第68話

「――――……そう、そう、か……ああ、その、何て言ったら……良い、か……」


 リーナが言葉に悩むのも分かると思う。

 私も、こんな話を友人にされたら困惑するだろうし。


「大丈夫よ、リーナ。もう過去の事だし。それで、今はエリザベート関連をどうするか、だと思うの」


 未だに、大人の男性は怖い。

 幸い転生してから、私を攫った男達以外は、嫌悪感を抱いたり怖かった事は無い。

 成長した皆を見ても素敵だなとは思うが、嫌な感情を抱かなくて密かに喜んではいたりした。

 ディート先生達やヨハネ教官だって凄いなぁとは思っても、気持ちが悪いとは思った事も無い。



 それでもふとした折に記憶の底から浮上してきて私を恐怖で包むのは、前世むかしも今も変わらない。



 だが、今はそれに耽溺して良い訳ではないと思う。



 そう、いくら鮮烈で鮮明だとしても、過去は過去だ。

 既に過ぎ去った事。

 今は、どうしようもない事。



 それよりも現在進行形で問題なのは、エリザベート関連だ。

 これにお父様の命がかかっている可能性があるのだから、気を引き締めなくては。



 ――――フリードの事も、心配なのだ。

 エリザベートを身内だと思っているフリード。

 だから彼女関連で、フリードにも何か悪い事が降りかからないとは言い切れないのだから。


「――――そう、そうだね。うん。確かに。あ、それで、エリザベート関連の報告、あるんだった」


 リーナも表情を改め、私を見る。


「エリザベートについては、ユーディ様が人を使って監視なさるって。それで、その情報を私達にも回してくれるんだって」


 その話に、目を瞬かせる。


「ユーディが……?」


 リーナも肯き


「そう。ユーディ様は、エリザベートに関しては色々融通が利くから、それでだって。情報をこちらにもくれるのは、エルザに危険が及ぶ可能性も捨てきれないというよりかなりあり得るから対処出来る様に、って事みたい」


 思わず首を傾げる。


「それ程危険は無い様な気がするけれど……」


 私の言葉に、リーナは溜め息。


「以前、二度も危害を加えられているでしょうが! だからユーディ様もエルザを案じて、ファイヤーターク教官にも話が行くようになっているって」


「え!? そういう話になっているの?」


 私が驚くしか出来ずにいると、リーナは苦笑する。


「当然でしょう。エルザに何かあったら困る人達が大勢いるんだから」


 ああ、皇妃候補で大公爵家の令嬢なのだから、そうなるのかとは思っても、どうにも居心地が悪く感じる。

 やはり自分が大したことのない人間だという意識が強いからだろう。


「今日もエリザベート、食事中に現れたからね。フリードリヒは居なかったんで不満そうに当たり散らしていて、周りが迷惑そうに見ていたけど気にした様子も無いのがエリザベートの怖い所かも。殿下方はどうやら今日から部屋で食事になったみたいだよ。部屋に食事を用意する事になった、的な話は聞いたかな」


 リーナの言葉に、思った事がある。

 ――――やっぱり私が二人に何か出来る事って、無いのか……


「……それなら、お弁当、要らなかったかな……」


 私が思わず呟いたら、リーナは悪戯っぽい顔で


「それは無いんじゃないかな。殿下方はきっと、エルザの作るお弁当、楽しみにしていると思うよ」


 リーナはそう言うけれど、プロの作った料理の方が美味しいと思うのだが……

 二人の迷惑には成りたくないのだ。


「お弁当要るか、聞いてみた方が良いかな……?」


 不安な私の言葉に、リーナは苦笑する。


「明日のお弁当の準備はしちゃったんでしょ?」


「うん」


 私が肯くと、リーナは楽し気に微笑み


「それなら殿下方の分の明日の分は作っちゃって、明日の朝私が取りに来るから渡して頂戴。そのお弁当に、メッセージカード入れて聞いてみたら? お弁当、今後要るかどうか」


 リーナの意見に肯き、落ち込んだ気持ちを何とか誤魔化す。


「分かった。そうしてみるね。それと、明日の朝にリーナが取りに来てくれるの?」


「ええ。多分、ユーディ様と一緒に訊ねると思う。朝食を摂ってから寮の前で落ち合おう。それなら教室には一緒に行けるでしょ。あ、でも、教室に着くまでも何があるか分からない、か……食事摂ってから、またエルザの部屋に迎えに行った方が良いかな……」


 悩みだしたリーナに、


「そこまでしてもらわなくても……寮の前で落ち合うで良いと思うよ」


 私がそう言うと、リーナは眉根を寄せ


「そうは言ってもね、寮の中で何があるかも分からない訳で……侍女の人達に寮の前まで一緒に来てもらえるのなら、まあ、寮の前で落ち合うのでも良いかもしれない」


「それは侍女達に悪いと思うけれど……」


 リーナは溜め息。


「エルザに何かあった方が問題だよ。兎に角、侍女達に一緒に来てもらった方が安全」


 そう言うものなのだろうか……?


「……分かったわ。侍女達に頼んでみる」


 不承不承了解したら、リーナは嬉しそうに微笑み


「うん、よろしく。それじゃ、そろそろ私は戻るね。明日の放課後は一緒にお弁当箱を買いに行く、で良いんだったよね?」


「ええ、勿論。それじゃあお休みなさい」


 私が微笑むと、リーナも


「お休み、エルザ。また明日」


 そう言って部屋を出て行った。



 リーナが帰ると戻ってきた侍女達に、明日の事を話してみると、侍女達も納得顔。


「カタリーナ様のおっしゃる通りです、寮内でも何があるかは分かりかねます。なるべくお一人で行動なさいませんように」


 侍女達が真剣な顔で約束させるものだから、私は目を白黒させてしまった。

 私に自覚が足りないだけで、事態はかなり深刻だったのだろうか……?



 そんな事を思いながら、色々あって疲れた身体をお風呂で解してから、ベッドに入り、夢の世界の住人となる事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る