第20話

 記憶が薄ぼんやりで分からない。

 どうやら思い返せばあの花見の日から夢の中に居る様だった。



 全てが不確かで朧気。

 それを疑問にさえ思わなかった。



 私は一体どうしてしまったのだろう……

 それに加えて、幼馴染達の件で私は完全にパニック状態。

 脳味噌さんは絶賛仕事放棄と逃亡を実行している。



 皆がおかしくなった理由は一体何なのだろう……?



 花見の後、ディート先生から、不思議な事に何故か尽きかけていた寿命が延びたらしいと聴いて純粋に喜んでいた。

 それを皆と聴いたのが、全員そろった最後、だった気がする。



 そう、その時だ。

 ディート先生が綺麗な状態の重箱の中身を持ってきてくれたのは。



 残りを皆で楽しく語らいながら仲良く食べた。

 食べたのに……



 私の脳裏に過っていたのは、あの日の花見で、ルーが桜の塩漬けと小豆の炊き込みご飯のおにぎりを酷く感慨深そうに食べていた光景。

 それをもう懐かしく感じていた。

 あれはこの世界に生まれてから初めて作ったけれど、前世では何度も作っていたもの。

 そう、花見の時に必ず作っていたものだ。

 勇が食べたいと言った時は花見ではなくても作ったけれど、私の印象の中では花見の時に食べる炊き込みご飯のおにぎり。



 今までだって皆と何度もお花見をしていたけれど、不思議と作ろうと思った事は無かったのに。

 どうして今回は作ったのだろう……?



 これも自分で自分が分からない。



 夢の内容についても、少しずつ消化している状態だ。

 前世から私の意識は続いているのだから、そこから見つめ直さないとだめなのだと思った。



 向き直ろうとした時に見た夢の衝撃が強すぎて、おそらくはパニックを起こしたのだろうと今なら分かる。

 未だにパニックは続いているのかもしれないけれど……

 加えて今日知らされた事で更に混乱は加速してしまい、強制終了の脳味噌さんになっているのだろう。

 考えたくないと思っているから脳味噌さんも逃亡中。



 一つ一つ消化していくしかないのだろう。



 だから私は前世の家族の事をまず考えた。

 家族と思っているのが私だけだったとしても……

 まだ何か私が忘れている事があるのだとしても。

 それでもと思う。



 前世の家族がどうであったとしても、誰がその家族を殺したのであれ、家族の死を真摯に悼む事位は赦されるのではないだろうか……?



 例えどんな存在であったとしても、その死に唾を吐きかけるような真似は私には出来ない。

 せめて安らかに。

 そう願ってしまうのだ。



 自分のエゴなのは分かっている。

 それでも、それでもだ。



 眠りを妨げるようなことはしたくはないと思ってしまう。



 ――――では、私の状態は何なのだろう……?



 死んだはずだ。

 確かに死んだ。



 それにも関わらず、真っ新な状態ではなく、死ぬ前の全てを引きずっての新たな生。



 果たしてそれは新しいと言えるのだろうか……?



 死後の世界というモノがあるとしたのなら、私はソレを現在進行形で生きているという事、なのかな……



 それはさながら夢の中ともいえる、気もする。

 終わったはずが続いているのだから、走馬灯の様なモノ、とも言えるのかもしれない。



 ふと、考える。

 夢の続き、走馬灯の中と思えばこそ。



 ずっと前世から私が思っている事。



 私は何かを傷つける事にとても抵抗がある。

 だからだろう、自らの意思で何かを傷つける事は私にはどうしようもなく難しい。

 何かを傷つける位ならば私が傷ついた方がずっと良い。

 私が代わりに傷つけば何かが助かるというのならば、一切躊躇はしないから。

 例え私が死ぬことになったとしても、だ。



 そんな風に思っている私だからだろう。

 世界が綺麗ではないと知っていても、世界中の全ての人の幸せを望んでしまうのは、罪だろうか……?

 世界中の皆の幸福。

 それが叶わぬ事だときとんと分かっている。

 誰かの幸せは誰かの不幸の元に成り立つ事かもしれないのだから。

 それでも、私は……



 だが、私は皇妃になるのだから、切り捨てなければならない存在というモノも発生してしまう事も分かっているのだ。

 分かっている。



 それが必要だというのなら、私は躊躇なく実行すると決めているから。

 私は守らなければならない存在がいるのだ。

 そういう立場に相応しい義務を果たす存在であるからこその私の権利。



 だがそれでも……

 それでも、それでもだ。



 せめて掴めるだけの人達には幸福を。



 取り留めもなく考えていたからだろう、湖の湖畔に誰かが座っているのが目に入る。



 私と同じ年に見える少年。

 彼が私に気が付いたのだろう、驚いたように振り返った。



 その少年の夜目にも鮮やかな髪の色と輝く瞳の色を見た瞬間、私は驚愕に包まれる。

 強制終了の脳味噌さんでさえ、本体が壊れるのではと言わんばかりの衝撃。



 ――――私が知らない、鮮烈な濃い金色の髪と、宝石さながらの濃い紫の瞳をしていたから。

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