第100話
これは考えても考えても分からない。
伯父の家へ招待を受ける以前の事が、本当に分からず謎過ぎる。
……勇に出逢う前に保育園に行っていたという記憶は……
――――本当に、私は何故死ななかったのだろう……?
食事を与えてもらった覚えがない。
オムツも替えてもらった覚えもない。
何か気にかけててもらった覚えさえない。
罵詈雑言に当てようと投げられた物。
後は居ないものの様に扱って、無視。
それ以外は私には何も無かった。
――――伯父の招待以前の両親にとっての私はイラナイモノ……
なのだろう、きっと。
たぶん。
おそらく。
――――……これは後でまた考えよう。
直視しても息が上手く吸えなくなってしまう。
動機もおかしくタップダンスでも踊っている様に激しい。
少し後退するのは悪くない、はず。
逃げるわけではない。
ただ、今は受け止められないのだ。
一度に色々と思い出してしまったせいで混乱している。
その上疑問は後から後から湧いてくるのだ。
例えばどうやって食事の仕方を覚えたのかとか、トイレの使い方等、誰にも教わった事が無いのに、初めから使い方を知っていた事が多すぎる。
服だって着れたし、靴下もはけた。
靴でさえそうだった。
両親が何も教えたりはしなかったし、前世の私には更にその前の記憶がある訳でもなかった。
なのに、何故……?
両親が着たり使ったりしているのを見て覚えた……?
分からな過ぎて混乱する。
更に眩暈までしてきたので深呼吸を何度も繰り返した。
だから、別の事を考える為にちょっと思い出の時間を進めてみる。
母は、 私を産んだせいで体調が優れないのだとか、ここに住まなくてはいけないのも、何もかもがお前が悪いのだと私が幼い頃良く言っていた。
だから私が家族の為に何でもするのは当たり前だったし、弟達が産まれた後もそう言われ続けた。
たが、弟達が産まれたのは伯父に援助してもらう様になった後で、お手伝いさんもいたのだが、私が家の事を何かするのは変わらなかった。
『お前は姉だから』、に変わったけれど、兎に角私が何かをするのは当然だったのだ。
それに、私が転んだり何かミスをしたら、幼い頃から罵られたり嘲笑うのが前世の家族の当たり前だった。
――――私が子供だからだろうか……?
けれど、弟達が罵られたり嘲笑われたりしたのは見た事が無い、と思う。
ああ、父も母も、まだあの古く狭いアパートにいた時は、とても不機嫌だった。
母は体調が、悪かった。
これは確かだ。
だから家事等は私の仕事。
父は自分がしていていたのだと言っていたけれど、思い出した今は違うと分かってしまう。
取り留めもなく記憶が蘇ってくる。
関連性があるのか無いのかも分からなかったりするけれど、兎に角今は思い出せるだけ思い出そう。
そうして気持ちを整理しなければ。
次に浮かんできたのは、暴言や物は良く投げられたけれど、直接暴力は振るわれなかった事。
古いアパートにいた時の両親は確かに全てに投げやりだったけれど、暴力を振るう気力が無かったというより、そう、そうだ、両親が手や足を振り下ろそうとした事は何度もあった。
けれど、何故かは分からないが私に当たった事は無いのだ。
いつも既の事で脇に避けるか、両親が手を止める。
しかも両親がその後は恐怖に引き攣った表情だったのを思い出した。
考えれば考える程、前世での幼い頃の謎が出てくる。
それに、前世と現世の家族はまるで違う、と思う。
何が?
と問われても、今の私には難しくて言えないけれど、違う、と思うのだ。
ああ、そうだ、前世の両親は私によく言っていた。
『お前の為なんだ』と。
私のやりたい事を止めさせる時や、私が楽しいと思っている事を止める場合、いつもいつも言っていた。
「『お前の為』に言っているのだ、だからそれをしてはいけない」
今の両親は、私がしたい事や楽しい事を止める時に『お前の為』と言ったりした事があったろうか……?
言葉遣いは
けれど、私の事を「エルザ」や「貴女」と今の家族は呼んでくれるけれど、前の家族は私の事を「お前」や「おい」、とかしか呼んでくれなかった、と思う。
名前で呼ばれたのも記憶に無い、かな……
それから思い出して気になった事は、伯父からだと、お手伝いの渡辺さんにもらったお小遣いを、父や母に全て必ず渡さなければいけなかった事。
お小遣いを渡した件は、伯父には絶対に黙っている様にと必ず言い聞かされた事だろうか。
理由が分からなかったから訊いても、子供は知らなくて良いと言われるし、勇に訊いてみたら不機嫌になってため息をこぼしてから、下手にこの件を自分に訊いたと言うなよと何故か釘を刺された。
ああ、そうだ、そうだった。
あのお小遣いの件を勇に言ってから、両親の家ではなくて、勇の家で生活する事が格段に増えた。
家族とは、ほとんど会わなくなったのだ。
勇とは一緒にいる様にはなったが、勇の両親とも食事をしたりはしなかったな。
うん、勇の両親が家にいる事も稀で、会わなかった。
家の冷蔵庫にあった物を、私が食べるとどうしてか怒られたり非難されたのも思い出す。
勇の家ではそれは無かったから余計に鮮明だ。
お手伝いさんの渡辺さんに頼んで材料を買ってきてもらって、私が何か作った物を冷蔵庫に入れていて、それを私がお弁当に容れたり食べたりしてもそうだった。
理由が分からず途方にくれるのが常で、いつからかお手伝いさんの渡辺さんが、私が許した事にしますからと色々便宜を図ってくれていたのだ。
これは、普通なのだと思っていた。
姉であり家族に迷惑をかける悪い子の私は、家のモノを勝手に何かしたら怒られるのだと。
お風呂も一番最後に入らなければならないとも言われていた。
考えれば考える程、違和感がある。
今の家族との差異が、心を軋ませる。
――――もしかして、大切な家族だと思っていたのは……
でもと、反論も湧いてくるのだ。
世界さえ違うし、資産や習慣だって違うのだからと。
だが、とまた考える。
そうだとしても、勇や、夢の舞ちゃんの言葉を思い出す。
あの二人があそこまで嫌悪や怒りを露にしたのだから、前世の世界でも、私の家族は……
違和感を感じていたのはこれだけではないのには眩暈がする。
私はどれだけ思考せずに逃げていたのだ。
ああ、また連鎖的に思い出す。
前世の両親は私が何処かに一人で行くのをとても嫌がった。
「何処に行っていたの!?」
「勝手に居なくなったらダメだと言ったでしょ!!」
何故か激しく叱られるのが常だった。
そういえば母と買い物に行くと、いつも母が買うばかりだったなぁ……
百貨店の外商さんの場合は家に来てくれていたけれど、何故か母は私と買い物に行く時は私が荷物を持つ事になっていた。
勇だとお付きの人が買った物を持ってくれるものだから、申し訳なく思っていたのを思い出す。
ああ、そうだ。
買い物。
舞ちゃんとした時のお金。
あれは勇が伯父さんからだってくれた中からだったなぁ……
勇経由で伯父からお小遣いをもらった時は、何故か誰にも渡したらダメだ、言ったらダメだと嫌悪感も露わな勇から念押しされたのだった。
不思議だったけれど約束したから、誰にも言っていないし渡していない。
しかも分からないのは、その勇経由で頂いたお小遣いは最低限以外は勇か舞ちゃんとの外出時以外は勇に預ける様にとか、勇の家以外は私名義のクレジットカードと財布は常に身につけておいて脱衣場にも持って行く事、ビニール袋に入れて風呂場にも持ち込めとか、寝る時は枕の下に入れる様にとか注釈されたのだ。
本当に何だったのだろう……?
転生してから、この事についての違和感はあった。
考えても仕方がないと脇に置いて見て見ぬふりをしてきた事の一つだ。
でも、今は考えなくてはいけない。
私は考えない様にしているだけだ。
勇があれ程嫌悪感を感じる相手。
それに、客観的に見れば分かる事。
両親は私にお金がいかないようにしていたのだ。
……そして私に渡るはずのお金を、奪っていたのだろう。
ただこれは本当に客観視しても分からないのだが、どうして私が何かをもらうのを嫌がったのだろう?
嫌がったのだ、と思う。
私が何かをもらった時は必ず私に手放す様に言うし、貰った時に人前では笑顔だが、家族だけになると侮蔑するような、嫌悪感のある表情で見詰めてこちらに渡せと催促してきた。
これはどういう事なのだろう……?
加奈子ちゃんに訊いてみるのが良いだろうか?
私の感じる疑問に答えられる相手というと、同じ世界の同じ国、同じ時代から来た彼女しかいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます