第83話

 ベアトリス様とアーデルハイト様は顔を見合わせてから、意を決した様に私を見つめて、けれども囁くように訊ねてきた。


「それで、エルザ様、わたくし、どうしたら良いでしょうか……?」


「はい、わたくしもどうしたら良いか分からないのです……エルザ様、アドバイスをお願い致します……」


 二人の言葉に私の口から出たのは


「……はい!?」


 というものである。

 聞かれても困ると言いますか、私にどうしろというのでしょうかと思考が吹っ飛んだ結果である。

 だが、必死であるのにまるで自信が無さげなお二人を見て、それでも考えて私に言えたことは


「婚約者にお弁当をお作りになられるのでしょう……?」


 私の言葉に、ベアトリス様とアーデルハイト様は顔を見合わせてから、重い溜め息が漏れておられた。


「作りたいとは思うのです。ですけれど、何をどうしたら良いのかが分かりませんの……」


 ベアトリス様は沈痛な面持ちになられて、両手をぎゅっと握ってしまう。


「わたくしも作りたいのですわ。ですけれど、何を入れたら良いのかも分かりませんし、お弁当箱もわたくしの好きにして良いとは仰られましたけれど、気に入らない物を選びたくはないとも思いますし……」


 アーデルハイト様も手を強く組まれながら表情が暗い。


「婚約者様のお好きな食べ物がお分かりにならない、のでしょうか……? 勿論、そればかり入れるのも栄養面を考えるとどうかとも思いますし、お嫌いなものでしたら工夫してお入れになられるのもよろしいかと思いますわ。あの、お嫌いな物も、その……?」


 私としては言葉を選んだのだが、お二人と婚約者様との間が心配になる。


「お好きな物……お肉類はエルンスト様はお好きだと思います。あと、ゼリーと、プリンやババロア系の牛乳を使ったデザート類はお好きかと思いますわ。ただ、その、お嫌いな物はどれかと言われますと……」


 ベアトリス様は、目に見えて落ち込んでしまわれる。


「ギュンター様もお肉類はお好きだと思います。甘い物もお好きかと思われますわ。特に、あの、エルザ様のお茶会で出されたチョコレートムースと、ヨーグルトケーキでしたかしら? あれ等が特にお好きかと思いますわ。ただやはりお嫌いな物と言われますと……」


 アーデルハイト様も大きく肩を落とされてしまう。


「ああ、そうですわね。貴族でしたら嫌いな物の無い様に躾けられますし、本家の跡継ぎの前でしたら余計に分からない様にしますわよね……それが礼儀ですし。むしろお好きな物が分かる時点で素晴らしいですわ。好き嫌いは分からない様にするのも貴族の嗜みですしね。特に聞かれたのでなければ、わたくしも答えませんし、知られない様にしますわ」


 リーナのお二人を労わる言葉に、そうだったと思い至る。

 私も貴族の基本として習っていたのに、丸っと抜けていた。



 この原因は私の周りの人達が、どうも開けっ広げにしすぎていたからだとようやく分かった。

 あれが好きだのこれは嫌だのとはっきりきっぱり言いまくっていたのだ。

 それでも彼等も私以外の前だと違ったなぁ等思ってしまって、複雑だ。



 私ってそんなに貴族らしくないのかなぁ。

 だから私の前だと、彼等は気が抜けまくっているのだろうか……?


「お弁当箱も悩みますわよね……」


 リーナの呟きに、お二人はまた顔が暗くなって、目には涙まで浮かべてしまわれる。


「あの、直接お二人が婚約者様に何がお好きで何がお嫌いなのか聞かれてはいかがですか? お弁当箱もご一緒に選ばれるのが一番の様な気が致します」


 私がきっぱりと言ったら、ベアトリス様とアーデルハイト様は顔を見合わせてから、おずおずと切り出される。


「それは、あの、わたくしからの命令にはなりはしませんでしょうか……?」


「ええ。本家の跡継ぎで公爵家のわたくしが頼むと、その、全て命令になってしまうのではないかと……」


 これには私もリーナと顔を見合わせ、表情が暗くなる。



 根深い問題だと思う。

 本家と分家の関係性と、身分の問題。



 貴族であるお互いにとっては切っても切れないだけに、重く横たわってしまうのだろう。



 まだマシだとは思うのだ。

 これが士爵家の分家からの婚約者だったら、この比じゃ無かったと思う位の差があったはず。



 それでも分家にとって本家は絶対だというのは揺るがないし、子爵家や男爵家にとって公爵家は雲の上だ。

 お二人の婚約者にとっては、きっと見えないものも含めて気苦労も多いのだとは思う。

 それでもベアトリス様とアーデルハイト様の事を考えたら、何とか良い関係になって欲しいと願ってしまうのだ。



 ヨハネ教官が二人にとって良い事というのだから、婚約者であるエルンスト様とギュンター様にとっても、ベアトリス様とアーデルハイト様は好意を抱いている相手ではないかとも思える。

 それならば、


「婚約者様にお話になってはいかがですか? 言ってくれなくては、何も分からないと。命令だとかそうではないというものは置いておいて、ご自分の素直な気持ちをぶつけてみるのも良いかと思うのですが、どうでしょう……?」


 願わくば、ベアトリス様とアーデルハイト様が、婚約者の方と末永く幸福であって欲しいと思わずにはいられない。

 私の前世の両親と叔父の関係を考えれば考える程、その思いは強くなる。

 その為には、これは大事な機会だと思うのだ。



 私に言えるのはこれ位で、お二人は、どう判断なさるのだろうか……?

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