第3話
視界はスローモーションだった。
周囲の皆が目を見開いているのが分かる。
考えていた事は、布が破れる様な音がしたから、ドレスがきっと酷いことになっているのだろうとか。
せっかく皆が選んでくれたのに、ドレスを作ってくれた人にも申し訳ないとか、そんな事だった。
咄嗟の事に、身体を支えるなんて考えも及ばず、というか体が動かず、これは顔面強打は免れないかと覚悟した時、視界に何か光る物を見た気がした。
「っと、危ない! 大丈夫ですか?」
落ち着いた、陽だまりみたいに温かい声が、とても近くでした。
「あ、れ?」
私が状況を掴めず目を瞬かせていると
「お怪我は?」
そう訊いてくる人に私が支えられている事が、自分の身体を見回してようやく理解し、慌ててしまった。
「っありがとうございます。そちらこそお怪我はありませんか?」
私がお礼を言いながらまだ混乱しつつ訊ねると、こちらを落ち着かせるように温かく微笑みながら
「大丈夫です……こちらを」
私がもう大丈夫だと判断したのだろう、身を離し、着ていた上着をかけてくれた。
「重ね重ねありがとうございます」
理由は分からないながらもお礼を言う。
その男性を改めて視てみたら、翡翠色の髪に紺色の瞳の、男性的な格好良い系の凄いイケメンさんだった。
貴族は基本的に容姿が良いのだが、彼はその中でも一級品の部類だろう。
顔に覚えは無いが、高位の貴族、だよね。
その中でも相当な実力者っぽい容姿だ。
事態がまだ良く飲み込めず、とりあえずそんな美術品的な感じでイケメンさんに見惚れていたら、
「っエルザ!!」
私を呼ぶ切羽詰った声にそちらに視線を動かせば
「ルー……様」
ルーが背後に炎でも渦巻いていそうな怖い顔で、駆け寄ってきていた。
他にアンドとフェルも一緒だ。
「何があった?」
そう訊ねたルーに
「あのご令嬢がエルザ様のドレスの裾を踏んだ上、突き飛ばしました。何故か会場にガラス片もありまして、丁度それがエルザ様が突き飛ばされ、転んでいたらぶつかっただろう場所です。もし転んでいたらエルザ様は大怪我をなさっていた可能性が高いかと」
そう言って結構な大きさの、触れたら簡単に皮膚を切り裂いてしまいそうな、不思議と綺麗すぎると感じるガラス片を複数拾いながら説明するのは、私を助けてくれた人。
「――――ほう。成程。大儀」
ルーが私を助けてくれた人に話しかけていたが、何というか、黒い渦でも逆巻いていそうで、直視できないぐらい怖い。
声も辺りが凍り付きそうな温度である。
って、あ、ルーが視たら、周りの人達が私が助けてくれた人が指さした方を一斉に見た。
「あの者を捕らえよ。牢にでも入れておけ」
ルーが命令した途端、警備の人達が、私を突き飛ばしたらしい少女を拘束する。
「何するのよ、無礼者!! フリード! フリード何処!?」
そう叫ぶ少女に、警備の人達が困惑気味に顔を顰め、ルーを伺う。
「構わぬ。連れて行け」
ルーが無表情にそう宣言し、警備の人達は少女を連行していった。
あの子、フリードって言っていた。
ドレスも紫系だったし、金髪に緑系の瞳、だったと思う。
もしかして……
「エルザ、大事ないか?」
ルーが私の思考を遮るように顔を覗き込む。
「うん、あの――――」
「ご歓談中失礼致します。エルザ様をお連れしてもよろしいでしょうか」
私の声に被せて来たのは、
「カーラ、か。確かにな。赦す」
ルーがそう言って私に頷く。
混乱気味の頭はまだ良く状況が飲み込めていない。
そんな私にルーが顔を寄せ、耳元で囁いた。
「フリードはギルとエドが抑えている。案ずるな。私がアレを極力フリードには近付けさせん」
その言葉を聴いて、確信する。
私は、どうやらエリザベートに突き飛ばされたらしい、と。
だが、理由が分からない。
確か、以前突き飛ばされた時も理由が分からなかったな。
そんな事を思い返していたら
「エルザ様、こちらへ」
カーラが案じるように告げる言葉に従った。
どうも、私は未だ頭が働いていない。
少しこの場を離れ、状況を確認する必要がある。
カーラと共に会場を後にしたのだが、その直後、会場の喧騒が凄まじくなったのを背後に感じた。
さっきはルーの迫力に押されて、会場中、物音一つしない位静まり返っていたからなぁ。
場を支配するってああいう事を言うのだろうなぁと、ちょっと関係無い事を考えていた。
思考を逸らしたのは否めない。
やっぱり訳の分からない事は怖いのだ。
それにも増して、理由の分からない悪意は、尚更怖い。
……理由、か。
私がフリードの婚約者候補だから、なのかな。
それとも、私が――――
思考があまり良くない方に行きかけ、軌道修正したいが、ちょっと難しいかな。
改めて思うに、彼女がこんな事をしても、自分の立場が悪くなるだけだと思うのだが……
せっかく恩赦されたのに、どうなるか分からない彼女の事を、ちょっと案じてしまった。
幸い私は怪我もしていないのだが、貴族を理由なく突き飛ばしただけで重罪なのだ。
憎まれている、のだろうというのは、今回の事で思い知った。
それでも、彼女なりに何か理由があるのかもしれないし……
私に何か落ち度だってあったのかもしれない。
否、思い当たる節だってあるではないか――――
そう考えると、一概に彼女を責められず、悶々としてしまう。
フリードは、大丈夫だろうか。
彼の事が、今、心配で心配で堪らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます