第38話

 ハンバートからだいぶ離れた所で、私は、意識が覚束なくなり、倒れ伏していた。



 魂の力を強化しようにも、精神を平常に保つ事が、何故か出来ない。



 あの時出来たのは、フリードがいたから、だろうか。

 彼が居たから、私はあの異常な状態にあっても、それでも落ち着く事が出来ていたのだろうか……?

 何とか持ったのも、ルーやフリードが居てくれたから……?



 そう、かもしれない。

 私は、知らず知らずの内に、ルーやフリードに、とても救われていたのだ。



 それにしても、ああ、吐き気が、する。

 正気が、保てそうに、ない。



 フリードを、呼んで、しまいたい。

 でも、そんな事は出来ない。



 只でさえ大変なフリードに、これ以上の迷惑なんて、掛けられる訳が無い。

 こんな理由で、呼んだら、絶対に駄目だ……!



 身体が崩れ落ちた林の中で、途切れそうな意識の中でも、フリードは絶対に呼ばない。

 それだけは確かに思っていた事だった。





 暗闇の中から、誰かの微かな哭き声、がする。



 あの声は――――



 そう、哭いているのに、涙を流せず、只々茫然としている、あの鳥、だ。

 幼い頃、勇と出逢う前、私が保護した、鳥。

 勇と知り合ったらいつの間にか居なくなった、鳥。

 ああ、そうだ。

 あの子だけは、拾ってはいけない。近付いてはいけない。関わってはいけない。



 ――――そう言ったのは、誰だった……?





 暗闇から、意識が浮上した感覚。

 瞳を開けると、飛び込んできた顔、は……


「大丈夫ですか!?」


 勢い込んで話しかけてきたのは、えっと……


「貴方、は……?」


 桜色の髪をしている、イケメンさん……?


「あの、えっと、以前、こちらでお会いしました。林の中で倒れていらっしゃったので、あそこよりは良いかなと、こちらにお連れしたんですけど、わ、悪かったですか……?」


 オドオドとしている桜色の髪と青竹色の瞳の顔を見て、思い出す。


「ああ、あの時の……――――倒れて、いた……?」


 靄のかかった頭に、風が吹いた様な衝撃が走る。

 その衝撃で、先程までの事が、ようやく回りだす。



 そうだ、私、余りにも圧力が凄いのと、気持ちが悪いのとで意識を失ったのだ。



 その時、何か夢を見た様な気がする。

 アレは、何だった……?


「あ、あの、倒れていました。具合が悪そうだったので、えっと、木漏れ日とか、ここの方が良いかなって、あの、人を、呼んだ方が、良かったですか……?」


 彼の言葉に、思考が夢から遠ざかる。


「ありがとう。介抱してくれて。きっと大騒ぎになったろうから、ここに運んでくれて良かったわ。本当に、ありがとう」


 原っぱの端の木の根元にいるらしいと、何とか分かった。

 それに、まずは介抱してくれた彼にお礼を言うべきだろう。

 人を呼ばれずに助かったのは本当だ。

 これ位で変に騒がれたら、申し訳ないではないか。



 あれ? でも、木の根元で、枕にしているのは、一体……


「っ大丈夫ですか!? 急に起きたら、また……!」


 彼の太ももを枕にしていると気が付き、慌てて上半身を起こしたのだが、眩暈が、ぶり返す。

 思わず、顔を顰めて下を向いてしまった。


「まだ、寝ていた方が良いですよ。おれなら、大丈夫ですから」


 そう言って、優しく微笑んでくれる彼。


「っでも、膝枕は申し訳ないわ。えっと、だって、重いでしょう……?」


 申し訳ないやら、気が付くのが遅い事が合わさり、羞恥心で赤くなるのを止められない。

 圧力や気持ちの悪さは無い物の、眩暈は一向に収まる気配も無く、起き上がっているのは苦痛を伴っているが、それでもこれ以上は駄目だと思う。


「大丈夫ですから。他に枕に出来るものもありませんし。どうぞ」


 ポンポンと腿を叩く彼の、善意にあふれた笑顔の前に、その優しさを断り切れるはずもなく


「あの、それでは、しばらく、お世話に、なります」


 切れ切れに言葉を発しつつ、彼の太ももに頭を乗せ、瞳を閉じた。




 風が木々の葉を揺らす微かな騒めきや、小鳥の鳴く声、湖の岸辺に波が寄せては返す音。

 少しずつ、身体が楽になっていく、気がする。



 そろそろ立って動けそうだ。



「ックシュン」


 彼から、くしゃみが聞こえて、思わず瞳を開ける。


「あ、あの、すみません。かからない様にしましたけど、えっと、不愉快ですよね……」


 申し訳なさそうにする彼に、安心させる様に微笑む。


「大丈夫よ。それより、ごめんなさい。上着も私にかけてくれていたし、ずっとそうしていたから、寒かった……?」


 私の方が彼に対して申し訳なくなってしまう。

 そう、横になって気が付いたのだが、彼は私が意識が無い間、上着をかけていてくれたのだ。

 その所為で彼が風邪を引いたのなら、穴があったら入りたい位だ。

 謝ったくらいじゃ、駄目だろう。


「いえ、これは、その、昨日が原因で……って、あっ」


 言ってから、彼の顔が覿面に赤くなる。


「昨日……?」


 彼の言葉を反芻し、考えて、もしかしてと思い至る。


「あの、昨日も、ここに来ていたの?」


 私の問いかけに、彼はワタワタと手を動かし、恥ずかしそうに、苦笑した。


「その、また、お会い出来れば、と、思いまして……」


 そんな彼に、非常に心苦しくなった。


「昨日は、雨が降っていたから、貴方も来ないかと思っていたの。ごめんなさい。行くだけ行けば良かったわね……」


 私の言葉に、彼は慌てだした。


「昨日は、薄暗かったですし、勝手に来たおれが悪いんです。だから、気になさらないで下さい」


 そう彼は言うのだが、連絡位すれば良かったと後悔しだして、気が付く。

 私、彼の連絡先、知らないではないか。


「あの、えっと、おれ、クラウディウス・ミュラーって言います。魔導騎士科の一年です。お名前を、伺っても、よろしいですか……?」


 ハタっと気が付いて、呆然としていた私に、彼がおずおずと名前と所属を告げた。

 私も、慌てて起き上がり彼に答える。


「私は、エルザ。エルザ・シュヴァルツブルク。普通科の一年よ」


 正式名称だと長いし、これで良いかなと思ったのだが、どうかな。


「シュヴァルツブルクって、えっと、大公爵家の!!?」


 彼の驚愕の表情に、名字は不味かったかと、落ち込んだのは否めない。

 折角の平民の友人候補を失ったかと、戦々恐々するしかなかった。

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