第82話

「お話を伺っていて思いましたのは、ベアトリス様、アーデルハイト様も、お相手の婚約者の方を憎からず、いえ、はっきり申し上げますとお好きなのですよね……?」


 私が神妙に訊ねると、顔を覿面に赤らめたお二人。


「はい、お慕いしておりますわ」


「わたくしも、お慕いしておりますの」


 その言葉を聞いて、リーナと顔を見合わせ、肯く。


「お相手の方はどう思っておられるのかはお分かりですの……?」


 私が恐る恐る訊いてみると、お二人は難しい顔で顔を見合わせてしまわれる。


「それが分からないのですわ……昔からわたくしに何かと遠慮なさっておられて、何も仰らないのです……わたくしに失礼の無い様にといつも気を遣っておられて……まるで、エルンスト様とわたくしの間に薄い透明な壁がある様な気が致しまして、わたくし……」


 目に涙を溜めて下を向いてしまわれるベアトリス様。


「大丈夫ですか……? 紅茶を飲まれますか……? 温かな紅茶を飲まれましたら、少しは気分も落ち着くのでは……」


 私が何とか言えたのはこれ位だが、ベアトリス様は気丈に微笑まれて、


「気を遣わせてしまいまして申し訳ございません。大丈夫ですわ。ありがとうございます、エルザ様。お話を聞いて頂いて楽になりましたわ。アーデルハイト様も仰りたい事は吐きだされると重しが取れますわよ?」


 それを聞いたアーデルハイト様は楽し気に笑ってから、表情を改め


「ではベアトリス様のお言葉に甘えまして……エルザ様、お話を聞いて頂けますか?」


「勿論ですわ。今まで気が付かなかった自分が申し訳なく思っております。いくらでも楽になるのでしたらお話を伺いますわ」


 私が微笑んで答えたら、アーデルハイト様もベアトリス様も嬉しそうに微笑まれた。


「ありがとうございます、エルザ様。わたくしもベアトリス様と同様に、ギュンター様がわたくしをどう思っておられるのかは分からないのです……やはり遠慮がおありになられるらしく、元々あまり饒舌な方ではないのも手伝っておられるのか、見えない距離を感じてしまうのですわ……それに加えて分家の身分の高い身内が何かとギュンター様にきつく当たられている様で……ギュンター様は一族で一番優秀な方なのです。一族で決めた事ですのに……しかもわたくしの前では表立ってはギュンター様に当たられないものですから、わたくし、どうしたら良いのか分からなくなってしまって……」


 一転して重々しい雰囲気になられたアーデルハイト様。


「お身内の事ですと、御当主に任せるのも手かと思われますわ。もしくは長老格に頼まれるのもよろしいかと……」


 リーナの言葉に、アーデルハイト様も肯かれて


「はい、相談はしておりますの。でも中々……」


「時間のかかる問題かもしれませんわね……色々難しいですもの、人の心は……」


 私も思わず呟いていた。

 そう、前世が脳裏を過ぎっていたのだ。



 父方の身内とは一切交流が無かったが、母方とは幾らかあった。

 だが、母方の身内の方々にとって私は……

 正確には、父や母、弟達も含む私達家族は、唾棄すべき存在だったのだと思う。

 受け入れた伯父の手前もあるから、表立ってどうこうは無かったが、感じる事は容易だった。


「はい、徐々に受け入れて頂くしかないと思っておりますわ……それで、なのですけれど、その、非常に嬉しいのですけれど、どうしたら良いかと悩んでいる事がございまして……」


 アーデルハイト様の歯切れの悪い言葉に、首を傾げる。


「どうなさいましたの?」


 私の問いに、ベアトリス様とアーデルハイト様は目を見合わせてから、嬉しそうなのにどこか気恥ずかしそうになさって


「あの、今日、突然、婚約者のエルンスト様が、わたくしに、昼食のお弁当を作って欲しいと仰いましたの!」


「わたくしもなのですわ! 婚約者のギュンター様が、昼食のお弁当を作って欲しいと突然仰って!」


 興奮しきりの二人に、私とリーナはまた顔を見合わせるしか出来なかった。



 ちょっと紅茶を一口。

 うん、さっぱりする。


「それは良かったですわね。ですけれど、今日、突然、なのですか?」


 私の問いに、また顔を見合わせたベアトリス様とアーデルハイト様。


「はい、そうなのですわ。始め聞いた時は戸惑いましたの……初めて何かして欲しいと言われたものですから、どうしたら良いかと……」


 ベアトリス様が困惑顔で仰る。


「はい、わたくしもでしたわ。ギュンター様がわたくしに何か要求なさるなど経験がありませんでしたから、何事かと……」


 アーデルハイト様も遠い目をなさっておられる。



 お二人と婚約者の方々との仲が心配になる位には、距離があったのだろうと推測出来てしまった。

 このままではすれ違って大変な事になったのかもしれないと、案じてしまう。

 だから、これは良いきっかけではなかろうかと思うのだが……


「困惑しきりのわたくしの元に、たまたま通りかかられたヨハネス殿、ではありませんでしたわね、ファイヤーターク教官が仰いましたの。ルディアス殿下とフリードリヒ殿下に触発されただけだから、お前達にとっては良い事だろ。作ってやれと」


 ベアトリス様が仰り、アーデルハイト様も肯く。


「わたくしもどうしたら良いかと悩んでおりましたけれど、ファイヤーターク教官は、作ってやった方が二人には良いと仰いますし……」


 ここで出て来たファイヤーターク教官、つまりはヨハネス殿下に、私もリーナも顔を見合わせ、首を傾げる。



 あれかな、皇族の異能で心の中でも分かったのだろうかとどうにか納得せざるを得なかった。

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