第102話

 私を心配そうに見詰めていたルーが椅子に座り表情を真面目なものに改め、真剣に私を凝視しながら低い声で言った。


「エルザ、話をしよう」


 唐突に言われて、思わず目を見開いた。

 おかげでというのもおかしな話だが、びっくりしたから頭が回ったのか、気が付いた事がある。


「ルー、どうやって病院に入ってきたの? 緊急以外入ってこれないはずよね?」


 この病院はお父様の話では帝国一の病院であるらしい。

 貴人も入院することもあるとかで警備も相応で厳しいと聞いたのだが……


「それは大した問題ではない。私には簡単な事だ。エルザが思うよりも私が出来る事は多いのだから」


 珍しくとても得意気なルーに表情が和む。


「皇族特権じゃなくて、魔法を使ったの?」


 私が訊ねるとルーは悪戯っぽい表情になって笑うと


「当然であろう。言ったはずだ、出来る事は多いと」


 色々それはそれで問題な気はする。

 私は魔力が無いから感じ取れも出来ないけれど、分かる人達にとってルーの評判は凄い。

 ――――畏怖を通り越す人も出るくらいに……

 だから心配になるのだ。



 ……ルーは、そう思われている事も全部分かる。

 分かってしまうのに、平気、なのだろうか……?



 そう思ってから自分に呆れた。

 平気な訳が無いだろう……!

 傷つかないなんてどうして言える!



 私だったら、耐えられるだろうか……?

 ――――確実に無理だ。

 本当にルーやフリードは凄いと思う。



 ああ、勇も、不思議と色々知っていた。

 もしかして、勇も人の心が見えていたのだろうか……?



「そうだな……話をしよう、ではなかった。話を聞いて欲しい、が妥当であろうな」


 私が自分を責めていると、ルーが苦笑しながら口にした言葉に目を瞬かせる。


「……ええと、あの、話を聞けばいいの?」


 ルーは力強く肯き


「ああ。起き上がって聞かずとも良い。寝たままの方が楽であればそれで良い。無理をさせたい訳ではないのだ――――話を聞くこと自体が辛いと言うのであれば、頭に流し込む」


 何やら不穏な言葉を聞きました……


「それはきちんと耳から聞きたいです。あの、寝たままの方が楽と言えば楽だけれど、良いの……?」


 私としては幼馴染でも失礼ではないかと思うのだが、ルーは大丈夫なのだろうか?


「エルザの楽な様で良い。体調の悪い者に無理をさせるのは違うであろうが」


 さも当然と言い放って肯くルーに、ああ、そうだよねと納得した。

 親しくなくても具合が悪い人や病気の人に無理をさせようとは思わない。


「そうだね、ありがとう。でもどうして急に話を聞いて欲しいと思ったの?」


 聞いたのは何となくだった。

 今まで自分の事を話すというのがほとんどなかったルーが、どうして突然?

 その程度の軽い疑問。


「自分ばかり知っているのもどうかと思ってな。別段誰かにひけらかす気もさらさらなかったのだが、自分でも分からん……迷惑か?」


 どこか突き放したような物言いをしつつ、不安そうなルーに微笑んだ。


「まさか! 私でよければいくらでも話を聞くわ」


 私の言葉で安堵した様に息を吐いたルーは、どこか静かだけれど幼い子供の様に淡々と話し始めた。


「私には双子の弟が居た。二卵性の弟だ。発生は私が先なのだから、弟だろう」


 それに素直に驚いた。

 ルーに弟がいたというのは初耳だったし、それから、もう一つ。


「発生が先、とか、分かるものなの?」


 純粋な疑問だった。

 こちらの世界の技術ではそういうのものも分かるのだろうか?

 一卵性ではない二卵性だから、とかなのかな。


「私が分かっていた、というだけの話だ。胎の中で意識を持った時点で弟だと、そう認識出来たにすぎん」


 熱の籠らない、突き放した様で幼さを感じさせる声音のまま、ルーはどこか遠くを見ながら話を続ける。


「弟は、真面な、皇族らしい皇族だった。金の髪に紫系の瞳であり、性分も魔力の型もな。で、あれば、産まれるべきは弟だと判断した私は、元々生まれ堕ちる気も更々無かったのだから、死のうと思った。女の胎から命を持って出てくる気等、最初から微塵も無かったのだ」」


 事も無げに言ったルーに背筋か凍った。

 震えそうになる声を気合いを入れてなんとか持ち直し、口から言葉を絞り出す。


「どうして、産まれる気が無かったの? 弟がいたとしても、ルーが居なくて良い事にはならないと思うよ」


 そう、そうだ。

 ルーは私と違って何でも出来て、皆に認められている。

 彼を望みこそすれ要らないと言う人などいないだろう。

 この国にとって代えがきかない特別な存在だ。



 表面ではそう思う。

 ただ私の深い所は違った事を思った。



 それを辿りながら、どうにかこうにか言葉として形にする。


「ルディアスに逢えなかったとしたら、私は寂しかったと思う。ルーからもらったものが沢山あるから。だから、ルーが生きる選択をしてくれて、純粋に嬉しい、と思うよ。ルディアスに出逢えて、私は幸せだから」


 今言うべきではないとも思った。

 話の腰を折ってしまうし、自分勝手な言葉だ。



 それでも伝えたかった。

 ルディアスに出逢えたことは、私にとって何にも代えがたい宝物なのだ。



 ――――迷惑なのだとも分かっているし、聞きたくもないかもしれない。それでも私にとってルディアスは大切で代えの効かない大切な存在だから。

 どうしても伝えずにはいられなかった。


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