第86話

 帰りの車の中、心が解れた証なのか、ふと気が付いた事がある。


「ねえ、リーナ」


 リーナは首を傾げながら私を見る。


「何?」


 それに安堵しながら、どうして忘れていたのかと自分を殴りたい心持で訊いてみた。


「学校にあまり行っていなかったから考えつかなかったけれど、近々で何かイベントとかある? その、”月華のラビリンス”の、なのだけれど……」


 リーナもハッとした様な表情になりながら慌てだす。


「っああ……えっと、ちょっと待ってて。今、資料出すから。瑠美にも渡してたけど、そっちは手元にある?」


 空間収納から紙を取り出す彼女を見ながら私も声をかけながら続く。


「持ってきていたと思うよ。私も探してみる」



 そうして二人で資料を取り出し、久しぶりにじっくり読み込む。

 入学前は気を付けようとしていたのに、入学してからは色々ありすぎて記憶が飛び気味なのが感じられる。



 資料を改めて見ると、こうだったかと思いながら読んでいた。

 この”月華のラビリンス”という乙女ゲームの話を読む事にどこか初めての様な印象さえ受け、首を傾げてしまう。



 もしかして疲れているからかなぁとも思い、ここ最近を思い起こす。



 そう、ここ数日は特に、寝ていても寝ている気がしないのだ。

 夢が夢だからだろうか……?

 眠っていても疲れが取れる気がまるでしないのである。



 その事にも何故か朝に気が付かないで、今、この瞬間に気が付いた。

 朝は夢の影響があるのかもしれないと納得し、今日はゆっくり眠りたいと願わずにはいられない。




「フリードリヒの物だけで良いのかね。エリザベートが他の攻略者を気にするとも思えないんだけど」


 資料を見ながらリーナが言う言葉に、そうかもしれないと肯く。


「そうかもしれないね。でも、他の攻略者のイベントがフリードリヒに何か関わる事ってあった様な気がしたけれど……」


 そう、確か春のイベントであったと、今、唐突に思い出した。


「えっと、確か、これだったと思う。『遅咲きの桜のイベント』。エドヴァルドだったか、ギルベルトと、あ、そうだ、今思い出したから付け足しといて欲しいんだけど、確か攻略者全員関わってたかもしれない! ただ、その、どういうイベントだったかはもう朧げで……あれだ、学校にある遅咲きの桜が何か関係していたと思うんだけどね……」


 私も資料を読み込みつつ、ペンを出して『遅咲きの桜のイベント』の所に付け足す。


「攻略者全員が関わるんだよね。それで、確か、『ギルのイベント』、と」


 リーナは眉根を寄せつつ


「そう。ギルベルトとエリザベートのイベントで、他の攻略者も全員関わるんだよ。でも詳しい事は本当に分からない。私が覚えているのは、このイベントでギルベルト以外を選択すると、ギルベルトとのENDは無くなった、と思う。他の攻略者にも別の相手を選んだらBADENDにしか行けなくなっちゃうイベントがあったと思うんだけど――――」


「ギルベルト以外は分からない、だったよね」


 私が言葉を続けると、リーナは大きな溜め息。


「ああ、もう! 転生するかなり前だからなあ、このゲームやったの! そんなに乙女ゲームとかが出ていない時のゲームで、据え置き機だったのが懐かしいよ。携帯機でもスマホでもない時代のゲームだからなあ」


「スマホ?」


 思わず訊ね返してしまった。

 そういうの知らないしなぁ。

 何だろう……?

 そういうゲーム機なのかなぁ……


「ああ、携帯の進化版みたいな物だよ。それでもゲーム出来る様になったの。課金したりしてね。据え置き機より人に選っては恐ろしく金を食うんだわ」


 リーナが恐々という言葉に首を傾げながらそういうものかと納得。


「しっかし、入学してからゲームが始まってる訳だけど、これだけ色々あると混乱するね」


 しみじみとリーナが言う言葉に肯く。


「そうだね。でも、ゲームではそういうイベントとか無かったの……? 入学式後の舞踏会でのあの、色々とか……」


 思わず言葉を濁してしまう。

 ガラス片は良いのだけれど、あの舐め回される様な感覚だけは受け付けないのだ。


「入学式の後の舞踏会では無かったと思うよ。顔見せっていうか、出会いイベント的な感じだった様な気がするし。あれかな、隠し設定でエルザにはそういうイベントが起きていた、とか?」


 リーナの言葉に首を傾げる。


「加奈子ちゃんは資料集も買ったって言っていたよね……? それにも載っていなかった感じ……?」


 彼女は顔を曇らせ


「載ってなかったと思うんだよね……なら隠し設定?」


 悩みだした彼女に続いて私も思案中。


「この世界を創った存在が、企画の段階とか、途中の段階のボツ設定とかも組み込んで世界を構築した可能性は無いのかな……?」


 私に思い付けたのはこれ位だ。

 それならばゲーム本編とこの世界の差異も分かると思うのだが……


「ボツ設定か……それを含むのなら、もしかして誰かの二次創作の設定を取り込んでる可能性も無きにしも非ずだよね……何をどう取り入れるかも世界を創った存在の胸三寸な訳だから……気を付けないとだわ」


 加奈子ちゃんも気合を入れてから、思い出したように


「そういえばさ、”月華のラビリンス”ってちょっと小公女を意識してるんだって資料集に載ってたのよね」


 思わずオウム返ししてから思い出す。

 アニメで見た覚えがあるのだ。


「小公女? ……ああ確かに、エリザベートって王宮を追い出されてからフリードのエンディングだと王宮に戻るってなってたよね。他のENDでもある意味成り上がったといえばそうなるかな。元を正せば良い所の娘っていうのは同じだし」


 私の言葉にリーナも肯きながら


「そうそう。エルザの、ああ、ゲームのだけど、彼女のイジメも小公女っぽいよね」


 私は見た事のある世界名作劇場を思い出しながら


「ああ、イジメていたよね。中心の子と取り巻きの子が二人、だったかな……」


 私の言葉に何か閃いたのか、唐突にリーナが声を上げた。


「あっ!!」


 驚いた私が瞳を瞬かせながら訊ねるのだが


「どうしたの?」


 それにリーナはもどかしそうにしながら


「取り巻き、そう、そうだよ! エルザの取り巻き!」


 興奮が収まらないらしくパタパタしているリーナに瞳を瞬かせてしまう。


「取り巻きがどうしたの?」


 リーナは自分を落ち着かせる様に息を大きく吐いて


「そう、その取り巻き! ベアトリスとアーデルハイトだ!!」


 その大きな声に驚き、目を丸くさせる事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る