第39話
「――――――――」
二人、息を殺す様な沈黙の中にあった。
私は、彼に何を言って良いか分からず、彼も私に何を言って良いのか悩んでいる様だった。
そして、どれ位そうしていただろう。
とても長い時間の様な気もするし、あっという間の気もする、不思議な時間が過ぎる。
そして、その沈黙を破る為に、彼は、何か意を決した様な顔をして
「あの――――」
「エルザ、ここに居たんだ!」
クラウディウスの言葉に、切羽詰っていながら安堵した様な声音の、以前から慣れ親しんでいる気もしつつ、最近覚えたともいえる、色気のある凄い美声が重なる。
「エド!? どうしたの?」
私の問いかけに、呆れた様な表情のエド。
「どうしたって、ねえ。全く……あ、そちらは?」
エドがクラウディウスに向けた視線に、どう説明したものか悩んで、二人の顔を交互に見てオロオロ。
下手な事を言ったら、倒れていたのがバレそうで、ドキドキと心臓が鳴る。
「……ああ、うん。何となく分かった。彼は彼女を介抱してくれていた訳だね」
エドの仕様が無いなというのが込められた声音の、的確な言葉に、思わずピキリと固まる私。
「はい、図星。基本的に隠し事できないんだから、隠そうとしないの」
エドの噛んで含める様な言葉に、素直に項垂れるしかない。
「それで、立てる?」
エドに言われて、自分の身体を確かめてみる。
気怠さはあれど、眩暈もしないし、気持ち悪くもないし、吐き気も無い。
「大丈夫」
エドが差し出してくれた手を取り、立ち上がる。
多少ふらついたが、許容範囲だ。
林の外まで歩ける、と思う。
「うん、ちょっとごめんね」
そんなエドの声が聞こえたと思ったら、エドに抱きかかえられていた。
所謂、お姫様抱っこと言うやつで、大いに慌てる。
「――――エド!? え、どうしたの!!?」
大混乱中の私に構わず、エドは歩き出す。
「はい、しっかり掴まって。林の中は色々危ないから、林を出るまで抱えていくよ……それじゃ、色々お世話様」
エドがそう言って少し立ち止まって振り返り、こちらを呆然と眺めているクラウディウスが目に入る。
「あの、またね。色々ありがとう」
何とかそれだけ言って、揺れる腕の中で、兎に角エドに抱き付いた。
エドに揺られながら抱えられていると、昔の攫われた時の事がちょっと蘇り、何だか感慨深く、クスリと笑ったら、エドが不思議そうに訊いてきた。
「どうかした?」
「うん、こうやって抱えられていると、あの時の事を思い出しちゃって。あの時はおんぶだったから、ちょっと違うけれど」
私の言葉に、エドは綺麗な顔を顰める。
そうすると、顔が整っているからか、迫力が凄くて、思わず息を飲む。
「それは、あまり良い思い出じゃないと思うけど」
「……エドにおんぶされるのは、嫌な思い出じゃないわ。あの時も、エドとフェルが居てくれて、本当に嬉しかったし、安心したのよ」
エドは皮肉気に哂う。
「――――それは良かったって思っておくよ。あんまり安心されるのも、ちょっと複雑な気がしないでもないかな」
ボソッと呟いた言葉か聞こえず、訊き返す。
「エド、何て言ったの?」
「ああ、守れなかったから、複雑だって思っただけ」
その言葉に、あの時の、何も出来なかった自分を思い出す。
「私の方こそ、何も出来なくて、ごめんなさい。今度は、ちゃんと、何か、したい、なぁ……」
言葉が後半になると勢いがなくなってしまう。
自分の力の無さは自覚があるだけに、強く言えないし、自信も無い。
それでも、何かしたいと思う。
大切な人達が傷つくのは、もう見たくない。
私が代わりになるのなら、そうするだろう。
「エルザ、次の時は、守ってくれたじゃないか。本当にいつも何も出来ないのは、俺の方だよ」
エドが、感情の籠らないとても小さな声で言うのが、不思議と耳に入る。
「エドは、いつだって、私を気遣ってくれるじゃない。いつだってエドには助けられているのよ、私」
その感情の籠らない声が、何だか怖くて、心配で、思わずそう返していた。
「――――この話はここまで。ほら、あんまり色々考えてると、また具合悪くなるよ。医務室に行くまで、大人しくね」
エドは、苦笑して、歩みを速めてしまう。
「あの、医務室に行くの?」
てっきり寮まで連れて行ってくれるのだと思っていた私は、驚いて訊ねていた。
「そうだよ。エルザはさ、いくら幻獣得られたっていっても身体弱いんだから、具合悪くなったら医者に診てもらった方が良いだろ」
さも当然という感じのエドに、ああ、そうだよねと納得。
「そうだね。ありがとう、エド」
お礼を言ったら、エドは複雑な顔。
「お礼は俺じゃない人物に言った方が良いと思うよ。まあ、医務室に言ったら会えるから、その時にね」
エドの言葉に、私は首を傾げるしかなかった。
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