第69話
今朝の夢の様な、真っ暗で重苦しい雰囲気と、ざわざわとこちらを侵食してきそうな雰囲気に、戦々恐々としていた。
夢、だと思う。
思うが、まるで現実の様な圧迫感と質感に、また何か怖い事が起こるのだろうかと不安になりつつ辺りを見回していると、また誰かに光が当たる。
周りに一切の光源は無く、暗い中で、その光が当たった人物にだけしか光は当たらないのに、その光が当たっている人物の性別も年齢も全て不明で、良く分からない影のままなのも昨夜の夢を想起させ、恐々と見つめるしか出来なかった。
やっぱりスポットライトの中った影の人物に対しての感覚も同じで、感覚が遮断されている様な感じとも言えるし、認識が阻害されているという感じもしている。
だから、影の人物が誰かがまるで分からない。
まるで隠されている様で、その事にもざわざわと心が騒ぐ。
「どうして!? どうしてよ!! どうしてこうなったの!!! 私の可愛い子供は、何処に行ってしまったの!!!?」
大人の女の人だろうと思われる大きな声が、突然暗闇に響き渡る。
その声は、ただ怒り狂っていた。
あり得ない、認めない、容認できないという思いの丈を精一杯込めた声だった。
そんなある意味怨さに満ちた声が、どこからするのか分からず、キョロキョロと辺りを見回してみたりするが、どうもこの暗闇の世界全体から声がしている様で、その様にもビクビクとしか出来ずにいると、また女性の嘆きながら恨みに満ちた声がする。
「やっと、やっとの思いで出来た子なのに、どうして! どうして私の子供は、化け物なの!!!」
その言葉を聞いて、光の当たっている影の人物が、薄らと、嗤った、気がした。
「気味の悪い子! 不気味で気持ちが悪くて仕方がないのよ!! 初めて見た瞬間から分かっていたわ! 私の赤ちゃんじゃないって!!! その通りだった。成長すればする程、月日が経てば経つほど、自分の子供じゃないという違和感は増すばかりだった! 心の中まで見通すみたいにこちらを見ていて、本当に不気味で仕方がない! 周りの人の心だって読んでいたんだわ! そうに違いない!! きっと私が初めて見た瞬間の嫌悪感だって分かっていたのよ! 分かっているのに何も言わない、子供とは思えない態度!! 簡単に人だって殺してしまうのも、きっと化け物だからに違いないわ!! 本当に気味が悪い、あの化け物!!」
ただひたすら、その女の人の声は自分の産んだ子供を毛嫌いしていた。
その声が響くたびに、空間の暗さも、重苦しさも増している様で怖かった。
でもそれよりも何よりも、自分の産んだ子供を化け物だというその女の人が、悲しくて、怖かった。
もし自分だったらと考える。
自分が化け物と母親に思われていたら。
私は間違いなく耐えられないだろうと、夢の中で目を閉じる。
「ああ、そうよ、そうだわ。私の赤ちゃんは、取り換えられてしまったのよ。だから、あんな化け物が私から産まれたんだんわ! チェンジリングって話があったわよね。妖精の子供と自分の子供が取り換えられてしまって産まれてくるっていう話。きっと私の赤ちゃんも、お腹の中で化け物と取り換えられてしまったに違いないわ!!! きっとそう! 理由は分かっているのよ! あの女の所為!!
嘆き、恨み、激怒に彩られ満ち満ちている女の人の声は、どこかで聞いた事がある、と思う。
それを考えていた時にその声が言った、”美里”という名前で、全ての霧が晴れていくのを感じる。
そして瞳を開いて、影を見る。
ああ、そうだ。
この声、前世の伯母さんの、声、だ。
――――勇の、お母さんの……
「美里さんが全て悪いのよ! あんなに仲が良かった婚約者の
……義人、さん……
覚えている。
この人は、前世の叔父さんだ。
――――英里の、お父さんの……
……一家心中、って、あの、もしかして、お父さんの、家の事……?
「きっと、あの恩知らずの一家の事だから、私達を逆恨みして、それで私の赤ちゃんは、化け物に取り換えられてしまったんだわ!! そうよ、そうに違いないわ!!! あんな化け物が! 人殺しが! 私の赤ちゃんな訳がないのだから!!!!」
光の当たっている、影が笑みを浮かべる。
薄い綺麗すぎる程綺麗な微笑を。
その微笑を、何時か何処かで、私は、見た、記憶が――――
そこで、目が覚めた。
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