第22話

 彼はそんな私を楽しそうに見詰めている。

 初めて逢ったというのに、彼から感じるのは親愛の情だけだ。


「君って人が良いよね。甘過ぎるともいえる。祖母と孫らしいと言えばそうだけど、でも、君は違うだろう?」


 心臓が一瞬声高に音を立ててから、バクバクと忙しなくなる。

 ――――やはり、この人、否、この方は……


「言わないから大丈夫だよ。それでね、さっきの君の認識は正しい。それだけ知っていれば心配はいらないよ。皇妃として問題は無い。むしろ詳しいし一目置かれるレベル。皆隠すのすこぶる上手いからね。掴ませるようなへまもしないし。きちんと把握してるのは極々一部で、他は朧げにしか把握できていないっていう状態なんだよ。それでも皇族、貴族達は既に皇帝派と皇妹派で分かれてしまっている。シュヴァルツブルク大公爵だってそこまで馬鹿じゃないさ。最低限伝えるべきところは伝えているよ。実際最低限どころかガッツリ君に誰もが重きを置くように教育している。君は彼を過小評価しすぎ。彼はね、存外怖い人だよ。家族以外にはね。そんな彼が大切な家族の君を侮らせる真似をするはずないだろう」


 ……今すぐお父様に謝りたくなった。

 私には甘すぎるくらい甘いお父様。

 だから見誤ってしまった。



 確かにそうだ。

 お父様が大切だと私を思って下さっているのなら、その私を貶める事等ありはしない。

 そう信じられる人だから。

 私のお父様なのだ。

 だから言える。

 言わないといけない。


「殿下。確かに恥ずかしながら私は思い違いをしておりましたが、シュヴァルツブルク大公爵ハインリヒ・アギロ・シュヴァルツブルクは私の父です。そして、テレジア・アデラ・アールヴヘイム・シュヴァルツブルクは私の母であり、私は二人の子供です。それは決して譲れませんし、譲るつもりもありません」


 少し目を見開いた彼は、一瞬私を酷く痛ましそうに見てから、表情を緩めた。


「……君は今の両親が大好きで誇りらしい。それが悪い方に行かないと良いと心底願っているよ。それから殿下じゃなくてギュンターって呼んでね。さて、話を戻そう。君は言葉を濁していたけれど、兄上の愛着は第三皇子であるゲオルグにしかない。愛情は確かに第一皇子のアルブレクトと第二皇子のゴットフリートにもあるし、彼等の子供達にも降り注いでいる。でもそれとは度合いも執着も桁違いな、愛執としか言えない情念がゲオルグとその子供へと向かっている訳だね。これは今や帝宮の誰もが知るところ。ここまでは良いかな?」


 ギュンターと読んで欲しいと言われると非常に戸惑うのだが……



 それはそれとしておいておかないと、ただでさえ現在乏しい思考回路さんが働かない。

 第三皇子殿下とその子供、つまりエリザベートへの感情は愛情ではなく愛執とさえいえるもの……

 では陛下は……


「あ、そうそう。正しいよ。兄上は真っ当な判断は出来ない。ゲオルグとその子供が関わる限りね。それは何故かって言えば……まあ狂ってるんだ、兄上は。原因は伯父上だけど、根本は姉上。兄上が既にどうしようもなく狂っているのを知っているのは伯父上だけだね。姉上はまだ兄上を信じていらっしゃるところがあるから、全然分かってはいない。分かっていたら姉上は速攻で動いたんだろうけど」


 事も無げに告げるギュンターに目を白黒させる。

 お祖母様が根本だという。

 その理由は……?

 私にはまったく心当たりが無くて脳味噌さんには相変わらずのハテナマークが乱舞中。


「あ、やっぱりそういうの疎いね。姉上からの遺伝だって誰もが思う訳だ。だからこそ余計に君への評価が高くなるというある意味悪循環。ちなみに言っておくけど、兄上と姉上の間には子供はいないから。これ重要。だから姉上は兄上の思いを知らない。そこが兄上の性質の悪い所。姉上は清廉潔白で真っ直ぐな人だからね。兄上みたいなああいう粘着質で隠蔽体質、マイナス思考なのは理解できないんだよ。そういうのを理解できるのはある意味性質の悪さでは兄上以上の伯父上だけかな……でもそうだね、ルディアスは伯父上と思考が似てるから分かるかも。伯父上と兄上はまったく似ていないけど。似ているといえば、兄上と一番似ているのはマクシミリアンとグラティアかな」


 ギュンターはそう言うと、一人肯いて案じる様に私を見た。


「折角だからこれも言っておくね。マクシミリアンとグラティアには注意した方が良いよ。アレ等は本当に兄上の生まれ変わりかっていう位内面同じだから。君、既にロックオンされてるし。でもまあ、エリザベートも大概かな。それに今はフリードリヒもね……」


 ロックオンの意味が分からず困惑気味の私だったが、フリードの名前が出て困惑は深くなる。

 フリードリヒは……


「うん。君の見立ては間違っていないよ。フリードリヒは基本的に生真面目で人が良いしマイナス思考でもない。そう、基本的には。でもね、ルディアスと君が関わると割と面倒だよ。特に今のフリードリヒは気を付けた方が良い。ルディアスは切り抜けたかもしれないけど、ある意味フリードリヒの方が厄介だからね。どうしようもなくなったら私は助けなくもないよ。伯父上はどうするか分からないけど。伯父上もね……君、自分の体質というか本質だね、それを理解した方が良い。君は破格の巫女で間違いなく特別な聖属性だから」


 どう驚いたら良いのかさえ混乱中の頭は教えてはくれず、私は途方に暮れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る