第128話

「……死ねなくなる、ですか……?」


 ガシガシと頭を掻きながらディート先生は息を吐く。


「ああ。けどお前の王子様達は役に立たんし……」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「はい……?」


 ディート先生はフッと愉しそうに笑いながら私を見詰める。


「なあ、エルザ、守ってやろうか?」


 軽い調子でいつも通りのディート先生に見えるけれど、この質問はとても重要な、気が、する。

 ディート先生はとても真剣に訊いている、と思う。

 今までも守って下さっていたけれど、それとはなんというか、全てが違うのではないかと思うのだ。

 ディート先生の言葉に瞳を瞬かせつつ首を傾げる。



「ありがとうございます、ディート先生。でもご遠慮致します」


 ディート先生は梯子を外されたような表情になりながら


「……何故だ?」


 私にはよく分からないけれど、それでも真摯に答えなくてはと言葉を紡ぐ。


「えっと、これ以上の御迷惑はお掛けしたくないなと……」


 ディート先生は真剣な顔をしつつ目が愉しそうに


「俺は気にせんよ」


 けれど、これ以上甘えてはいけないと思うから、私は言葉を続けた。


「私は、自分でなんとかしていかないといけないと思うのです。だから、ごめんなさい」


 ディート先生に真顔で訊かれてしまった。


「なんとかなるのか?」


 自信が無いなりに精一杯答える。


「出来得る限りなんとかします」


 展望も何もないけれど、それでも自分で何とかするのが筋だろう。


「なら、なんとかならなかったらなんとかしてやるよ」


 軽い調子のディート先生に言葉を重ねる。


「御迷惑は――――」


 ディート先生は私の言葉をサクッと遮り宣言する。


「俺はもう決めた。後は却下」


 思わず脱力しつつ訊いてみる。


「却下、ですか?」


 ディート先生は心底愉しそうに私の頬を突っつきながら


「ああ、却下だ」


 うん、これは諦めるしかなそうな気配が濃厚だ。

 もう色々思考を放り出す事にしてしまった。



 ディート先生はそんな私をほったらかしにしつつ言葉を続けていく。

 ……まるで思わずあふれ出てしまって収拾がつかないかのように。


「これは、独り言だ。今までのもこれからのも、今日のはな」


 珍しいディート先生の様子に逃げ出した脳味噌にご帰還願い、言葉を返す。


「独り言、ですか?」


 ディート先生は苦笑しつつ自分でもよく分からないのか首を傾げながら息を吐き、


「ああ、独り言だ。墓場まで持っていくつもりが、何だろうな、どうしてか出た」


 私の思考回路はまだまだ本調子ではないらしく、オウム返しになってしまう。


「出たのですか?」


 そんな私に苦笑しつつディート先生は腕を組みながら


「そうだな、出たな。自分でも解らん。ただ、俺が死ぬ時にはエルザが側にいたらと、ふとそう思った。だから出た独り言だ」


 そんな日はきっと私の寿命関係で来ないのだろうけれど、それでも死ぬ時に側に居させてもらったら、間違いなく心から看取るだろう。

 ……痛すぎて、ちゃんと泣けないかもしれないけれど……


「ええと、あの、私の方が早そうで、申し訳ありません」


 ディート先生はため息を吐いてから私の頭を撫でつつ


「何でエルザが謝る。気にするな。これは勝手な独り言だからな」


 そうは言うけれど、ディート先生がどこか寂しそうで今にも消えそうな気さえして、慌てて言葉を告げた。


「手、握りましょうか……?」


 私の頬を突っつきながら、楽しそうに笑うディート先生。


「うん?  否、止めておこうか。しかし、本当に自分で自分に驚いた。俺もかなり長く生きてきて初めてだな。やっぱり同類だからかね?」


 頭にクエスチョンマークの乱舞をさせつつ無意識に答えていた。


「そういうものですか?」


 ディート先生は自分で自分が分からないのか珍しく真剣に悩みながら


「判らん。ただな、俺は今まで自分と同じ存在に出逢った事が無かった。ルディアスもフリードリヒも微妙に違うしな。だから想像以上に浮かれたんだろう」


 やはり頭にハテナマークの大乱闘にどうして良いか分からず、


「そうなのですか」


 せっかくディート先生が本当に滅多にない本心を話していらっしゃるのに、こんな事しか返せなかった自分が情けなくて、息を静かに吐いて心を落ち着かせようと頑張ってしまっていた。



 ディート先生は気にした風もなく、むしろ私の頭をぐしゃぐしゃっとかき混ぜながら


「本当に、エルザは……まったく、嫌になるな。幼子どもの気持ちが分かるっていうのも」


 そんな事を独り言つつ、明日の天気でも告げる気軽さで


「あいつ等なあ、自覚無いんだよなあ……周りからすればあれだけ露骨なのにその根本感情が理解出来てないというすこぶるな厄介さ……面倒くせえ……」


 ディート先生は大きなため息を吐いてから呆れたように首をふる。


「エルザは、なんつうか、大義の為なら当たり前に犠牲になれる精神構造で、それを誰かに強制をされたとは考えていない、ってことで合ってるか?」


 唐突に話題が転換する上、先程の話から全てとても寝るどころの話ではなく、疲れ切っているだろう思考さんにどうにか働いてもらうことにしたのだった。

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