第51話

 折角アギロとアデラが揃っているのだから、ちょっと訊いてみたい事があるのだ。


「ねえ、敵国の人達って、どんな感じなのかな? あちらの国の様子とか、分かる?」


『それならば我等も会話に混ざって良いか?』


 突然の声に目を見開くと、目の前にカイザーとエーデルが、これまたルチルぐらいのミニミニサイズで浮いていた。


「え、揃ってどうしたの?」


 驚いて問いかけた私にカイザーが遠い目で答える。


『うむ。我が相棒殿が非常に気持ちが悪いので、しばし避難をと思ってな』


 それに無言でいながら強い同意をするエーデル。



 ――――あの二人、本当にどうしたの……



 深く考えるのを放棄し、カイザーとエーデルが私の膝の上に着陸したのを確認しつつ、横を見れば、嬉しそうではあるけれど、瞼が落ちそうなルチルに思わず笑みが零れる。

 やっぱり赤ちゃんだから、もう眠いのだろう。

 それにドラゴン相手だとルチルはとても喜ぶ所があるのだ。

 同種って、それだけ特別なのかな。


「……えっと、それじゃ、改めて訊くけれど、どうなのかな。敵対している国々の様子とか住んでる人達とかって?」


『端的に言えば、奴等は世界にとっての悪性腫瘍だな。更に言えばイナゴの大群といったところか』


 カイザーが不思議なほど冷たい声で言うのを聞き、目を瞬かせてしまう。


『カイザー、もう少し言葉を選べ。エルザが驚いている』


 エーデルが窘めているのだが、カイザーは鼻を鳴らして聞く気はない様だ。


『アレ等を説明するのにこれ程的確な言葉はあるまい』


『お言葉ですが、何故そうなのかも説明して頂けると、エルザも分かりやすいかと』


 アギロが溜め息を吐きつつ進言すると、カイザーが言葉を続けた。


『ふむ。まあ、あれだ。名無しの王を名乗った輩が、その支配していた大陸の人間を変質させてしまったのだ。故に神々は、魔力の強い人間達と魔力無しがまだそれに感染していないのを確認し、保護したのだ』


 首を傾げるばかりである。


「つまり、名無しの大陸の人達って、既に何か人とは違うものなの?」


 何とか分かったのはそれ位なので訊ねた。


『姿形は人だがな』


 エーデルが答えてくれたのに続いて、アギロが告げる。


『イナゴの大群とカイザー様が仰ったのは、ある意味その通りだと思うよ。彼等はね、餓えると人らしい思考回路が失われるんだ』


「でも、餓えたら、精神に異常をきたしたりする事、あると思うよ」


 アギロの言葉に思った事を言ってみた。

 確かに正常な判断力とか、無くすと思うのだ。


『蝗害でしかないんだがな……あの連中は、通常でも自分より少しでも豊かで恵まれているなら、それを奪って破壊することしかせん。自分で何かを生み出そうという者が殆どいない。しかも何かを生み出せばそれをただ奪う事しかせぬ故、作り方も修理の仕方も分からず、壊れたら終わりなのだ。故に帝国がこれだけ発展しているというのに、同じ時間をかけてもあちらは国らしい国も文明も未だにない訳だ。まあ、地域差はあるがな』


 何というか、カイザーは、彼等が嫌いなのだろうか。

 凄く言葉から温度を感じられない。


『国らしい国が無い故、敵国とは呼んではいるが、敵対している害ある大陸の民というのが実情だ。レムリア王国は、まだ体裁を保っている名無しの大陸にあるいくつかの集団の者達と交易しているが、それでも被害が看過出来ぬ程出た故、彼等の立ち入れる範囲を限定したのだ』


 エーデルがカイザーを見て溜め息を吐きつつ教えてくれる。


『あ、話を戻すとね、元々アレな連中がだね、極度に餓えると、性質の悪いイナゴな機械にバージョンアップするんだ。蝗害の更に立ち悪い版って認識で良いと思う』


 アギロが告げるのだが、確かにただ奪ってばかりならイナゴに例えるのも分かるのだが、機械ってなんだろう。


『一つの意志に統一された、自分達以外のモノを喰い犯し破壊する、機械の様になるのだ』


 カイザーが吐き捨てるように言う。


「食べるって、食べ物を?」


 私が想像できたのはそれである。

 前世で見たイナゴの大群の食べる様子を写した映像を思い出しながら、こう思った。


『違う。消化できる物以外もだ。木だろうと鉄だろうと石だろうと何でも食い尽くす。その時は全体が均一な魔力を帯びている故、割と色々砕いて飲み込める。人だろうとも自分達以外の人種ならば犯しながら食うぞ』


 それは、何というか、人って呼んで良いのか悩む。

 異食症という、栄養とか無い物を食べてしまう症状は知っている。

 認知症でもそういう事をしてしまうのも聞いた事がある。


「それを意識的に彼等は行っちゃうの?」


 そう、意識せずに行うのは分かるのだが、この場合はどうなのだろう。


『意識的かといえばそうだし、無意識かと言われればそうとも言える。要するに、彼等は餓えると、自分達以外の人種が作った物やその人達を食べる、犯す以外の機能が無くなるんだ。そういう状態に餓えると意識無意識関係なく持って行っちゃうんだよ。ある意味自己暗示に近いかも。元々他人のモノは奪ってなんぼって思考回路だからだろうけれどね。まあ、その機能しかなくなる状態になるまでには過程があるんだけど』


 アギロが嫌なモノでも思い出す様に溜め息を吐く。


「えっと、自分達以外の人種って、区別してるの? そもそもどういう過程を経るとそうなっちゃうの?」


 疑問符だらけの私にアデラは苦笑した。


『疑問は尤もね。つまり、名無しの王の大陸の人達は、既にかの王の影響を受けた人達とそうではない人達を無意識レベルで区別できるの。そして、地域差で酷さは変わるけれど、元々自分以外の人間にはいくらでも貶めるし足を引っ張るし奪うのだけれど、自分達と違って影響下に無い人達には、輪をかけて何をしても良いと思っているのよ。それが根底にあるから、一応自分達が絶滅しない為の本能で、それ以外の人達を食べるの』


 アギロが重々しい空気をまとわせ続ける。


『あの状態になると、自分達以外の人種が酷く美味しく感じるらしくて、特に人だけ選んで犯しながら食べるんだよ。性欲と食欲しかないからそうなるらしい』


『過程はな、まず第一段階で何も食べなくても良くなる。そうして第二段階で集団で集まる。次の第三段階で自分達以外の人種のいる所へ侵攻する。特に彼等は何故かアンドラング帝国の人間を必ず標的にする。どうも、自分達から全てを奪った大罪人との共通の意識が根底にあるかららしいがな。そうして最終段階、どんな手段でも帝国内に入り込もうとし、そこで食べながら犯すわけだ』


 カイザーが忌々しそうに吐き捨てた。


『故に国境沿いや沿岸には色々結界が張ってある。イナゴの大群に似て、いくらでも湧く故結界が持たない可能性も出て来てしまう。そこで高威力の魔法や戦艦で一掃し続ける羽目になるのだ。死体になれば、自分達と同類も食べる故、それで腹を満たし、帰って行く』


 エーデルが苦笑しつつ教えてくれた。


「彼等と交易しているレムリア王国って凄いんだね……」


 言えた事はそれ位だ。

 なんというか、異常すぎてちょっと飲み込めない。


『レムリア王国はまあ、長年の付き合いで扱いに慣れた所があるんだと思うよ。嘘吐きで平気で自分に都合の良い妄想を真実の事として信じ込み、それを間違いだと指摘されれば聞く耳を持たず暴れ騒ぎ、こちらから先に支払いをしてしまうと、一切商品が届かない様な人達だからね。ちょっと考えればわかるけれど、凄く苦労したみたい。いっそ付き合いを止めろっていう声もレムリア国内に根強いんだよ。何故って色々された人達はレムリア王国でも多いから。現在はされていなくても、先祖がされたのとか資料が様々残っているからねえ』


 アギロがやれやれと言った風情で告げるが、ちょっと疑問。


「でも、交易している名無しの大陸の人達って、マシ、な部類の人達の筈だよね? 地域差とかあるのだから、その集団は、それでも真面な部類だから、交易しているのだよね?」


 なんだか名無しの大陸の人達が怖くなって思わず訊いていたのだが、それに答えるカイザーが沈痛な面持ち。


『そう、真面で、アギロが言った位の有様だ。他は推して知るべしだろう』


「――――あれだね、断交していて正解なのかなって、思った……」


 私の答えにカイザーが苦笑した。


『まあ、それが正解だ。名無しの王がいた頃は、他所の大陸へ侵攻出来ぬように結界を神々は張っていたからな。色々な事情があって、名無しの王が死んだ後は結界は解除されたのだが』


「結界、在った方が、世界の為だった気が、ちょっとするのは、気のせいかな……」


 私が思わず呟いた言葉に、エーデルは苦笑い。


『そうではあるのだがな。神々にも事情がある。とはいえ、彼等が世界にとっての悪性腫瘍的な存在であるというのも、偽れざる事だが』


「悪性腫瘍って、何か世界に影響があるの?」


 不穏な言葉に怖くなる。


『いずれは全て切除、いやこの場合は駆除か、そうせねばならんと、それだけ覚えておけば良い。帝国が実行せねばならんかもしれんという事もだ……早々に実行した方が良い気はするがな』


 カイザーが低い声で言う言葉に、思わず震える。



 話を聴いていたら、彼等は名無しの王に影響を受けただけの存在だというのが分かった。

 それでも、世界にとって在ってはならないモノだから、排除してしまうのか……



 彼等が悪い訳ではないけれど、生態系に悪影響があるからと駆除されていた、前世の外来生物を思い出す。

 それ等と人か動植物かの違いはあるし、世界か地域かの差もあるけれど、どちらも有害なのは違いはない気がするのだ。

 そうするとやっぱり駆除しないと大変なことになるのは変わらないから、ここは心を鬼にしても実行しなきゃいけないのだろうとは思うが、心情は複雑でつっかえて上手く飲み込めない。



 ――――友好な関係になるのは、不可能なのかもしれない……



 そう思ったら、悲しくなって、ちょっとルディとフリードに会いたくなってしまった。

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