第84話

 ベアトリス様とアーデルハイト様は、それぞれ大きく息を吐いて、頬を叩き、肯いた。


「――――わたくし、エルンスト様と話してみますわ……!」


 ベアトリス様が意を決した様にそう宣言する。


「――――わたくしも、ギュンター様に気持ちを伝えてみます……!」


 アーデルハイト様も力強く肯いた。


「ではエルザ様、大変申し訳ないのですけれどしばし席を外させて頂きますわ。重ね重ねで本当に恐縮ではございますがお待ちくださいませ。それでは」


 ベアトリス様はそう仰ると、風を切って歩いて行かれる。


「わたくしも失礼致しますわ。本当に申し訳ありません。大変厚かましいのは重々承知ですけれど、エルザ様、待っていて下さいませ」


 アーデルハイト様は一つ肯き、颯爽と歩きだされる。



 お二人が席を外してから、私はホッと息を吐く。

 脳裏には、前世の母を見詰める叔父の姿があった。

 ……二人は幼い頃からの婚約者同士だったと聞いた時に感じた胸を刺す痛みも。


「良い結果になれば良いね」


 リーナも心配そうに肯き、


「そうね。お二人の今後にとってとても重要になると思うし、やっぱり上手くいって欲しいよ」


 リーナの言葉を聞きながら思わず溜め息が漏れる。


「恋愛経験の無い私にそういう相談されると、本当にどうして良いか分からなくて困ったよ……」


 リーナも苦笑しつつ


「私もそうだよ。青葉マーク付いてますからね。誰かとちゃんと付き合った事も無い私に、こういうのはハードル高いって」


 私は意外な面持ちでリーナを見る。


「え? 付き合った事とか無いの……?」


 リーナは目を瞬かせ


「瑠美は付き合った事あるの?」


 そう訊き返され、慌てて大きく首を振る。


「無い、無い! 私告白された事も無いよ……!」


 上峰加奈子だったリーナは目を見開きつつ不思議そうに


「付き合った事はともかく、告白された事も無いの?」


 私は苦笑しながら、前世を思い起こす。


「無いよ。人に遠巻きにされていたからね。近付いてくる人は従兄弟の勇と親友の舞ちゃんだけだったよ」


 リーナは何だか腑に落ちないという風にしつつ、それを苦笑で流し


「それは、なんというか……まあ、瑠美は色々ありそうだからね」


 私は首を傾げながら、ちょっと訊いてみる。


「加奈ちゃんは告白とかされた事あるの……?」


 彼女は溜め息を吐きつつ


「まあ、あれだ。私、前世で容姿だけは良かったんだよね。だから見た目に騙された人が告白とかしてきたりは結構あったんだよ」


「でも付き合ったりはしなかった?」


 加奈ちゃんは眉根を寄せつつ


「好きでもない人と付き合うとかしたりしないよ。試しに付き合ってみるとかも嫌だし」


 そうだった、彼女は従兄弟の正樹さんが好きなのだよね。

 今でも、おそらく……


「確かにそうだね。好きでもない人とは嫌かな。試しにっていうのも、何か違う気がするし」


 私が言うと、リーナは我が意を得たりといった調子で


「そうそう。試しにってなんだよって思ってたんだよ。前世では周りでそういう事する子もいたけどさ。それで何か違うとか言って別れちゃうんだから。試してみないと分からないとかいうけど、それって相手を好きな場合は分かるけどさ、そうでないなら何でそういう事するかが私には分からなかったよ」


 そう言ってからリーナは紅茶を一口飲んで


「私さ、仕事上の付き合いのある人とか、単なる知り合いとかに告白されるの嫌だったんだよね。私にとっては、仕事上の相手でしかないし、ただの知り合いなだけ。だけどさ、告白されたら”告白した人とされた人”って関係に無理矢理当て嵌められちゃうじゃない。あれが腹が立って仕方がなかった。強引に私の人生に食い込まれたみたいに思ってさ、不愉快で堪らないんだよ。気持ちを知って欲しかったとか、我慢できなくてとか言うけど、それってそっちの勝手な理由だよね。こっちの事、何一つ考えてないよねって思っちゃってさ。あいつ等、自分の事しか考えていない訳じゃない。だってそうでしょ? 私にとっては友人ですらないんだからプライベートには入り込まれたくない訳。関係ってさ、一方だけが近付きたくてもダメだと思うんだよ。双方が仲を深めたいと思ってないと、片っぽにとっては負担で迷惑なんだから。それが分からない人は嫌だと思ってね……それに告白してきた人ってさ、告白したのを笠に着て関係性を深めようとしてくるから、凄く嫌だった思い出しかないわ」


 一気に言ってリーナはまたお茶を飲み、首を縦に何度も振っていた。



 余程嫌だったのだろうなと察するのは容易で、自分がそういう自分の事しか考えていない人になってはいないか不安になる。


「私が一番嫌だと思うのは、浮気や不倫する人だよ。そんな誘いに乗るかっての。特に嫌悪感が凄かった。浮気や不倫は誰かを傷つける事しか出来ないから絶対ダメだと思うんだよね。それで奪って幸せになりましたとかはごめん被るわ。その上浮気や不倫は厄が溜まるってのに……怖さを知らないからそういう事が出来るんだよ。怖さを知らなくても絶対に嫌だけど」


 リーナが吐き捨てるように言った言葉に、疑問が。


「確かに私も浮気や不倫は駄目だと思うよ。でも、”ヤク”って何?」


 リーナは納得顔で


「”厄”だよ。災厄の厄。悪い事すると溜まるの。その罰が本人に出るとは限らないのが凄く怖い所。自分の大切な人とか子供とか、孫の代、そのまた次の代とかで厄の罰が下ったりすることもあったりするからね。転生しても持ち越したりとか。私は怖いから厄が溜まる様な事は絶対にごめんだよ」


 リーナはそう言ってから首を傾げ


「でも、この世界ではどうなってるかは分からないよ。ただ、前世の世界ではそうだったってだけ。厄の溜まっている人は見たら私は分かったけどね。こっちでも変な感じを受けた人はいたかな……ま、悪い事はしちゃだめだって事。エルザは大丈夫だよ。嫌な感じも変な感じもしないから。そんな心配そうな顔しなさんなって」


 リーナはそう言ってくれるけれど、前世の父や母の事を思うと、不安は後から後から湧いて来て、不滅の泉の様に湧き出す怖さから逃げる様に、私は急いでお茶を飲み干した。

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