第93話
瞼を下ろした途端、大音響のノイズとしか呼べないモノが脳内を駆け巡ってきた。
脳をかき回す様に私の頭の中を大音量で圧倒していく。
脳内の神経にグツグツと熱した鉛でも入れられたかの様に、頭は激しく痛くて熱くて意識が遠のく。
――――――――……イ…………――――ル…………――――――――
……ト――――――――シ……――――……ルミ――――……――――
――――イ……ト――――シ――――イ……ル――――ミ……ドコ……
頭の中に、ノイズに交じって誰かが私を必死に、それこそなけなしの血を絞り出す様に悲壮な声で、自分を削る様に血眼になって探している声がしたと認識した瞬間、私の意識は覚醒した。
飛び起きて辺りを見回すと、何故か涙が流れていて困惑する。
どうしようかと思って動こうとした途端、
「ッゲホッ、ゴホッゴホ、ゴホゴフ、ガハッ!!」
息が吸えない!
どうしてか呼吸が出来ない。
息が苦しい。
冷汗が止まらない。
身体の芯から冷え込んでいくように、寒くて仕方がない。
「エルザ様!!?」
誰かが私を呼ぶ声がする。
けれど息が出来なくて、目の前が暗くなっていくのを感じながら、意識は闇に沈んでいった。
――――……ルミ、ルミ、何処? ――――……
……――――……ルミ、何処に――――……――――
――――……ルミ、早く、こっちに――――――――
……――――――――イ……ニ……――――になってし――――……――――
だれかが私を呼んでいた。
前世の名前で。
愛しさばかりを閉じ込めた声で。
身を切られるような痛みをあふれさせて……
私はその声を知っている気がした。
どこか懐かしく、何故か泣きたくなる。
胸を掻き毟られる様で、どうして良いかが分からない。
私の名前を呼びながら誰かが私に手を伸ばした、と思う。
だから私はそれに答えなくてはいけないという不思議な使命感に襲われ、手を伸ばす。
自身の手が私の名を呼ぶ誰かに触れるか触れないかという瞬間、唐突に闇から浮上し、私は目を開ける。
「エルザ! 良かった意識が戻ったな!!」
よく耳に馴染む声に、瞳を瞬かせる。
目に飛び込んできたのは
「お、お父様……? どうなさったのですか……?」
事態が良く飲み込めず、疑問符ばかりが脳裏を過る。
「ああ、本当に心配したんだよ! 呼吸が止まった上に心臓も一時止まっていたんだから!! どうだい、痛い所は!? あ、お祖母様とお祖父様を呼んでくるね!!!」
矢継ぎ早に言葉を発したお父様は大慌てで目の前から去って行ってしまう。
……えっと、本当に良く分からないのですが……
「あいつにも困ったものだ。本当に家族の事になると周りが見えなくなるな……エルザ、どこかおかしい所や痛い所はあるかい?」
優しく声をかけてきて下さった存在に目を見開いた。
「ヒューおじ様!? あ、あの、私、どうしたのでしょうか……?」
フェルのお父様であるヒューおじ様の姿を見て、改めて自分に何が起きたのかと戦々恐々。
帝都にいらっしゃるはずのお父様やヒューおじ様、それにお祖母様とお祖父様とも言っていたと思う。
それ程の方々がそろっているこの状況が上手く飲み込めず混乱気味。
「ああ、それは――――」
ヒューおじ様が何か答えようとなさった時、
「お、調子は良さそうだな。良きかな良きかな」
ふざけた楽し気な様子で声をかけてきた人物に大きなため息が漏れた。
「――――ディート先生……? どうして此処にいらっしゃるのか伺っても……?」
何故かどっと疲れが出てきた。
学校に入って以来顔を合わせた事の無かった家庭教師の先生の登場に、ますます訳が分からずもうどうにでもなれの精神に達する。
「あ、なんか色々諦めたな? エルザは俺に結構いい加減だよな」
何だか不満そうなディート先生を見ていたら、気が楽になってしまった。
「それは無いと思うのですが……えっと、ちゃんと尊敬していますよ、私。ディート先生大好きですから」
肯きながら私が言ったら
「分かってるって。お前は基本的に良い子だよ。それとみだりに大好きとか男性にもう言うなよ。お前の立場じゃ色々面倒な事になるからな」
そうクスクス楽しそうに笑いながら頭を撫でて下さる。
良い子だと褒めて頂いたが、やはりこう、落ち着かない。
「本当にそう思っていてもダメなのでしょうか、やはり」
しょんぼりと言ったらディート先生は苦笑し
「本当だと余計にだな。そう教えたろ? エルザは素直だからな。隠し事も下手だからすぐに顔に出るし。誤解されるとエルザが大変だからな。気を付け過ぎる位で良いと思うぞ」
もっともな忠告なのだが、素直に気持ちを伝えられないのは何とももどかしいと思う。
「ありがとうございます、ディート先生。これから気を付ける様に頑張ります」
ディート先生は何故か私の頭をポンポンとし
「お前の場合、こういうのを頑張らないと気を付けられないのは長所でもあるけど、これからは短所になる割合が高くなるからな。頑張りすぎてパンクしない様に」
どこか心配そうなディート先生に微笑んだ。
「はい。本当にいつもありがとうございます」
先生が肯いたと同時に、室内に大きな美声が響いた。
「エルザ! 目を覚ましたのか!?」
「エルザ!?」
二人の声を聴いたら誰かが直ぐに分かって、何というか本当に私はどうしたのだろうという疑問があふれてくるのでした。
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