第25話

 私の脳味噌さんが機能停止しているのを分かっているのだろう。

 クスクスと楽しそうに笑うギュンター。

 軽く人差し指で私の額に触れる。


「ま、雑談はこれくらいにしようか。話を戻すけど、今の帝宮は皇帝派と皇妹派で綺麗にくっきり分かれている。陣営としての規模は皇妹派だろうね。元々『夢見の巫女』だった姉上への信奉は凄まじいものがある。だからこそ姉上が帝位を継ぐべきだと未だに思っている者が多いんだ。力を失ったとはいえ、その血を是非帝室にって訳だね。それを裏付ける様に姉上の孫であるエルザに『夢見の才』があるっていうのは皇妹派にはすこぶる強力なカードだ。その上エルザは『魔力無し』。言っておくけど、現皇帝の後継者が決まっていない現状なのもあって、エルザはルディアス、フリードリヒを含む皇位継承権を持つ皇族でさえ太刀打ちできない程の権威がある。帝国で皇帝に次ぐ皇妃に既に決まっているからね。候補であり継承権を持つだけより上って事。加えて『夢見の巫女』。現皇帝にはソレがないからこそ、エルザの権威の方が上と見る向きさえある。現皇帝の行状は……ま、褒められたものではなく、そしてそれは貴族、士爵にさえ伝わっている。更にエルザに有利なのはその容姿。どうみても皇族の其れでしかない。ダメ押しに幻獣はドラゴン。それもドラゴンの中でも最高位である証の赤系の瞳まで持っている。つまり現皇帝のドラゴンよりエルザのドラゴンの方が位は上。比べ物にならない程ね。もう一つ加えると、姉上の幻獣であるドラゴンも現皇帝の幻獣であるドラゴンより上。ここまでは良いかい?」



 ギュンターが話してくれた内容は、ディート先生からももう少しオブラードに包んで教えてもらっていた。

 どうやら私の立場というモノは、私が知らない内にとんでもない事になっていたらしい。



 これではまるで……


「そう。君が帝位を継いでも良いのではという意見はかなりの規模だ。だが、君が『魔力無し』であるからこそ、皇妃が最も相応しいという声の方が当然大きい。さて、ここで問題だ。皇帝派にとって、君はどういう存在カナ?」


 流石に思考回路が逃亡していようと私にもわかる。


「……手に入れればジョーカーたり得ますね」


 色々端折って口にしたが、ギュンターは余計に愉し気に私を見つめる。

 額から指を離し、彼は腕を組む。


「正にジョーカー。切り札だ。君が皇帝派に組み込まれたらそれで勝ちっていうレベル。だからこそ手に入らなければ君以上に目障りで目の上のたん瘤も居ない。さて、ここで有力な皇族がどっちについているかっていうのが重要だよね。因みに、第二皇子以外は皇妹派だ。では、ここでフリードリヒ。彼が重要になってくる。ルディアスがいない現状ではね。皇帝さえ凌ぐ魔力の持ち主で幻獣はドラゴン。更にそのドラゴンは最高位の存在。これまで問題らしい問題も無い訳で。容姿さえ何の問題も無いって言うのは強いよ。フリードリヒの父親である第二皇子は皇帝派。ではフリードリヒは?」


 面白そうに私を見詰めるギュンターへと、私が知る限りの答えを口にした。


「中立派、だったはず。ただ現在はどうかは分からない」


 ギュンターは嬉しそうに笑いながら手を自らの顎に当てた。


「正解。そう、現在のフリードリヒ。これが問題だ。何せ今フリードリヒは大概イカレテいる。取り込むのは簡単だ。どうすればいいか分かるかい?」


 フリードはおかしくなっている。

 それを改めて誰かの口から聴くのはとても心が痛い。



 そんな彼を取り込む方法……

 今の彼を動かすために必要なのは……?


だよ。皇帝権限でフリードリヒと君を婚約させてしまえばいい。既成事実があったら流石に皇妹の姉上でもどうしようもないからね」


 何でもない事の様にギュンターは言うのだが、私としては蘇り気味だった脳味噌さんが死に絶えた。

 何故そうなるのかがさっぱり分からない。


「現在の学校での状況は兄上にも姉上にも伝わっている。当然伯父上にも。皇帝派としては早々に婚約を発表したいだろうね。そうしてしまえば、後は簡単。手を出した奴が悪いって出来るから。紫の瞳の持ち主にして大公爵家、公爵家の子息とはいえ、流石にね。どうしようもなくなったら彼等は精子さえあればいい訳で。まあ自然妊娠の方が能力の高いのが産まれるというのは分かっているけど、帝室に泥を塗るならまあ、そうなる。だから君は彼等が大切なら十分気を付けて。決して一人になったらいけない。今日みたいにね」


 不穏な言葉だというのは分かるのに、思考回路さんは停止していて上手く理解できないのです。


「君とフリードリヒが婚約した場合、君が『魔力無し』であることが重要になってくる。君の夫=皇帝だ。君を帝宮に人質にしてしまえる。何せ『魔力無し』にとって最もいい環境は帝宮に居る事だから。兄上は君が姉上に似ているっていう点には全然気が付いていないからこそ、フリードリヒを使おうとする。さもなければもっと簡単な方法を取るよ。さて、では問題だ。それは何でしょう?」


 ギュンターが悪戯っぽい笑顔で私を見詰めて、腕を組んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る