第18話

 公式の全ての日程を乗り切り、疲れ切って寮の自室へと戻ってきて、何とか制服から普段着へと着替え終わり、ソファに倒れ込む。

 今日は本当に疲れた。

 朝に遭った出来事が原因だと分かっているが、今はその事を考えるのを拒絶してしまっているから、別の事に思考を回そう。



 今日一緒に登校したアデラとルチル。

 アデラは私が疲れているから心配していたが、疲れたから寝るねと言ったら、邪魔にならないようにとお出かけ。

 ルチルは幼いから自分も疲労したらしく、即効で寝てしまった。



 今日はオリエンテーションだけで授業自体はなかったのは、不幸中の幸いだろうか。

 どうやら昨夜の舞踏会で疲れているだろうから、という配慮で、毎年の事であるらしい。



 昨日の舞踏会では、心底消耗した。



 ドレスを破かれて突き飛ばされたのも、皆に申し訳ないが、まだ、良い。

 ガラス片の事も、許せる。



 でも、あの全身をくまなく舐め回されている様な感覚だけは、耐えられない!



 って、私の馬鹿。

 昨夜の事を思い出してどうする。

 余計に疲労が溜まるではないか。



 思い出すだけで、吐き気と怖気が止まらないのに……!



 あの事は、どう頑張っても建設的な考えがとても浮かばない程には、嫌悪感と拒絶反応が凄いので、別の事を考えよう。



 私はこの学校の普通科に所属となった。

 魔導騎士科や魔導医療科みたいな難関でもエリートコースでもない、貴族であれば基本的に誰でも所属できるとはいえ、一応、学年が上がればそれぞれの専攻に細かく分かれていくのだが、一年の内は皆同じカリキュラムである。



 私が普通科なのは、幻獣は凄いのだがまだ幼生で幼いし魔力も無いので、魔導騎士科や魔導医療科は無理だから、消去法で貴族の子女なら順当な所という事で、普通科なのだ。



 リーナも普通科なのだが、彼女曰く、自分は大貴族としては平凡よりは微妙に下だし、当主候補としては甚だ力不足だから、妥当、との事だ。



 私はそれ以外にも、執行科という所に所属が決定している。



 執行科は特別な科であるらしく、皇族、四大公爵家、紫の瞳の持ち主が必ず所属しなければならない科であるらしい。

 それ以外にも、極めて優秀なら所属する事が義務付けられている。



 執行科は年に数回、全学年で集まる事もあるらしく、見知った顔もいるのは分かっているが、それでも緊張する。

 やっぱり優秀な人って凄いなぁと思ってしまい、こう、上手く言えないが、遠慮してしまうというか、足を引っ張ってはいけないと思って硬直してしまいやすいのだ。

 幸い、一年の内は執行科に入れるのは皇族、四大公爵家、紫の瞳の持ち主だけだという話だから、まだマシかな。



 週に一回、二日ある休日の内前半の一日に執行科の活動があるらしく、実質休日は私は一日だけだから、リーナと出歩くのも中々大変そうだ。



 エリザベートの観察に付いては、リーナと授業の合間に話し合った結果、私達には身分的に難しいから、攻略対象を重点的に気に掛ける、という結論が出た。



 思考を何とか逸らしつつ、精神の安定を図っていたら、チャイムが鳴る。

 自室の外に通じる扉に常設されている、カメラの映像を確認。

 リーナだ。


「どうぞ。今、鍵を開けたから」


 その言葉を聴いてから、彼女が部屋に入って来た音がする。


「大丈夫? オリエンテーション、私より多かったし、朝のアレと昨夜のアレで疲労困憊って感じだったけど……」


 リーナも私服に着替えて来たらしく、若葉色の綺麗なワンピースを着用していた。


「うん、何とか着替えて、ソファーにへたり込んでいた所……」


 私の問いに苦笑し、備え付けの一人掛けのソファーに座ってくれるリーナ。


「まあ、無理はないと思うよ。異常事態続きだったしね。教室でも朝はレストランの話題で持ちきりだったし。あれで幸い舞踏会の事は紛れた感じかも」


 リーナはそう言いながら、溜め息を吐く。


「ああ、だと良いね。フリードにとってはその方が良いと思う。良かった、って思って良いのかなぁ」


 不安げな私の言葉にリーナは眉根を寄せ


「どっちもどっちって感じかな。朝の騒動を起こした面子はさ、フリードリヒ殿下の操られたらしいっていう取り成しもあったから、厳重注意だけくらったって話だし。まあ、そうそう彼女達に会う事も無いんじゃないかなぁ。同じ普通科ではあるけど、貴族じゃないから教室も違うしね。ただ……」


 不穏気に言葉を切ったリーナに不安になる。

 それでも彼女達が、特に罰を受けなくてホッとしていた。

 操られたばかりに、理不尽な目にあまり遭わずに済んだのは一安心だ。


「ただ?」


 私の問いに、彼女は指で眉間を摩りつつ


「おそらく、朝の最後に登場したのが、ゲームのヒロインのエリザベート、だと思うけど、彼女はさ、また何だかんだと関わってきそうだな、と思ってね」


「そう、なるかなぁ」


 出来れば勘弁して欲しいと思う私の心に配慮なく、リーナは嘆息する。


「だってさ、昨日の事から明らかじゃない? 彼女は皇帝陛下の加護の元にある。ならさ、何やらかしても揉み消されちゃうって可能性がもの凄く濃厚。つまり、平民ではあるけど、平民じゃない、みたいな感じ、かな。それに彼女自身が厳重注意も意に介していないっぽいのが、重大な懸念」


「ああ、そうだね。昨日の事、全然堪えていない感じが、私もした」


 私の同意に肯きながら、彼女は続ける。


「エリザベートの事もさ、気になったけど、私はもう一つの方も凄く気になってるんだよね」


「どういう事?」


 訳が分からず問うと、リーナは呆れた様に私を見る。


「今朝、私が目配せしたの、気付いてた?」


「うん」


 私の答えに、益々眉間の皺が濃くなるリーナ。


「今朝、紹介された男性の名前に、聞き覚え、ない?」


「……? 分からないけれど、なに?」


 リーナが深く嘆息する。


「綺麗な緑の髪してる、ハンバートって名前の男性ってさ、ゲームの攻略対象だよ!」

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