリザベートからフリードリヒへと滑らかに嘲笑対象を移動させる手腕に脱帽。

 同時に私はフリードがルーと比べられて貶される事に心が痛い。

 自らこそ率先して彼の心を傷つけていたにも関わらずだ。

 ……本当に私は……


「ギルベルト、アンドレアス、エドヴァルド、ディルク。君達の仕事だ、アレを連行してくれ。ちなみに分かっていると思うけれど、これはお願いじゃない、命令だ。――――何をしているのかな? 皇族の命令に逆らうと、そういう事かい?」


 ギュンターは遺憾なく愉しげに皇族としての力を振るう。

 皇族としての身分で言えば、皇子でしかない上に皇位継承権も無い父親を持つフリードリヒよりも、紫の瞳という同条件であるのならば短くとも玉座を得た事のある父親を持つギュンターとでは……推して知るべし。

 とは言え現行ただ一人彼に意見できるのは――――


「大叔父上、発言をお許し願えますでしょうか?」


 歯軋りさえ聞こえてきそうなほどの表情を隠しもせず、瞳には殺意しかないというのに、それでも言葉は丁寧なフリード。

 ……それを見ていると、更に胸が痛くて……掻き毟られるように痛くて落ち着かない。

 普段ではありえないフリードの様子が悲しくて心が痛いのか、そのあり得ないフリードを呼び起こしているのがエリザベートの力で、しかも無理矢理だからなのか判別できず混乱する。


「何かな? 抗弁なら聞かないよ」


 傲慢さと酷薄さを貼り付けたギュンターは、フリードのおそらくは言葉を封じた。

 ここで何かを言おうとしたのなら……それはエリザベートに対するものなのは誰にでも分かっただろう。

 だからこそギュンターは聞く耳持たないという態度を崩さない。


 私は部屋を覆う緊張感に、どうにか顔にまとった侮蔑を外さない事と冷や汗を流さないようにする事で精一杯だった。

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