第101話

 兎に角、息を吸って吐いてを繰り返す。

 何度も何度も繰り返す。



 私が、前世の記憶を持って転生した意味は何だろう……?



 意味が無いと言われたとしても、何か理由を見つけたいと思うのだ。



 今度死んだとして、記憶を引き続き持って転生するとは限らない。

 ならば、今を悔いなく生き終える為にもしっかりと前世を見詰め直そうと思う。



 ――――思うのに、思っているのに、身体がどうしてかおかしい。



 眩暈がして何も見えなくなる。

 全てが遠いのに、動悸が激しい。

 冷汗が止まらない。

 呼吸も上手く出来なくて、息の吸い方を忘れた様……



 頭がごちゃごちゃして纏まらない。



 ……私、私、は……!


 勇。

 勇……!

 勇……!!



 私……、私は……! 私――――



「エルザ」


 唐突に名前を呼ばれ、思考が一瞬で漂白された様に真っ白になる。


「どうした? 体調が悪化したのか!?」


 心配そうな声と誰かが駆け寄る気配に目を瞬かせ、息を大きく吐いた。


「……ルー?」


 ルーの姿を見たら何故か泣きたくなって、それを爪を立てて必死に抑え込む。

 ここで泣いたらルーが心配してしまうかもしれない。

 それはダメだ。

 だから、落ち着け、私!



 言い聞かせていたら泣きそうに相好を崩しているルーが目に入って、逆に私の涙は引っ込んだ。


「……ルー、大丈夫だよ。ちょっと一人になったから色々考えていたら疲れただけだから。本当よ」


 今にもルーが泣き出しそうに見えてしまって、慌てて起き上がりルーの手を握って微笑んだ。

 嘘は言っていない。

 本当だ。

 前世の事を思い出していただけ。



 だから、ルーがそんな顔をする必要はないの。

 私が悪いだけ。



 ルーの悲しい顔を見たくはない。

 この頃は表情が出てきたけれど、昔は無表情だったのが遠い事の様に思い出される。



 表情を見る事が多くなったからだろうか?

 出来れば悲しい顔より笑顔が見たいと思う。

 無理しての笑顔なら要らないけれど、そうでないのなら笑顔が良い。



 ルーが自然に笑みを浮かべていたりする時を見付けたら、本当に嬉しいのだ。

 心がポカポカして思わず私も笑顔になる。


「急に起きると危ない……すまぬ」


 ルーは私の手をもう一方の手で包みながら申し訳なさそうにしている。

 それを見たら、私は居た堪れなくなった。

 ルーに謝らせたかった訳では決してないのだ。



 だから私は急いで頭を下げる事しか出来なかった。

 そんな自分にますます情けなくなる。


「ルーが謝る必要はないでしょう? 自分の事なのだから私が気を付けないといけないのに……ごめんね、ルー」


 私の言葉が終るとすぐ、ルーから優しい声がした。


「顔を上げよ。その必要は断じてない」


 ルーの言葉を聞いておずおずと顔を上げた私を見詰めながら


「……しかしエルザは謝ってばかりだな。自らを悪者とでも思っている様だ」


 ルーは苦笑の形に顔を歪めてから、息を吐く。



 その言葉を聞いて、一瞬息が吸えなくなった。


「……エルザ?」


 不安そうなルーの言葉で何とか戻ってこれたから、深呼吸。

 何度も何度も深呼吸。


「エルザ? どうした? 何か気に障ったか?」


 私を不安そうに見詰めるルーを見ながら思った。

 ルーはいつもなら私の心が分かるのに、今日はちょっと分からないらしい事に首を傾げながら微笑む。



 ルーに不安そうな顔をさせたかった訳ではないのだ。

 ただ、私が驚いた事に自分でも驚愕してしまって、思ってもみなかっただけで。

 身体も心に釣られたのか息が吸えなくなってしまっただけなのだ。


「――――気に障った訳じゃないの……ただね、図星かも、って思ったら、自分でも驚くくらいびっくりしちゃったらしくて。息も吸えない位で本当に驚いたの」


 ルーが不思議そうに首を傾げる。

 きっと思ってもみなかった事なのだろう。


「誰かにそう言われたのか? エルザを悪く言う者なぞおるまいに」


 その言葉に思わず苦笑が漏れた。

 私はこの世界の悪役だ。

 そう決められてこの世界に産まれた可能性が高い。



 ――――それは私にとって酷く納得できることだったのだ。



 何故なら私は――――前世で誰にも望まれていない子だったのだから……



 だから、なのだろうか?

 私が『月華のラビリンス』というゲームの悪役であるエルザとして生まれ変わったのは。



 逃げて逃げて、逃げ続けて。

 でも本当は分かっていたから、『月華のラビリンス』というゲームにとって、私は必ず死ななければならない存在なのだと言われても、心の底では納得していたのかもしれない。



 誰にも必要とされず、死んだ方が良い存在。

 ――――生まれてこなければ良かった、存在。



 これ程の簡単な事実に、どうして私は気が付かなかったのだろう。

 だから誰にも望まれないのだと自分で理解して、大きく息を吐いた。

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