第127話

「あの二人がな、同類に惹かれるというか執着するのは分かるんだよ」


 ポツリとディート先生の口から零れ出た様な言葉に、首を傾げる。


「どういう事でしょうか……?」


 ディート先生は苦笑しながら、どこか遠くを見つめる様にしつつ


「一切五感の感覚が共有出来ないというか、蟻の感覚は分からない、感情も分からない、という感じかね。もしくは植物プランクトン? 説明した事もしようと思った事も無いから上手く言えんが、そうだな、例えは悪いが、自分以外の全員が人の形はしていても目が見えなくて耳も聞こえなくて、手足も無い、ただの人形とでも言えばいいのかね? つまり、最初に言ったが感覚の共有が出来ない的な感じというか、見えるモノや出来る事が違いすぎる? 単細胞生物とかか? いざ言葉にすると難しいな。兎に角、自分は他と異質過ぎるんだ。何もかもが違う。皆と同じはずだなど、胎に居る時に捨て去った。自分の異質さにはほとほと呆れたよ。それを自覚せざるを得ないからこその絶対の孤独、だな。だからこそ、同類に執着する訳。で、あの二人にとってはエルザが執着対象なんだよ」


 そう言われても首を傾げてしまう。

 自分は普通の部類だと思うのだけれど、どこら辺が同類なのだろう……?


「ああ、なんで同類かって奴か? そりゃ見りゃ分かるんだよ。同類だから。理屈とかじゃない訳だ。本能か、それとも魂で感じるのか」


 そういうものなのだろうと納得するしかない。

 ああ、でも、私も二人を見た時に不思議と既視感はあった気がする。



 私よりも二人はより正確に分かったのかもしれない。

 魔力の無い私には分からない感覚、なのだろうか……?


「まあ、同類以外にも、お前みたいなのは珍しいからな。それがプラスされてるから余計に執着がえらく酷い感じになってる面もある」


 ディート先生の言葉の意味を考えても良く分からないので、素直に訊いてみる事に。


「あの、私の様なのが珍しいとは……?」


 私の質問を聞いて、ディート先生は深い深い溜息を吐いてから


「お前は、負の感情が無さすぎるんだよ。他人に真っ黒な感情を抱いたことないだろ」


 ディート先生の言葉に即座に反応。


「モヤモヤしたり、好きになれなかったり、嫌いだなは、ちゃんとあります!」


 ディート先生はまたため息を吐いてから


「そいつらに本気でじゃない軽くでも、死ね、とか酷い目に遭え、とか、ざまあ、って思った事は?」


 思考がフリーズした。

 どうにか脳味噌を起動させ考えた結果。


「――――ありません……でも、大切な存在に酷い事をされたら、思うと思います」


 ディート先生は意地悪そうな表情になりながら


「本当に?」


 それに答えようと必死に思考し思うのだけれど、出てきた答えはこれだった。


「――――――――たぶん、ですけれと、思うはず、です……想像するしかないので、実際に起こらないと分からない、かも、ですけれど……」


 ディート先生は私の頭に手を乗せながら深い深い溜息。


「あのな、それわりと異常だぞ」


 ……例え嫌いな相手でも死ねや不幸になれ等はとても思えない。

 そういう風に思った事は皆無だし、どうやったら思えるのかもまるで分からない。



 そもそも、相手に負の感情を持った事が無い、かもしれない。

 怒りを感じた事はある、はず。

 けれどそれは、不甲斐ない自分に対して、だと思う。



 誰かを憎む、も分からない。

 大切な相手を傷つけられたら憎むのだと思う。

 思うけれど、私に何が出来るのだろう……?



 怖い、や恐い、を誰かに感じた事はある。

 あるけれど、それがその人への怒りになった事も憎悪になった事も本当に無いのだ。



 前世から今までの記憶を総ざらいしてみても、微塵も兆候さえ出てこない。



 加奈ちゃんに大切な相手を傷つけられたら復讐も考えると言ったのは、嘘ではない。

 嘘ではないけれど、私は守れなかった自分を一番嫌いで憎むのではないかと、ふと考えてしまうのだ。



 そう、大切な相手に何かあった時、一番腹が立って赦さないのは、きっと私自身だ。



「なあ、エルザ、もう一回聞くぞ。もし、お前と、お前を無惨に殺した奴と、お前のとても大切な存在がいたとする。その中で助かるのは二人だとして、エルザはどうする?」


 どこか諦めたように苦笑しつつ訊ねるディート先生に、目を瞬かせつつ素直に答えた。


「私以外の二人を助けてもらいます」


 ディート先生は大きなため息を吐いた。


「……即答だな。お前を殺した奴だぞ? しかも楽には殺さなかったんだぞ? それでもか?」


 脳裏を過るのは、前世の私を殺した従姉妹。

 けれど彼女に憎しみがあるかと言われれば、心の中を隅から隅まで調べても出てこない。



 彼女の境遇や憎悪の原因が私だから、私が悪いのだと思うのが理由、だけではない。

 そう、私にとっては――――


「あの、その人が私にした事と、私がその人を助ける事は別の事ではないかと……」


 一際大きく息を吐いたディート先生に首を傾げてばかりの私を見て、ポンポンと私の頭を撫でながら、ディート先生は絞り出す様に


「…………なるほど。エルザ、そんなんじゃ楽には死ねないぞ……死ねなくなる可能性の方が高いかもな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る