第21話

 峻厳な絶世の美貌を誇る、同い年だろう少年。

 見た事が無い、と思う。

 記憶にも微塵も存在しない、ように感じる。

 紫の瞳の持ち主で見た事のない人は……居なかったはず。

 そう居ない、と思う、

 思うのだが……実際に目の前にいるから。



 ――――……ええと……?



 思考回路さんはただでさえ限界だったのに、もはや壊れる寸前。

 それを察したかのように、目の前の少年は私に声をかけてくる。



「……あれ? そうか、流石だね。この姿が見られたのは二人目だ」


 涼やかな美声の彼は、面白そうに私を見る。


「……あの、私をご存じなのですか……?」


 声の調子からそう判断した。

 ここにいるということは、貴族、なのだろう。

 士爵達のクラスはまだ到着していなかったのだから。



 ……であれば私の記憶にない人がいるのは心底驚きで。



 紫の瞳の持ち主ではないとしても、全ての年齢の近い貴族の子女は記憶していた。

 だからこそ困惑は深く深度を増すことになる。


「それは勿論だよ。だって君は私の姪孫で、君にとって私は大叔父だからね」


 軽い調子で楽しそうに告げた彼の言葉で引き起こされた私の驚愕をどう伝えたら良いだろう。

 頭をハンマーで殴られた様だとでも言えばいいのか……

 もしくはミキサーで拡販されたようとでも……


「……で、ですが、皇族の方で紫の瞳をお持ちでいらっしゃるのは……」


 言葉が震えて上手く形にならない。

 自分に対して忸怩たる思いが湧いてくる。


「気にしなくて良いよ。そうだね、皇族で紫の瞳の持ち主は、四人、とされている」


 なんのてらいもなく楽しげに答える彼の真意が分からず困惑は加速する。

 何か失礼をしてしまったらどうしようという思いも止まらない。

 そう、皇帝陛下、マルガレーテお祖母様、フリードリヒ、ヨハネス教官の四人だけだったと聞いていたのに……


「裏表はないよ。純粋に驚いているだけで。だから大丈夫。本当に君は凄いな。私の偽装は年季が入っているから、知っているのは伯父だけだよ。ルディアスさえ私の事は知らない」


 彼は本当に楽しそうだ。

 私と話す事が楽しいのだと伝わってきて混乱する。



 彼は私を知っていて、私は彼をまったく知らない。

 そう、私は彼の名前さえ知らないのだ……


「あ、ごめんごめん。浮かれて名乗るの忘れてた。ギュンター・アンドラングだ。よろしく。それから偽名は、アルノー・クレーフェ。公爵家の病弱な子って事になってる。私の側仕えの家の子って訳だね。ちなみに私は現陛下の末の弟だから、私以下の兄妹は居ないよ。安心して」


 ニコニコと峻厳な絶世の美貌を綻ばせて彼は仰ったのだが……

 陛下の末の弟。

 大叔父なのだから、確かにお祖母様の弟でいらっしゃるのだ。



 クレーフェ公爵家はユーディの家より上位の公爵家だ。

 確かご子息の一人はルディアスより年上で、既に学校は卒業済みだったと記憶している。



 それよりも何よりも、これ程綺麗な金系の髪と鮮やかな紫系の瞳の持ち主はフリードリヒ以外では見た事も無い。

 皇帝陛下やお祖母様よりも鮮烈な色合いだ。



 確か、色合いが鮮烈であればあるほど、目に鮮やかであればあるほど力が強い、と聞いた覚えがある。

 一族の色合いは勿論、特に紫の瞳は色が濃く鮮やかな事は=で能力が強いという事なのだと。



 ひょっとしたらこの人は、いえ、この方は……


「そう。たぶんフリードリヒよりは上だろうね。ルディアスは分からないけど。伯父上の見立てではルディアスとも遜色ないらしいよ。彼とは違って擬態する必要も無かったから、その分リソースを存在を隠す事に回せて助かったけど」


 事も無げに言い切って愉しそうに私を見詰める。


「陛下もご存じではないのですね……何故、隠す事になさったのか伺うことは許されますでしょうか……?」


 私が思わず口にしていた疑問に、彼は本当に楽しそうに笑いながら口を開く。


「エルザ。敬語は使わなくても良いよ。人前では私は公爵家の者だからね。エルザが謙るのはおかしい。あ、今はギュンターで良いよ。それから質問だったね。エルザは、現在の皇帝一族についてどれだけ分かっているのかな?」


 彼は、ギュンターはそう言ってから、私を面白そうに見詰めていた。


「皇帝陛下は第三皇子殿下とその娘に……その、非常に愛情を持っていらっしゃる。第一皇子殿下と第二皇子殿下には確執がおありで、事あるごとに張り合おうとなさる傾向が……第二皇子殿下にだけ。第一皇子殿下は皇帝陛下よりも叔母であるマルガレーテお祖母様側と思われていらっしゃる……ヨハネス殿下は生家も含め立場があまり良くはないけれど、皇帝陛下側ではなく皇妹であるマルガレーテお祖母様側と判断されていらっしゃる……くらいでしょうか……私は皇妃になるのは決定していますが、あまり情報は伝えられてはいない様なので……」


 情けなくて下を向いてしまう。

 どうも私の周りは過保護なのだ。

 ……私が自分達より先に死んでしまうからだろう。

 心配で心配でたまらないらしい。

 私が死ぬまで微温湯で囲うつもりらしいから。



 お父様は本当に私に甘すぎる。



 そして一番の問題は、私はそれを拒めないということだろう。

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