第126話
産まれた後、私は一体何をなしたのだろう……?
ろくに何も出来ず、前世の私は病に倒れ、病室で殺された。
それだけだ。
とても何か存在の負債を支払えたとは思えない。
この世界ではどうなのだろう……?
私に出来る事。
しなくてはならない事。
けれど、もし、それを成した事で結果的に最悪の事態を招いたら……?
考えれば考える程怖い。
心が冷たく凝っていくほどに。
身体の芯から凍ってしまいそうな程。
目の前が真っ黒になり底なし沼に沈んでいきそうで、恐ろしくて、自分の存在が恐ろしくて、息さえうまく吸えなくなる。
「――――エルザは難しく考えすぎなんだよ。やってみなきゃ何も始まらんだろうが。何もしなきゃ何も変わらんし、思ってるだけじゃ結果は変わらんよ。どうなったとしても責任とれるかっていったら、不可能な事もある。けどな、やらないでああしてればって後悔するより、やって後悔した方が良いだろ。最初からマイナスなら何もしなきゃマイナスのままだろうが。もしかしたらプラスに出来るかもしれないのに、動かないなら結局マイナスのままだ。更に悪くなるかもしれんが、プラスになるかもしれん。決めるのは自分だ。エゴだとしても何がしたいのかしっかり決めて、動きゃ良いんだよ。ごちゃごちゃ考えるのは死んだ後でもいいだろ。それからな、少なくとも、何のおべっかも忖度も無しに俺はエルザに出逢えてよかったと思ってるよ。割と本気で」
ディート先生は私の頭を撫でながら、心の底まで見透かしてしまいそうな程透明な、けれど優しい眼差しで私を見詰めながら告げてくれる。
涙は更にボロボロと零れていくけれど、不愉快な感覚ではない。
うん、何もしなければ、結局悪くなるか良くなるかなど分からない。
未来は読めないのだから、行動するしかない。
確かにそうなのだ。
やらないで後悔するよりやって後悔の方が絶対に良い。
存在自体がマイナスなのだから、何もしないならマイナスのまま。
そう、確かにそうなのだ。
腹を括るしかない。
私はマイナスの存在。
それは受け入れた上で、それを変える様に動かなくては何も始まらない。
責任は取れないかもしれない。
だとしても、それでも、私は……!
心は静かで波風は落ち着いている。
大丈夫、私はどうしたって外れた存在で。
けれど何もしないで消されたら、それこそただの負債でしかなくなってしまう。
少しでも良い結果を引き寄せるには、行動するしかないのだから。
そうは思っても、涙は止まってくれなくて、ポロポロと流れている。
それによって私の中で溜まっていた澱みの様な物が浄化されている様な、不思議な気分。
「あ、あの、ディート先生。何かお話が聞きたいです。泣いてしまっていてアレなのですが、その、先生の声が聴きたいです。迷惑ならあの、良いですけれど……」
そう、先生の声には心を鎮静化させる作用と浄化作用がある気がするのだ。
疲れ切っているけれど、どこかさっぱりしてはいるのだが、まだまだ澱みがありそうな私は、先生の声が聴きたいと思った。
「構わんよ。ただ、俺の話って言ってもな……結構刺激物かもしれんよ?」
グシグシと泣きまくっている私に、ハンカチを差し出しながら苦笑しているディート先生。
「構いません。刺激物でも楽しいかもしれないです」
ディート先生は目を見開いてから笑う。
愉しそうに。
「本当は、色々どうでもいい。ただ、課された義務を果たしているに過ぎないしな。責任や義務を放り投げたら何もする事が無い。単に時間潰しな訳だ。ぼおっとしてばかりも余計に虚しいだけだしな。何かする事があった方がマシだという理由だけだが。それで責任や義務を創り出していたりもする」
本当に刺激が多いと思います。
けれど、珍しく本音を語っていらっしゃる気がして、私も真摯に答える。
「だとしても、それで助けられた存在にとってはディート先生は恩人ですから、感謝しちゃうと思います……それも迷惑なのでしょうか……?」
しない善よるする偽善だと私は思う。
ディート先生は首を傾げながら私を見詰める。
「何も混ざってないなら、まあ、特に感慨はないから、マシかね」
言葉の意味が分からずオウム返しになってしまう。
「混ざる?」
ディート先生は深く肯く。
「ああ、混ざってたりする」
それにどう答えたものか悩みながら、私なりの答えを返す。
「ええと、混ざっていたら嫌なものですか?」
ディート先生は思案顔になりながら首を振り
「うん? 特に。面倒だと多少思うくらいだから大差無し」
難しい問題だと思う。
私なら素直に感謝しかないけれど、何か他の感情が混ざったりするものなのだろうか……?
そして、それはディート先生にとっては面倒だと思う位には不愉快な事なのだろう。
「……そうなのですか……」
ディート先生は苦笑しながらポンポンと私の頭に手をやりながら
「エルザが気にする事でもないだろうに」
それにはすぐさま答えられる。
「ディート先生の事ですから、気にします ……迷惑なら、気にしない様に努力します」
ディート先生は楽しそうに笑いながら
「なら、気にしても良いけどな。不思議とエルザだと悪い気もしない」
その言葉に勇気をもらった気がして、元気よく答えていた。
「そうなのですか? なら、気にします」
ディート先生は嬉しそうに笑いながら、私の頭をクシャクシャに撫でまわす。
「おう」
短い言葉だったけれど、私には了承が得られたことが純粋に嬉しかった。
心配する事も許されないのは、あまりにも寂しすぎると思うから……
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