第42話

『ダメよ!!! ダメ!! 汚染されちゃう!!!!』


 悲痛なアデラの叫び声を聴きながら、それでも力の行使を躊躇わない。



 血を吐く。

 懐かしい味。

 鉄錆びの……味。

 前世で何度も味わっていた。



 伸ばした腕は血塗れ。

 内部から裂けて骨が見えている。

 身体が力の負荷に耐えられないらしい 。



 ただでさえボロボロだった身体は……崩れて崩壊していくのが分かっていても止まる気は無いのだ。



 この程度の力じゃダメだ!

 アレ等が……以前より確かにこの世界に馴染んでいる!

 このままでは管理者の眷族じゃないと全てが取り込まれてしまう!!



 崩れていく身体に鞭を打つ。

 その為に一つ深呼吸。



 彼等は……私の……敵。

 ――――世界の敵だ。

 既に皆もその眷族。

 害し、命を啜ろうとしている……それだけの為だけに存在する。



 でも彼等には……居場所が……何処にも無い。

 あらゆる世界の……全てに――――無いのだ。



 ならばせめて……今は安らかに眠って欲しい。

 存在する事が苦痛でしかないのなら、私が終わらせる。



 光が膨れ上がった。

 意識が消し飛びそうな中、声が……懐かしい声が聞こえてきた。



 ……――――……――――ダイジョウブ。スベテ×××××××スレバイイ――――…………――――――――



 その声が聞こえた瞬間……意識が急速に遠くなるのを感じる。

 消し飛びそうだった時とは訳が違う。



 ああ……全てがスローモーションに見える。

 そんな私の目にしている世界の内側から声がした。

 先程の懐かしい声。

 まるで羊水の中を揺蕩っているかの様な感覚を味わいながら、声に耳を傾けるべきだと不思議と思えたから。



 声に従い、強く願う。

 ただただ無心に。

 皆を救うのだと。

 他の事は考えない。



 内側に、内側にと意識を向ける。

 降りて行く。

 潜っていく。



 それだけで幾重にも張り巡らされた……私の枷が、溶けていく。

 そう、私の力の最も根本の部分。

 私の力の及ぶ限りの全てを××××××する力……だ。




 爆発したような金色の光の本流の中、底無し沼にズルズルと引きずり込まれて沈んで行くように、私は眠りに墜ちていった……




 ――――夢、だろうか。



 奈落の底の様な暗闇の中、残念そうな……けれど羨ましそうに嘲笑する少年の声がする。



「君の馬鹿さ加減にはホトホト呆れるよ。あいつ等まで救おうとするなんてね。あいつ等にしても……あんなにも優しく終わらせられた事は皆無だろうなあ」


 そこで私に気が付いたようで、確かに誰かの気配を背後に感じた。


「あはハはハハは! 失敗、失敗!まさかそこまで力を使えるとはねえ。なるほどなるほど、君にとっては他の存在はそんなに大事って事かぁ。そっか、そっか、アはハははハ!! 君はあいつ等だけでも救うんだろうねえ……で、君が守るべきって思ってるこの世界、この国の連中がいたから……余計に頑張っちゃったのかな? でもねえ……君の器、その力に耐えられるかなあ。君が能力をなんらかの形で使うたび、兆候は出てただろう? 君がどうするか、本当に楽しみだなあ! あハははハハは!!」


 滴る悪意を隠さず心から愉しそうに嗤う声。

 幼さの残る少年の声。

 だというのに……どうしてだろう。

 老成と諦念を感じるのは……



「前世から君は……そう、何も変わっちゃあいない。何一つだ。損なわれずに犯されず穢れずに、綺麗な綺麗なまま。幼い器に似合わぬ精神構造。さぞかし目立って浮いただろうねえ。だから……目をつけられた」


 声は嬲る様に愉しげだ。

 私の知らない何かを知っていると匂わせているけれど、知っている事の様な気にもさせる。



 ……惑わそうとしているのが感じられるから、取り込まれない様にしないといけない。



 どうにかそう言い聞かせて心の平穏を保とうとする。

 けれどその私の態度は……この声の主にとって崩しがいのある愉しいおもちゃの様だった。



 耳に息がかかる感覚がした。

 それ程の近くから私の背後で話し続ける。



 ……粘着く様な視線。

 糸を引きそうなほどの粘着さを感じる。



 この声の気が済むまで私はこの空間から解放されない気がして、震えそうになるのを懸命に抑えていた。


「こちらで目立たず奇異に写らなかったのはね、単に周りの連中が人から逸脱してるからに過ぎないんだよ。幼くして成熟している精神はさ、普通は異常なの。異端なの。本来はね。ここの連中は幻獣と通じているから、存在強度が人のそれじゃあない。だからこその精神。しかも中枢に近いのばかり君の周りにいたんだからさ、そりゃ馴染むよねえ。だから誰も君の奇異さに気が付かない。紛れていたんだ。……でもねえ……君のどうしようもなく綺麗な綺麗な所は目立つんだよ。暗闇の中で輝く月さながらにね。それこそ異常者であればあるほど。人から逸脱してればするほど。……中身が人じゃなければ余計にね」


 そう言ってこちらの反応を見る様に、ケタケタと悪意を込めて嘲笑する声が響き渡った。

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