第87話

 しばし考え、ようやく声が出た。


「ええと、その、ゲームのエルザの……?」


 おそるおそる聞いてみると、力強く肯くリーナ。


「そう! そのエルザの取り巻きの名前がベアトリスとエーデルハイト!」


 改めて入ってくる情報に、眩暈がしそうになる。

 二人と出会ったのも、ゲームの通り、という事なのだろうか……

 私にとっては、幼い頃からの友人といっていい存在だ。

 だがそれすら決められた事だったのだろうかと、陰鬱になってしまうのを止められなかった。


「……気にしない方が良いって言ったって、気にするよね……なのに話を変えてごめん。これは大切だと思うから……エリザベートの方は、友達キャラだったかサポート役の子とはまだ出会ってないっぽい気がするんだ。というか、そのキャラが居ないともいう」


 リーナの労わる様な言葉に何とか浮上し、考えてみる。


「ええと、プレイヤー操作キャラの友達役っていうかサポート役のキャラと、エリザベートは出会ってはいないのね?」


 リーナは難しい顔で


「そうなんだよね。エルザが寝込んでる間も気にはしてたんだけど。その子が居ないというか、エリザベートに近付いてこないというか……同級生のはずなのよ。ピンクの髪に青っぽく且つ緑みたいな瞳の子だったと思うんだけど……」


 その容姿を聞いて、まさかね、というか、気になってしまった人物がいる。


「――――あのね、リーナ。ピンクの髪に青っぽいというか青緑の瞳の人物に、心当たりがあるよ……」


 リーナが目を見開いて勢い込む。


「誰、どんな人!?」


 それに押されながら、でも違っているかもとも思いつつ、一応気にはなる、というか、容姿的に合致はするのだ。


「ええと、私が倒れた時に世話してくれた平民だと思う人なの。その人がピンクというか桜色の髪に青竹色な瞳だと思うのね。だから、ピンクの髪で青っぽく且つ緑みたいというのに当てはまるかなぁと……」


 リーナが顔を強張らせた。


「――――え? 倒れた時に、世話をした……?」


 何かおかしかったかとリーナを見ると、リーナは緊張した面持ちで続けて


「それって、その、当然入学してからよね? で、まさかとは思うけど湖の湖畔だったり……?」


 リーナが何をそれほど気にしているのかが分からず首を傾げながら


「そうだよ。湖の湖畔近くだし、入学してからよ。あの、それがどうかしたの……?」


 リーナは深刻そうな顔になりながら


「それ、エリザベートのイベントだ……!」


 私はそれに理解が追い付かない。


「あの、どういう事……?」


 リーナはもどかしそうにしながらそれでも説明をしてくれた。


「だからね、湖の湖畔近くで、プレイヤーの操作キャラ、つまりはエリザベートだけど、彼女が入学してすぐ具合が悪くなって倒れこんじゃうんだよ。それを見つけて側に付いててくれたのが、レーナ。これをきっかけに友達になって色々サポートしてくれるキャラな訳――――つまり、エルザが、どうしてか、エリザベートのイベントをこなしちゃったって事」


 しばし沈黙。

 こわごわと声を絞り出す。


「――――……あの、そういう事って、あるものなの……?」


 リーナは頭を掻き毟ろうとして慌てて止め、息を吐く。


「ネット小説とかではあるよ。悪役令嬢が主人公のイベントを知らずにってのと、意識的にってのに二分されるけど――――瑠美は、わざとやった訳じゃないんだよね?」


 リーナの言葉に即座に肯く。


「勿論! 資料に書いてあったのは今は覚えているけれど、さっきまでは何故か忘れていたから。そもそも、そのイベントは私のもらった資料にはなかった、はず。でも、あの、わざとだと何か不味いの……?」


 リーナは難しそうな顔になりながら


「うん、資料には書いてないね。今思い出したから……本当にごめん。資料なのに穴だらけで……しかしどうなんだろうね……それが分からないから怖いというか……つまり、これによって何が起こるか分からないというのが、一番の問題だと思うんだよ」


 私にはリーナの言わんとしている事がいまいち分からない。

 それでも自分なりに考えてみた。


「ええと、私がエリザベートのイベントを変えてしまったから、物語が変化してしまったかもしれない。それで何が起こるか分からなくなってしまっているっていう認識で合っている?」


 リーナは自分を落ち着かせるように大きく息を吐いてから私を見る。


「うん、私もそういう認識。物語通りにしないようにするっていうのも善し悪しなんだって今更ながら思うよ。物語通りじゃないのなら、次がどうなるかが読めなくなってしまうんだもんね……」


 そう、結局問題になってくるのは、止めた後、何が起こるか分からないという点なのだ。

 そして、気になるのは……


「ねえ、ベアトリス様とアーデルハイト様の二人の事も気になっているの。今日の事で何か、その、変わったりした、とか……?」


 リーナは渋い顔になって頭を抱える。


「……ああ、そっか、それもあったか……」


 まだ気になっている事があって、私も頭を抱えたくなりながら考える。

 私にはまだリーナに言っていない事があるのだ。

 まずは確認してから、だよね。


「ねえ、リーナ。そのゲームでの主人公の友人キャラって、女性……?」


 リーナ首を傾げつつ


「そりゃそうでしょ。乙女ゲームなんだし。恋愛物なんだよ? 男は全部攻略対象だって」


 そうだよねと思いつつ、まだ聞きたい事がある。


「そのキャラの名前って、さっき言っていたけれど、”レーナ”、で良いの……?」


 リーナは不思議そうにしつつ


「そうだよ。資料に書いてあったと思うけど」


 分かっている。

 何度も読み返したのだ、今の私は理解していた。

 ただ、先程まで思い出せなかったのには不安は募るのだが……


「ええ、分かっているけれど、自分の認識だけでは不安だったから、リーナと見方のすり合わせをしないとと思って……それでね、リーナ。私を介抱してくれた、ピンクの髪で青っぽく且つ緑な瞳の人物、名前が違うし、性別もゲームと違うのよ……」


 リーナは眉根を寄せ首を傾げる。


「うん? えっと、その、頭が追い付かないから、もうちょっと具体的にお願い」


 私は重く息を吐いて伝えた。


「だからね、私がエリザベートの代わりにイベントを起こした相手、名前がクラウディアスという名前の、男性、なの」


 固まってしまったリーナを見つつ、私も思う。

 ――――これは一体どういう事なのだろうか……?

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