第92話
布団に入ってからも色々と考えてはいたのだが、どうやら想像以上に私は疲れていたらしく、気が付いたら夢の住人になっていた。
まるで溺れる様に夢の中に引きずり込まれる感覚――――
だが、不思議とその夢に落ちた時、温かさを感じたのだ。
何故かと思いながらこの夢を観察しようと周りを見回す。
そこは、白と黒が混ざったような、どこまでも薄暗い空間だった。
夢だと思うのだが、一昨日や昨日とも違う雰囲気に首を傾げるしか出来ない。
重苦しさは無い、と思う。
息苦しさは……ある、のだろうが、どうも今までとは違う息苦しさなのだ。
今までは圧迫感で息が吸えなかった印象だったけれど、今は純粋に息が吸えない感じというか……
そう、ここの空気が私には合わないから上手く吸えないのだと思う。
私だけが異物で、だから空気が吸えないのだと痛い程何故か分かっていた。
ここの空気が私を拒絶しているのに加え、私自身が拒絶しているのだとも不思議と分かっているのがこれまた不気味で、今までとは違う様子に何が起こるのかと戦々恐々とするしかない。
感覚としては、私の前世での発作の前段階に近いと思う。
息が上手く吸えなくなってから、全身が切り刻まれるというか、内側から弾け飛ぶ様な激痛に襲われるのがいつもの私に訪れる事だった。
転生して時間が経っても忘れられない程の痛みを思い出した為に顔を顰めつつ、私がキョロキョロとしていると、唐突に声が空間に響き渡る。
「瑠美ちゃん、どうして死んでしまったの……私、どうしたら……」
前世の私を呼ぶ若い女性と思われる声には聞き覚えがある。
私を”瑠美ちゃん”と呼ぶのは、私が知る限り一人だけ。
親友の舞ちゃんだけだ……!
舞ちゃんが話しているのだろうか……?
私は何とか返事をしようと声を出そうとするのだが、少しも声が出なかった事に忸怩たる思いを味わうしかなかった。
いつもこの空間では傍観者でしかなかったし、声が出せた試しが無かったのを今更思い出しているあたり、私は本当に……
昨日や一昨日とは違うから、もしかしてともう一度声を出そうともがくが、結局無駄に終わってしまった。
そして、声はまた続く。
「……――――瑠美ちゃん、私、私ね、知らなかったの……瑠美ちゃんの家族の事……あんなの、あんなのおかしいよ……!」
舞ちゃんは言葉が上手く出てこないらしく、最初の言葉からだいぶ間があってから言葉が続いた。
――――泣くのを堪えようとしても堪えられない悲痛な声で。
「……瑠美ちゃんが発作を起こした時、私が居た事があったよね。その時、違和感はあったの……『瑠美に何かあったら、私達の生活が』って、瑠美ちゃんのお母さんが口走って、それを瑠美ちゃんのお父さんが窘めてたけど……おかしいな、って思ったよ、思ったけど、瑠美ちゃんが心配でそれ所じゃなかったから……でも、ちゃんと考えれば良かった……ううん、知らない方が瑠美ちゃんは良かったとも思う。御正君は、瑠美は知らないって言ってたし、だから、それは良かったのかなって……」
御正君と舞ちゃんが呼ぶのは勇の事だから、勇が知っていて、私が知らなかった事……
私が発作を起こした時、そう言えば言葉は聞こえなかった、と思うのだ。
それ所ではなかったというのが正しい。
全身が軋み、弾け飛んでしまうのではないかという激痛に襲われ、苦しくて意識を失ってしまうのが常だったのだ。
幽体離脱みたいに私がなって上から見ていた時も、音声は入ってこなかった。
だから何をお母さん達が言っていたのかは私は知らない。
私が知っているのは、私が苦しそうにしてると心配そうな、自分が痛いのではないかと錯覚しそうな程苦痛に歪んだ顔の家族の姿だけだ。
――――でも、どうして私に何かあったら生活がって、どういう事だろう……?
例え私が死んだからと言って伯父が援助をしなくなるとも思えないのだが、違うのだろうか……?
「あの人達、ううん、あいつ等で十分だ、あんな奴等! 瑠美ちゃんの血の繋がった家族だとしても、私は認めない、あいつ等を私は絶対に認めない!!」
舞ちゃんが激高しているのが伝わってくる。
ハキハキと元気が良くて面倒見の良い舞ちゃんが、こんなに怒り狂った声を出す事に驚愕するしかない。
今まで聞いた事の無い多大な怒りを含んだ声に、どうして私の家族にそれを向けているのがが分からず、首を傾げていた。
「瑠美ちゃんの遺体の前で、あいつ等の言った事、私は絶対に忘れない……!! だから、私は御正君を責める事がどうしても出来ない。気持ちが分かってしまうから……! 御正君がどれだけ瑠美ちゃんの事大事にしてたか、大好きだったか、ずっと二人の側にいた私はよく知ってる。そうだよ、そう、私だって本当は、あいつ等を殺してやりたかったんだから……!!!」
舞ちゃんが泣き叫びながら怒り狂っているのに、私は理由がまるで分らず困惑する事しか出来ない。
――――”私だって”という言葉で、もしかして私の家族を勇が殺してしまったのではないかという恐怖から逃げる様に、私は夢の中であるにも関わらず瞼を下ろした。
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