第41話

『ダメ、エルザ!!!』


 鼓膜が壊れるのではないかという大きく鋭い声。

 これ程の……私の行動を切り裂かれんばかりな彼女の声は初めてだ。


「アデラ!?」


 私と誓約を交わしている妖精のアデラは、帝都の我が家で眠りについていたはず。

 そう思いながらもキョロキョロと辺りを見渡したけれど、姿は無い。


『ダメよ、エルザ。絶対に、駄目』


 細かく区切りながら、いつも温かな眼差しの彼女が、焼ききれそうな程に真剣な視線をこちらへと向けている姿が脳内で映像化されるものだから、驚愕と共に首をかしげる。


「……どうしてなの……?」


 脳内に展開されている映像はこの際無視して、何故私が力を使う事をアデラが止めているのかを訊く事にした。

 私が訊ねると、アデラは眉根を寄せて沈黙。


「アデラ……?」


 思わず彼女の名前を呼んだ時だ。


『我から説明しよう』


 私の声が言い終わるとすぐ響いたのは、ミニミニサイズのエーデルの声だった。


『今、アレ等を停止させてはいるが……エルザ、あれらはもう手遅れだ。人の手に余る。完全に滅ぼすしかない』


 やはり姿を探しても周囲にはおらず、鮮やかに脳内で映像が浮かび上がる。

 淡々と話す、普段では感じない程エーデルの温度の無い声音に凍り付きそうになりながら、どうにか言葉を絞り出す。

 ……私が立っていられるのも、ましてや話せているのも……停止させているから……なのだろう。


「―――滅ぼすって……殺す、しかない、の……?」


 声が震えるのを押さえきれなかった。

 停止させているという言葉通り、この場に居る私以外は身動き一つせず、時が止まったように固まったままだ。



 ……けれど、リーナもベアトリス様もアーデルハイト様も……クラスメイトの皆も……他のクラスの全員の……遺体が変質して怪物化してしまっているのは見て取れてしまっていた。


『そうだ。魂ごと完全に消去するしかない』


 氷の様なエーデルの声。


「……そんな……! どうにか……どうにかならないの……!?」


 既に裏返って見るも無残な姿になっているのは分かっている。

 分かっていても、それでもだ……!

 ――――魂まで完全に消去されたら……皆は……!!!


『無理だ。汚染され変質したモノは消すしかない。それも完全に。罹患すれば無限に増殖するのだ。放っておけば世界中を汚染し滅ぼしてしまう。ここで消去するしかない。存在を無かった事にするのだ』


 ――――存在を……無かった事に……?


「それは……それでは……もしかして記憶の中からも皆は消えてしまうの……? 初めから……魂そのものが存在しなかったことに……?」


 胸が塞がる様で……悲しいのか、自分の無力を呪っているのかさえ分からない震えが止まらない。


『そうだ。故に悲しむ必要はない。悲しむ理由さえなくなるのだから』


 エーデルの声がどこまでも冷酷に響き渡る。


『そうよ、エルザ。貴女は何もしなくても良い。ただそこで見ていればいいわ。その傷も……涙も、無かった事になるのだから』


 アデラでさえ脳内で告げる声は冷厳で。


『大丈夫よ、エルザ。貴女は一切汚染されていないわ。だから貴女は助かる。何の心配もいらないわ。貴女が無事ならそれで良い。アギロも私もそれを望んでいる。他の幻獣達の心配は要らないわ。アギロが望めば。それに記憶自体無くなるもの。だから……何もしなくて良いの』


 アデラの声。

 温かな……いつも通りの。



 ……ああ、本当に、幻獣や妖精は――――



 だからこそ、私は決めてしまったのだ。

 幻獣や妖精はそういう存在だ。

 大切なモノは真綿でくるんでひたすら甘やかして何も見せなくする。



 ……だから、本来ならアギロは私に色々知らせたくはなかったのだろう。

 けれどそれも、大切な私に聞かれたら問題のない範囲で話す。



 彼等は――――鳥籠に入れて、ただただ大事にする。

 要求も出来る範囲で叶える。

 ……鳥籠の小鳥の命に危険が及ばない限りでは。



 鳥籠の小鳥の意思より、その存在の保護。

 それを最優先にする事こそが……彼等の正義。



 ――――それでも、私は……!!!



 思ったのはとても単純で安易な事。

 私はエゴの塊だ。



 だから……加奈ちゃんを救いたいと思った。



 ……私の所為で前世命を絶たれ、この世界に連れてこられてしまった彼女を。



 加奈ちゃんが救いたいと願っている存在が居るのを知ってしまった。

 ならば、此処で彼女の存在を無かった事になどできるものか……!!!



 ――――その結果、皆が救われたならそれで良い。



 決断は一瞬。



 勝算が無いではなかった。

 アデラが止めたという事は、私にはどうにかできる可能性があるはずだ。



 私の能力ストック用の双子石の魔石をありったけ空高くばらまいた。

 宙に浮いたそれ等と連結するイメージ。



 全ての石が輝いて、瑠璃色と黄金色をした目が開けていられない程の光が乱舞する。



『キュ!!!』


 まるでやっちゃえと言わんばかりの……本当に久しぶりに聴いた、私と誓約を交わしてくれたドラゴンの赤ちゃん、ルチルの声。


『エルザ!!!?』


 恐怖に絶叫するアデラの声。


『……そうか……』


 諦観を込めた……エーデルの声。



 脳裏に展開されるそれらに微笑み一つ肯いて、満身創痍の身体に全力で力を行き渡らせた。

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