第26話

 きちんと考えないといけないと、逃げ出した脳味噌さんと思考回路さんにどうにか頑張ってもらう。

 結果頭に浮かんだ考えに、私の心は混乱する。


「皇帝陛下が気が付いていらっしゃらないけれど、気が付いたのなら――――……陛下は私と結婚という方法を取る……で合っている……?」


 不安になりながらどうにか言葉を絞り出す。

 これしかないと思ったのだ。

 思ったけれど、私の心は乱れに乱れて真面に動いてはくれない。


「正解。そう。幸いかどうかはおいておいて、皇帝陛下たる兄上は現在独身だ。そしてエルザは皇妃であることが決定している。別に現皇帝の皇妃にはならないという決まりはない。慣例として年が近い皇帝、もしくは皇太子。それらがいなかったのなら有力な皇族に嫁ぐのが”魔力無し"だ。エルザが『夢見の巫女』であるのなら、未だに決まっていない皇太子ではなく皇帝に嫁ぐというのは誰も反対し難い良い判断となる。何せ兄上は年齢的なモノと瞳の色、魔力的にまだ子を作れる可能性も低い訳じゃない。これは皇帝派にとっては最高の手だね」

 

 思わず下を向いてしまった。

 そうなったとしたら、私は……

 考えなければと思うのに、どうしても逃げ出そうとする私の心に忸怩たる思いが湧いてくる。


「エルザという存在はとても強力なカードだと言っただろう? どれくらい凶悪かといえば、君の夫は皇帝で決定なんだ。言い換えれば、君の夫になりさえすれば皇帝に決定って事。ただし皇族に限る、ってなるけど。でもね、相応しくない夫は挿げ替えられる。周囲はそうする。伯父上もそれに否やは無いし、姉上にしてみてもそうだろう。本来皇帝になるはずの存在より、君の重要度の方が上っていう異常な状態なんだ。……だからこそ、君はとても注意して注意しすぎるくらいで丁度良い。君を貶めるのはある意味簡単。皇帝に相応しくない男との性行為。これだね。だから私は色々擬態する事にしたんだ……って、大丈夫? 刺激強すぎた? あ、言っておくけど、フリードリヒはある程度理解しているからおかしくなってる状態。他の皆もそれぞれ立場的に耳に入ってるからこその言動だね。……本当に闇が深い」


 そこまで一気に言い切ってから、腕を解いて顔を手で覆う。

 まるで気持ちが分かるとでも言いたげな、切ない吐息が彼から漏れていた。


「誰かが曝け出させなければ、知らず知らず皆静かに少しずつ腐っていったのだろうね……確実に。ある意味では今回の事は良い事って言えるのかな……君を置き去りにしてって注釈が付くけど。君は一人しかいないのに。それでもと手を伸ばしたら破滅しかないし。それでも良いってくらいにはおかしくなってるね。もう君の周りの異性は実の家族以外は正気じゃないって認識しないと。良い? 君の義理の弟も大概おかしいから。君の友達は義理の弟君の名前を口にしなかった理由、分かる?」


 感情さえ凍り付いていく私を案じる様に見詰めるギュンター。



 イザークさえおかしくなっているという。

 あの子とほとんど最近会っていないのだ。

 その事に疑問さえ先程まで思い浮かばなかった。



 私自身も何らかの干渉を受けている。



 ――――だからみんなもおかしくなったの……?


「はい、逃げない。ちゃんと頭に入れないと君の大切なモノ全部台無しになるよ。……君の義理の弟は、取り込まれてるから。気を付けて」


 ギュンターは優しい声で諭しながら、とんでもない爆弾を投下した。


「さて、また考えよう。何故私が擬態しなければならなかったのか。生まれた時からね。どうしてだろうね?」


 私がイザークの事を考えようとしたのを遮る様に、ギュンターは私が最初に感じた疑問へと戻ってきた。



 イザークがナニカに取り込まれているという事だけはしっかりと記憶して、考えよう。

 どうして擬態したのか……



 鮮やかな黄金の髪に紫の瞳。

 そしてフリードよりも上だという能力。



 単純に考えて、今のこの皇帝派、皇妹派で分かれている状態にギュンターの存在は――――


「貴方こそ爆弾だわ。ルディアスがいないからこそ余計に。そしてお祖母様にとっても切り札」


 私の答えに楽し気に笑うギュンター。

 どうやら正解、らしいけれど……



 まるで今の状況が分かっていて産まれた時から擬態していた様だと思った瞬間、ギュンターは嬉しそうに目を細める。


「当たり。時の縦糸は出来得る限り読まないようにしてるんだけどね。やっぱり胎の中にいて暇だったもんだから色々見えちゃって。このまま素直に産まれたらどうなるかっていうのがね……」


 そこまで言ってから、大きくため息を吐いた。


「私の真実を今公表するのは周りにとってかなり危険かなって判断してる。だからこのまま君が死ぬまで隠れていようかなって思ってたんだけど……」


 ギュンターが、強い眼差しで私を見詰める。

 今までより強い眼差しだ。



 笑っていた表情さえ真剣なものに変わり、私は瞳を瞬かせる事しか出来なかった。

 脳味噌さんはおろか思考回路さん、感情さんさえ逃避行に出ようとしている現状、私には何が何やら……

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