第19話

 リーナの言葉を聞き、慌てて、動くのに多大な労苦を要する身体に鞭を無理矢理入れ、何とか彼女からもらっていた、前世の乙女ゲーム関連の資料を読み直す。


「綺麗な緑の髪で、ハンバートという名前に、騎士の家の出身……」


 資料を読みながら呟く私に、リーナが相槌を打つ。


「そう! 今朝紹介された彼って、アンド様の家に仕える騎士家の人だったよね?」


 私も資料を読みつつ、答える。


「うん、アンドの家に仕える、優秀な人だって聞いた。えっと、ゲームのハンバートって、ヒロインと一緒に主家の問題を解決する、だったよね?」


 リーナは資料を読み込んできたのか、全て暗記しているのか、速攻で答える。


「その通り! でね、その主家の問題っていうのが、跡継ぎ関連なんだよ!」


 資料にもそう書いてある。

 だが、疑問が。


「跡継ぎ関連って言うけれど、資料によると、庶子がその母親と共謀して、家を乗っ取ろうとした事が問題なのだよね?」


 リーナはこれまた即、答える。


「そうそう! それで、ヒロインとハンバートがそれを阻止して、正当な跡継ぎに継がせる様にするんだよ!」


 余計に疑問が湧いてくる。


「でも、庶子って家を継げないよね? ロタールもイザークも、家を継ぐ権利、全く無いし」


 そうなのだ。

 正式な結婚をした訳ではない二人の子供である、ロタールもイザークも、跡継ぎの候補には絶対になれない。

 幼い内は、家族も周囲も、イザークが我が大公爵家を継げない事を、やんわりと誤魔化していたが、私も皇妃として、また貴族としての教育の中で、この事を覚えたので知っているのである。

 同時に、ロタールの家の事情も分かったのだ。


「そうなんだよね。私も知ってからは疑問だったし……ちょっと思ったんだけど、アンド様のお父様って、宰相閣下だよね?」


 リーナが思案気に訊いてきた。


「ボニおじ様はそうだね」


「それじゃあさ、宰相閣下に庶子がいる、とか?」


 リーナの言葉に、眉根を寄せる。


「それは知らないけれど、別に問題はないと思うよ。庶子がいたとしても、家や一族に関連する相続権はアンドの物だし、ボニおじ様が庶子に何か残したいと思ったら、家や一族に全く関係ない個人資産から、しかも僅かに残す程度しか許されていないから」


 私の言葉に、リーナも難しい顔に。


「だよねえ。ロタールだって、単に家に引き取られて、クレーフェ伯爵家の人間として登録はされてはいるけど、相続権は無いんだもんね」


「そうだってね。ただ、ロタールが高位の幻獣を得たのもあって、本来なら分家として独立する所を、祖父母とか、現当主であるロタールの祖父の弟さん夫妻とかが勿体ながって、一族で会議して、ロタールの父親って一人っ子だったから、現当主であるロタールの祖父の弟さんの孫が、クレーフェ伯爵家を継ぐ事になったらしいけれど、その孫で一番優秀な子が女の子で年も近かったから、ロタールと結婚させて、その女の子が家を継ぐけれど、ロタールも婿として本家に残れる事になったって聞いたよ」


 私がロタールに聞いた話をしていたら、リーナも最もだと肯く。


「まあ、貴族の結婚なんて、業務提携みたいなものだしね。益のない相手とはしないし、簡単に破棄も出来るものじゃない。むしろおかしな判断をする人は経営者として、つまりは当主として失格って事になるからね」


「イザークの場合も、お祖母様が仰っていたけれど、優秀な幻獣を得たし、魔力も問題ないから、私と結婚するなら家に残れるらしいけれど、私は皇妃に決まっているから、無理って事だって聞いたよ」


 リーナは溜め息を吐く。


「この制度、本当に有り難いって心底思うよ。庶子に権利なんて要らないっての。家を守ってきた相手を差し置いて、何様って感じ。だから前世で、婚外子が嫡出子に権利主張して裁判起こすの、本当に嫌悪感しかなかったからね! ああ、本当に頭に来る!! 正式な立場じゃないんだからさ、出しゃばるなっての! 家を守るって事がどういう事かも分からない輩が、とやかく言うなって話!! 昔のヨーロッパみたいな庶子に一切の権利が無いってのが理想だよ、理想! だからこの国に転生して本当に良かったよ、まったく!!」


 段々ヒートアップするリーナにちょっと驚く。

 何か前世で思う事でもあったのかな……


「――――あ、ごめん、ごめん。それじゃ話を戻すけど、ハンバートの主家であるアンド様の家には、跡継ぎ問題は無いって事で良いのかな?」


 リーナの言葉に、疲れた体に喝を入れ、考える。


「アンドの家には、アンド以外だと年の離れた妹が一人しかいないから、問題になるかどうか……その妹さんも魔力はまだ判断できないけれど、紫の瞳って訳じゃないから、跡継ぎとしてはアンドより断然弱いし……」


 リーナも思案顔。


「うーん。あれかな。アンド様と妹のコーネリア様は年が離れているから、学校に通う様になって、会った事があるのがコーネリア様が赤ちゃんの頃だから、そこで問題が起きた、とか?」


「どうだろう……こちらじゃ珍しくない年齢差だし、男の子が学校に通う少し前か通っている最中に、次の子が産まれるなんて良くある話だって聞いたよ? 特に問題だとは思えないけれど……」


 私の言葉に、リーナも肯く。


「だね。それなら、これも何故かは知らないけど、ゲームとは違う展開になっている、って事で良いのかな?」


「そうだと思う。だから、ハンバートさん関連は特に問題はないと思うよ」


 リーナはちょっと考え眉根を寄せ


「――――なら、気になるのは、ヒロイン様の狙い、な訳だけど……」


 私も、途端に、心が、より一層、重く、なる。


「逆ハー狙いって事は無さそうよね。見た感じだと」


 リーナの言葉に、肯く。


「……うん。彼女、フリードしか見えていなかった、と思う」


 そう、エリザベートと思しき少女は、一心不乱にフリードだけを見ていた。

 彼だけを――――


「大丈夫? ちょっと顔色悪いけど……」


 リーナの言葉に、何とか意識を持ってくる。


「彼女で思い出したけれど、彼女との会話とか、その後のルーの言葉とか、あんな話を衆目の中でして良かったのかな。何か問題になったり、フリードに不利になるとか、ないかな?」


 リーナは安心させる様に微笑んだ。


「それは大丈夫だと思う。おそらくエド様かギル様だと思うけれど、周囲にこちらの音が漏れない防音と、見えなくなる認識阻害の結界が張ってあったから」


「そうなの? 気が付かなかったよ。あ、そうか、こちらの音だけ漏れないようにして、結界の外の音は聞こえるようにしていたのか!」


 ようやく気が付き、驚いてしまった。

 やっぱりエドとギルは凄いなぁ。

 それに気が付くリーナもやっぱり凄いけれど。


「なんか、彼女が現れてから固まってたけど、体調が悪くなったとか、気分が悪かったとか? まあ、ハンバートにも緊張してたみたいだけど……」


 リーナの言葉に、思わず硬直してしまった。

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