第50話
掘った墓穴が何か分からないので戦々恐々しつつ、ルディとの通信を終え、さて寝ようかと思っていたら、アギロとアデラがやってきた。
私の部屋で既に寝ていたルチルも目を覚まし、目を瞬かせている。
「どうしたの? 何かあった?」
訊ねた私にアギロとアデラは顔を見合わせ、申し訳なさそうな顔になる。
『ちょっと話したい事があるのだけれど、今、大丈夫かい?』
アギロが代表して訊いた事に肯く。
『エルザ、あまり力を結晶化させた物は作らない方が良いよ。できればもう作らない方が良いと思う』
肯いた私に真面目な声で、アギロが忠告してくる。
「どいう事?」
アギロもアデラもまた顔を見合わせてから、私を真剣に見つめる。
『あのね、これはいずれ習うかもしれないとも思うけれど、もしかしたらディートリッヒはエルザを心配して言わないかもしれないし、私達も心配だから、どうしようか迷ったけれど、やっぱり色々説明しておこうかなって思ったのよ』
アデラが今度は口を開く。
首を傾げるばかりの私にアギロが告げる。
『魔導結晶等の魔石系で魔力の代わりにするのは確かに便利だけれど、どうしても実際の魔力や生命力よりは出力が出ないんだ。こればっかりは仕方がない。だっていくら自分の力を染み込ませたって、元々自分じゃないんだから』
その言葉に納得する。
確かに、本体である自分とは違う。
それなら威力に差が出るのは当たり前だろう。
『ディートリッヒがこれを教えたがらないのは、いざって時にエルザが生命力を使って力を行使しかねないって思ったからよ。これについては私もアギロも心配してるの。この事は理解してね。それでもエルザは迷わず使うんだろうなっていうのも私達は分かるから、教えたの。だって知らずに何かを守れなかったら、エルザは凄く傷つくって知っているから』
「ありがとう、アギロ、アデラ。そうだね、私はきっと、必要だと思ったら使うし、知らないで何も出来なかったら、もの凄く後悔する……本当に、ありがとう、教えてくれて」
私が心を込めてお礼を言ったら、アギロもアデラも苦笑していた。
『うん、それでね、魔導結晶の力を借りているとはいえ、自分の力の結晶化っていうのは、あまりしない方が良いんだよ』
アギロの言葉に首を傾げた。
どういう事だろう。
『本来、力の結晶化ってとても大変で、凄まじく難しいの。一生出来ない人の方が圧倒的に多いのよ。有力な皇族や紫の瞳の大貴族でも出来ないなんて当たり前なんだから。その歳で簡単にほいほい出来るなんて異常なのよ。それでここからが本題。自分の力の結晶化って言うのは、つまり自分の魂の力を使って、自分の魂の分身みたいなモノを創り出したって事なのよ』
「魂の、分身?」
アデラの言葉にまだよく理解できず、おうむ返しに答えていた。
何だかとんでもない事をしていたらしいのは理解できたのだが……
『そう。魂の分身。だから、その人自身の一番の根本を複製してしまったって事。まあ、複製だから、いくら複製しても問題ないか、っていうとそうでもなくて……これが正しい儀式を経た結婚相手に贈るのなら問題はないけれど、そうじゃないと色々不都合が出ちゃうのよ』
正しい儀式を経た結婚相手じゃないと、何か問題が起きるのだろうか。
『あのね、エルザ。本来は自分の力の結晶化させたものって、結婚式で相手に贈る物なんだよ。普通の人は力の結晶化は出来ないから、皇族や貴族、士爵、騎士家の人間は、男性の場合だと結晶花に自分の力を注ぎこんで、特別な結晶花を作成するんだ。女性は自分の幻獣や妖精が魂を彩る色や雰囲気を形にした結晶を用意する。そして結婚式で互いに贈り合って結婚は完了なんだよ。平民は魔石系に自分の力を染み込ませたモノを贈り合うんだけれどね』
アギロの言葉にちょっと眩暈がした。
あれ、私、アギロとアデラが私の魂の色や雰囲気を形にたモノを、ルーとフリードに贈らなかったか?
――――確か、特別な結晶花のペンダントを、これまたルーとフリードに貰わなかったか……?
『あ、大丈夫だよ、エルザ。わたしとアデラはエルザと当時誓約を交わしていなかったから、そういう存在が創った結晶は正式なモノじゃないからね。まあ、ある程度にではあるけれど効果はあるかな。幸い、ルディアスもフリードリヒもまだ子供だったから、正式な結晶花にはならなかったし。成人の儀式を経ていないと結晶花はちゃんと反応しないからね。それでも擬似的な結晶花とかって婚約者が決まった時に相手に贈ったりするんだけど』
「……あの、ね。訊きたいのは、どんな効果があるのかなのだけれど……」
私の問いにアギロとアデラは顔を見合わせ、生暖かい笑顔になった。
――――え、何か凄く不安なのだが……
『ああ、まあ、何というかね。その結晶の元になった存在の事をとても身近に感じる、かな。常に側にいる感覚、みたいな感じだね。それからその結晶の元になった人物の力の効力が及ぶんだよ。要するに無意識に持っているだけで相手を守ったりできる訳だね。ルディアスとフリードリヒはエルザを守りたくて贈ったんだろうね――――まあ、結晶を要求したのは存在を常に感じていたかった感も否めないというか……だって色々拘束力とか有ったりだし』
「――――拘束力って、何……?」
アギロが苦笑している。
『うん、あれだよ。贈った相手が浮気したら分かったり、心変わりしても分かるんだよ。で、そいう事をしない様にちょっと心にブレーキをかける事が出来る』
「……ブレーキ?」
『勿論、浮気しそうになったり、心変わりしそうになったりしたら発動するだけで、普段は特に影響ないよ。それに正式なモノじゃないから、たぶん大丈夫、かな?』
何か非常に不穏な気がするのですが……
例えばそれって贈った側と贈られた側どちらに、とか……
特に最後の疑問形が色々と……
「ええっと、何か深く考えるのは危険な気がしてきたけれど、要するに、二人共私が心配で護衛代わりに贈ってくれたのよね? なら、まあ良いかな」
『え、良いのかいエルザ?』
そこで何故とても驚いて訊いてくるのアギロ。
「だって、今更だし。二人共私がいないと不安定っぽいから安定するかもとも思うよ。私も存在を近くに感じられるのは嬉しいから」
『私達も色々思うところはあったけれど、あの二人の力からの精神状態を鑑みて了承した身ではあるのだけれど、エルザ、割とあっさり納得したわね』
アデラまで目を丸くしている。
「だって私、二人を信頼しているから。変なことには使わないでしょ」
『うん、でもね、エルザ。わたしは人間の男性ってさ、結構アレだと思うよ、特に特別な女性には。まあ、人間の女性も大概だと人ならざる身としては思うけれど。恋は盲目とか人間たちは言うみたいだし、色々実例あるんじゃないかな――――エルザが良いと言うのなら、わたし達から言う事は無いよ。ハインが怒り狂いそうな気がするけれど、こういうのは当事者間の問題かなとわたしは思うから 』
アギロは何やら深いため息を吐いている。
「どういう事?」
頭に疑問符だらけの私に何故か生暖かい、慈愛に満ち満ちた瞳を向けてくるアギロ。
『わたしからは、なにも言えないよ。ただ、わたしはアデラよりかなり年上だし、この家も長いし、結果的に人間は色々見てきたからね――――特別って面倒くさいよね……特に力がある相手の特別って大変だよね……って思うだけだよ。だって力があるから、色々アレな感じになっちゃってる訳で、そんな相手が特別に思う訳だから、必然的にもの凄くややこしいというか、一言で言えば面倒なんだよね。そうそう、聞いた話だけど、神クラスに執着されるのも大変だってね。この世界の神々には余分は無いと言って良いけれど、他の世界の神々とかには、一度執着されたらアウトだとか。絶対にブレないから、執着している方が消滅しない限り、しつこくそれこそ執拗に粘着されるって。怖いね。エルザも、まあ、頑張って 』
疑問は解消されないばかりか余計に深まったのだが……
『気にしない方が良いと思うわ。知った所で良い事なさそうだし。まあ、私の眼から見ても、あの二人は割と面倒くさいわよ。特に色々、年々、拗らせてるのが悪化しているのに、尚且つ様々な面で重くて重症』
アデラがそう言って、私の頬を突っついた。
どうやら、これ以上はこの話題は考えない方が良さそうだ。
「あ、でもロタールにも渡したのだけど、それは大丈夫なのかな?」
私の疑問に、アギロが答えてくれた。
『それは大丈夫だよ。エルザの存在をいつも感じられるだろうけれど、普通に相手を守ってくれるだけだと思う。正式な結婚とか婚約をしていないと諸々の拘束力はないから――――エルザの場合、一応ルディアス、フリードリヒは仮の婚約者って事で、まあ、効力あるかもしれないけれど……』
うん、最後のはあれだ、聞かなかった事にしておこう。
とりあえず、ロタールに何も悪い影響が無いだろうことに安堵しておく。
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