第52話
季節は晩秋から初冬へと移り変わろうとしている。
窓の外の寒々とした光景を見つつ、思う事は色々だ。
以前、幻獣達に聞いた名無しの王の大陸の人達の事を考えると憂鬱になるが、生態系を破壊する動植物は、前世での対処も駆除だったと思う。
それ以外のどんな手段があるのか分からないのだし、もしかしたら帝国が駆除を実行しなければいけないかもしれないと幻獣達は言うのだ。
何故かといえば、神々は世界の安定を第一に判断を下し、幻獣の王を始め幻獣は神々の地上における代行者であり、幻獣の王が神々より下された命に従うのだから、我々帝国人は幻獣との誓約がある為、協力しなければならないからだ、という。
ちょっとこんがらがったのは秘密だ。
それも気分が沈む事のひとつであり、エリザベートの事も悩ましい。
父に命の危険があるかもしれないというのは、心配で心配でたまらないのに、現状何をしていいか分からないと言う事にも頭を悩ませていた。
現在罪人とされているエリザベートに関わる事は、貴族としてはあってはならない事で、調査している事がバレたらどうなるか分からない。
それは例え筆頭大公爵家であろうとも、である。
むしろ身分が高ければ高いだけ関わるのは不都合になってしまう。
バレなければ良いなんて希望的観測は、これっぽっちもしていない。
何時何がどう作用するか分からないのだから、何かをするのはとても怖いと思ってしまう。
そして思い出すのは、勇の事。
何故、存在を感じたのだろう?
こことは違う世界にいるはずの勇の気配が、何故かしたのは間違いない。
しかも、私達と敵対している大陸の人間に攫われたらしいロタールが持っていた不思議な宝玉から、である。
本当に訳が分からない。
ロタールをどうやって帝国内から攫ったのかも謎だし、それを言うなら私やエド、フェルがどうやって帝宮内から攫われたのかも謎のままなのだ。
原因不明の為、警備は増強されたままになっている。
どうもモヤモヤして気分が沈んでしまう。
気分が欝々としてしまう要因は他にもあるのだが……
「エルザ!」
少し強く呼ばれた声にハッとして、声のした方を見た。
「……フリード……?」
私が名前を呼んで見つめる先の顔は、強張っていた。
「大丈夫か、エルザ」
「うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけよ」
「そうか、良かった。以前、話している途中に意識を失った事があった故、心配になった」
ああ、記憶が封じられた影響が出た、あの時か。
「大丈夫よ、もう記憶は戻ったし! あ、そろそろ鴨、良い感じかな」
そうなのだ。
今日はフリードが獲った鴨の調理実習だった。
「煮込んでいる時やオーブンに入れている時でも危険はあるかもしれませんが、ローストしている時に考え事は特に危険ですよ。フリードリヒ殿下が火を消して下さいましたから、五分から十分休ませましょう」
ヒルデ先生が苦笑しながら教えてくれた。
基本的に、何を作るかは自分で決めて、料理方法も自分で調べる、という事になっている。
途中で分からなくなったら教えるだけで、後は私とフリードが頑張って調理中なのだ。
今回はフリードが心配して、処理済みの鴨のむね肉を持ってきたから、本当に料理するだけなので、簡単だと思う。
前世でも勇は鴨が割と好きで、何か作ってくれと言っては処理済みの鴨を持ってきていた。
勇の家の料理人に頼んだ方が絶対美味しいと思うのだが、勇ってば何か食べたいものがあると私に頼んだものだ。
材料だけ揃えて持ってきて、作ってくれっていうのが一番多くて、本当に困ったなぁと思ったのを思い出してしまった。
付け合わせも作り終わり、オレンジソースを鴨のローストにかけて盛り付け完了。
私用のキッチンに併設されている食事スペースに配膳し、食事会となった。
一口頬張ると、オレンジソースの甘さが、鴨の癖にマッチして非常に美味しい。
やっぱり手間はかかるけれど、フォン・ド・ヴォ―とガストリックを混ぜてオレンジの汁を煮詰めたソースは、鴨に一番合うと個人的にだが思う。
バルサミコ酢のソースも捨てがたいかな、とも思うのだが、私のバルサミコ酢のソースは、肉類とか魚貝類、野菜にも合う万能ソースに仕立てているから、まあ、なんにでもかけてしまうという弊害があるのだ。
色々な食材に合うから、バルサミコ酢のソースは使い勝手が一番だと思う。
味も良いし、ソースに困ったらかけてしまったり、煮込む時に使ってしまう。
酢が入っているから、肉が柔らかくなるのが便利なのだ。
そんな事を考えながら、美味しいなぁとも思いつつ、フリードに感謝していた私に、クスっと微かな笑い声が耳に入る。
声のした方を見ると、フリードが凄く優しい表情で見つめていて、ちょっと驚く。
「……何か変な顔してた……?」
不安になって訊いてみたら、フリードが噴き出した。
「……否、美味しそうに食べているな、と。私が獲ってきて一緒に調理した物で、エルザが顔をほころばせているのを見て思わずな」
「だって美味しいし……フリードと一緒に作ったから余計にだし……あ、この鴨って種類何? 凄く肉が柔らかくて油も乗ってて味が濃いし、本当に美味しい」
私を嬉しそうに見つめるフリードに訊いてみた。
「ああ、令獣の上位種だ。基本的に令獣は上位のものほど美味だ。魔獣もそうだな」
「そうなのね。あれ、もしかして特別な日とかの肉類って令獣とかなのかな」
私の疑問にヒルデ先生が苦笑した。
「秋の帝国の建国記念日だと、貴族なら魔獣の上位種以上の肉か、令獣の最上位種の肉、もしくは命獣の最上位種の肉が饗されると思いますよ」
「確かに、いつもよりその日は美味しかったです。後、お父様の誕生日や私の誕生日もでしょうか?」
私に思い当たるのはこれ位なのだが、ヒルデ先生は肯いた。
「ええ、おそらくは。魔獣の上位種以上や令獣の最上位種の肉は、準備が大変ですし、入手も困難ですが、建国記念日の為に皆手に入れようと躍起になるものです。命獣の最上位種は畜産農家が育てていますが、数も少ないので貴重品ですから、士爵家や裕福な平民が主に建国記念日に食べますね。騎士家も令獣を食すか命獣にするでしょうが、中位種以上の場合が多いでしょうね。平民の平均だと、令獣命獣の下位種だと思いますよ。貴族の場合、幻獣と誓約を交わして魔獣や令獣を倒しているのだ、という誇りと面子がありますから、必然的に魔獣か令獣の肉を創立記念日に求める傾向があります。それを習って、誇りある帝国民であるのなら令獣は食べたいと、普通の人達も建国記念日には奮発して令獣か、最低でも命獣を食べる物です」
うむ、貴族ってやっぱり大変だ。
平民の人達にも拘りがあるのだと初めて知った。
やっぱり国に対して誇りがあるのは、良い事だと思う。
行き過ぎたのはどうかとも思うが、無いよりはマシだと個人的には考える。
そんな事を思いつつ、食事に勤しんだ。
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