第53話

 食べ終わり、今日はイザークは狩りの演習でいないのも手伝い、フリードがどうも帰るのを拒んでいるというか、まだ私といたい様なので、ちょっと作っておいたリンゴのシャーベットを食べつつまったり。



 意を決したフリードが話しかけてきた。


「先程の調理中に、色々と考え込んでいた様だが、大丈夫か? 私で力に成れるのならば言って欲しい」


 思わず笑みが零れる。


「やっぱりフリードには隠し事出来ないね」


 そう言った私に、フリードが表情を暗くする。


「……すまぬ。極力心の中は見ないようにしているが、どうしてもエルザは見えやすい」


「うん、知っているよ」


 私はできるだけ明るい声を出す。

 だって間違いなく、フリードは心が分かってしまう事を気にしてしまうから。


「――――嫌、ではない、か……?」


 恐る恐る訊いてくる。

 以前にも増して、フリードは心の中が分かる事を心配する様になったと思う。


「嫌じゃ無いって、気にしてもいないって、分かるでしょう?」


 私が微笑みかけたら、フリードは、下を向く。


「……知っている、分かっている。それでも、たまらなく怖くなる。私は――――」


 ポツリと最後に言った言葉が、良く聞き取れなかった。

 それでも、私がフリードに言えることは、ある。



 立ち上がって、ソファに座るフリードを抱きしめた。


「私は見えやすいんだから、フリードも、今は私を目印にしたら良いよ。大丈夫。きっといつか、私なんかいなくても、一人で何処へだって行けるから」


 フリードに届いて欲しいと、言葉を一生懸命に告げる。



 そう、私という目印が無くったって、ルーもフリードもいずれ自分で羅針盤位きっと自作出来てしまうだろう。

 大丈夫、だと思うのだ。


「……私も、捉まえていて、くれるのか?」


 心なしか、フリードの声が震えている様な気がした。


「勿論。要らなくなるまでずっと捉まえているから、安心して」


 私に出来るのはこれ位なので、二人が私を要らなくなるまでは頑張ろうと勝手に思っている。



 うん、極力死なないように、要努力だな。

 でも私、割と後先考えずに動くことあるからなぁ。



 そんな事をつらつらと考えていたら、フリードがクスリと笑った気配がする。


「――――エルザが捉まえていてくれるのなら、嬉しいな」


「良かった! あ、頑丈になる様にするからね! うん、ちょっとやそっとじゃ壊れないように!」


 私が決意を新たにしていたのだが、フリードはクスクスと笑い出すのだ。


「エルザはそのままで良い。ああ、必ず、守るから……」


 フリードの呟く声が、何かを誓う厳かな響きを持った気がした。


「フリード、私も守るからね! 守られてばっかりは、こう、性に合わないというか、何というか……」


 そんな私に、フリードは温かな声で答えてくれた。


「ああ、分かった、エルザ。ありがとう」


「フリードこそ、ありがとう。守るって言ってくれて、嬉しいよ」


 そう、嬉しいと思う。

 大切な人に大切だと思ってもらえたら、それはとても幸せな事だろう。

 そんな事を、私は勝手に思っている。


「エルザ、それで、先程の話の続きをしても良いか?」


 フリードの声に、会話を遡る。

 あ、そうだ、私が調理中に考えていたことだと思い至り、


「うん、大丈夫」


 フリードから身体を離し、フリードの隣に座りこんだ。


「エルザが気にしているのは、敵国の者と、エリザベート、それから……前世の従兄弟の事だな?」


 私を窺うようにフリードが確認する。


「うん、そうだよ」


 特にフリードに隠してはいないので肯く。

 そう、この事を考えていて、非常に欝々としてしまったのだ。


「敵国というか、名無しの王の大陸の民たちへの対処方法は、しっかりと学校で習うとは聞いている。簡単な対処は学校への入学前に教えるだろう」


「対処法?」


「そう、所謂暴走状態の時の対処法だが」


 カイザーやアギロ曰くイナゴの大群の状態だろう。


「頭を撃ち抜かなきゃ倒せない的な事かな?」


 そう、前世のゾンビものって、大抵頭を銃で撃つなり、切り離せば倒せたと思うのだが、どうなのだろう。


「そうだな。痛みも麻痺しているらしく、頭か心臓を狙い停止させるか、行動不能にさせるそうだ。取りあえず死体を残しつつ殺せばよい、との事だった」


「ああ、死体、食べるのだったよね……」


 思い出して、嫌な気分になる。

 確かに殺した動物は食べる。

 だが、人を食べる神経ってどうしても分からない。



 とはいえそういう状態だと普通と違うのだろうし、そもそも私達アンドラング帝国人を人と思っていないかもしれないなぁと思い至り、益々気分は急降下である。


「そういう存在だ、と割り切るしかあるまいよ。私も、正直に言えば、対処法に思う事もある。いずれ実行せねばならぬ事に、気分が良いかと言えばそうではない。だが、我等は幻獣と妖精との同盟者である以上、果たさねばならぬ役割もあるだろう」


 フリードが噛み締める様に言う言葉に、彼も悩んでいるのが分かる。

 それでもフリードは決めたのだろう。



 自分はアンドラング帝国の人間で、幻獣と妖精の同盟者だ、と。



 私も、立場は皇族か貴族かで違うが、幻獣と妖精と誓約を交わしているのは確かだ。

 ならば、果たさなければならない事も出てくると、覚悟しなければならないのかなぁ……



 恩恵ばかりもらって、責任を果たさないっていうのは、やっぱりダメだって思う。

 だから、うん、そういう選択もしなければならないと、胸に刻んでおこう。



 そう思って、苦いモノを必死に飲み込んだ。


「……エリザベートの件は、難しいな。彼女自身がどういう対応をとるか、にかかっている気がするのだが……」


 フリードが悩みつつ、それでも彼なりに彼女の事を考えているのが、何となく分かった。


「ねえ、フリード。エリザベートが転生者だったら、どうするの?」


 何となく気になって、訊いてみた。


「そうだな。特に変わらない。彼女が転生者であろうがそうでなかろうが、私の従姉妹である事には変わりないだろう」


 フリードらしいな、と思うし、私が転生者であろうがなかろうが、彼は変わらないのも分かった。



 どうも、フリードにエリザベートの事を訊くとその返答に、こう、上手く言えないがモヤっと、というかチクっとするから、止めよう。


「前世の従兄弟の事は、その、世界が違うからどうしようもないって思っていたのに、気配がする物が現れて、ちょっと混乱している状態なのだと思う。現状、対処の仕様もないのは分かっているのにね……」


 思わず、愚痴を零してしまった。

 この事が心に引っかかっているのは確かだから、常に考え込んでしまいやすいのだ。


「……エルザにとっては、大切な存在なのだろう。故に気にするのは別段おかしくはあるまい。別の世界の存在であるのだから、混乱は尤もだとも思う。何か力に成れるのならそうしたいが、難しいのが、何とももどかしいな……」


 フリードも暗くなってしまったのに、慌てる。


「私は大丈夫だよ、フリード! 気に掛けてくれるだけで嬉しいし、今何も出来ないのも分かってるし、本当に大丈夫だからね!」


 一生懸命フリードの顔を覗き込んで言うのだが、フリードが苦笑した。


「すまぬな。大変なのはエルザだというのに、気を使わせてしまった。どうもこの頃後ろ向きだな、私は。だが私も大丈夫だ、エルザ」


 そう言うフリードに、ちょっと安堵した。

 自己分析はちゃんと出来ているみたいだから、大丈夫、かなぁ……



 フリードが幸せになって欲しいのだが、それにはどうしたものやら……



 そんな事を思いながら、フリードとお茶を楽しんだ。

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