第23話
ギュンターはとても楽しそうに私を見詰め続ける。
「アギロが教えなかったのは知っているよ。アギロは君が大切だから知らせたくなかった。でも私としては知らせた方が君には良いと思うんだよ。知らないという事は、選べないという事。無知は罪だ。怠惰もね。君の場合は怠惰や傲慢とは違うのは分かる。だから君の様な存在を特に幻獣は好むし、護ろうとするんだけど。ただね、幻獣の守護は全方位の守護。危ない事に近づかせないし寄せ付かせない。つまり無知を求める代物だ」
脳味噌さんは相変わらず仕事を絶賛放棄しているのだけれど、分かる事がある。
アギロは優しいから。
きっとそうなのだろうとストンと納得できてしまう。
……してはいけないのかもしれないけれど、それでも私はアギロが好きだ。
「幻獣の守護というモノは……籠に閉じ込め、知る事を赦さない。という事……?」
ギュンターは楽し気に目を細める。
知っていてもそれを拒絶しないだろう私の事を分かっているのだ。
楽し気にしながら私を観察しているのを感じ取れてしまう。
私の反応。
それがどうやらギュンターは観たいらしい。
「そう。ルディアスも割とこっち系。ただ君が望まないからしない様にしている。失敗した経験も生きているかな。因みに兄上は問答無用のこっち系。ただしないのは出来ないから。伯父上がいるからね。マクシミリアンとグラティアも。君、本当に注意した方が良い。伯父上が隠してくれているから兄上も甥っ子も気が付いていないけど、どうみてもエリザベートより君の方が姉上に似ている。血も引いているしね。まして兄上は皇帝だから聖属性がどういうモノか熟知している。巫女の事も」
そこで一度言葉を切ってから、思案するように顎に手を当ててまた私を見詰めた。
私を案じているのも本当なのだろう。
親愛の情があるのは親戚だから、という簡単なモノの様な気がまったくしないのは、やはり皇族だからだろうか……?
「今の状況は君にとっては最悪の状態だ。幸いなのはフリードリヒやエドヴァルド達が君は巫女で聖属性だと知らない点。隠されているからだけどね。君は自分の力の事を考えるのは自由だけど、決して口にしてはいけない。思考を読むのをブロックできても音に乗り言霊となったら止めようがないから。私と違って君の言葉はとんでもない力があるんだ。これも自覚を求めるよ。君の周りで正確に君を把握しているのは伯父上とアギロだからね。姉上も甥っ子も分からないだろう。こういうのは人外にとっては手に取るように分かるけど、姉上は人であろうとしてそこら辺無意識にガードしてしまっているから。だからどうしても基本放置の伯父上と、無知を求める幻獣のアギロの組み合わせになってしまう。君が何も知らないのは仕方がない。君が君の事を知ろうとすることを阻害する力も働いているし。
息が、上手く吸えなくなる。
動悸もおかしいし早鐘の様に止まらない。
手も震える。
足も震える。
小刻みに。
”巫女”だというのは知っていたけれど、”聖属性”とは……?
それに、”言葉に力”がある……?
つまり私が言葉を発する事で何等かの影響が起きるという事……?
皇妃に決定している大公爵家の娘としての言葉の力、という訳ではないのだろう。
それを抜きにして、私の言葉には……
「当たり。君の言葉には”言霊”が強力に乗る。だから君の言葉の強制力は凄まじいんだ。……その気になれば、もっととんでもない事が出来るよ。破格の巫女にして聖属性の君ならば」
……”聖属性”……?
先程もギュンターは言っていた。
私が”聖属性”だと。
”巫女”で”聖属性”であることは意味があるのだと思う。
強調されているのだからそれだけのモノがあるはずだ。
――――ふと、気が付いてしまった。
私はもしかして、言葉で幼馴染や友人達を良い様に縛って利用してきたのではないだろうか……?
先程とは度合いの違う震えが止まらない。
吐き気が、内臓の全てを吐き出してしまいたい程常軌を逸した吐き気が止まらない。
自らの忌々しさが、疎ましさが止まらない。
……私は……私は、やはり、どうあっても……産まれるべきでは――――
「ねえ、エルザ」
唐突に、するりと私の意識を奪う声。
思考をそちらに向けさせる声。
聞き心地のとても良い声。
夢見心地にする声。
「あ、ちゃんとこっち見たね。戻ってきた。良かった、良かった。君は自分を卑下しすぎ。自己肯定感が無さ過ぎるんだよ。……育った環境だろうけど、それを望んでしまったのは君だというのが実に君らしいか」
瞠目した私に、ギュンターは唇の前に人差し指を当てる。
その指の冷たさが、私の泡立つ心を鎮静化させ冷静にさせてくれるのを感じていた。
「やっぱり知らなかったね。君は”聖属性”。その上”巫女”でもある。”破格”のね。だからこそ、君は藁にもすがる願いを喚き散らす輩を放ってはおけないんだ。あ、現世の君の両親も必死に願った。どうしても子供をと。ある意味前世の君の両親も現世の君の両親も、狂気の沙汰の域で願ってしまったんだ。それ故に君は彼等の子供となった」
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