第41話

 最初の集合場所に、ディート先生と転移してきた。

 ……ヤマドリと一緒にである。


「エルザ、このヤマドリ、どうする?」


 ディート先生の言葉に、ちょっと悩んでから答えた。


「あの、家で飼ったりしたら、問題ですよね。野生の子だし、やっぱり野生が良いと思うし……」


 どんどん声から力が抜けている私に苦笑したディート先生。


「そうだな。エルザの家なら、庭で放し飼いでも大丈夫だとは思うぞ。領地の方の屋敷だとより良いだろうが。あそこなら敷地内に森もあったしな、確か」


 思わず目を瞬かせた。


「あの、この子、えっと、殺さなくても良いのですか?」


 ディート先生が呆れていた。


「殺したいのか?」


「いいえ! ありがとうございます、ディート先生」


 即座に否定して、お礼を言った。

 間違いなく、これは私の我が儘にディート先生や皆を巻き込んだのだから。



 私の為に狩りの場を用意してもらったのに、肝心の私が殺せないのだ。

 皆に多大な迷惑を掛けてしまった……



 しょんぼり落ち込んでいた私に、


「妖精は殺しが嫌いだし、幻獣の幼生も足手纏いに成りかねないから置いてきたからな。まあ、なんだ、エルザ、気にするな。さっきも言ったが出来ない事を無理にする必要はない。こればっかりはどうもエルザには難しいだろう。殺せるようになるプログラムを施しても、異能力が関係してとても無理そうだしな。複数の異能があるのは良い事だし、どれも使い方次第ですこぶる優秀だしな。本当に仕方がない事だ。ただ、殺す命令も出さなきゃならないという覚悟はしておけ」


 そう言って目線を合わせたディート先生は頭を撫でながら、慰めてくれたようだ。

 ……殺す、命令を出す、覚悟……

 確かに、私の立場なら考えなければいけないのだ。

 その時は、迷わずに、出来る、だろうか……


「あの、ありがとうございます」


 お礼を言うしか出来ない自分が、ちょっと悲しい。

 心を込めて言っているのだが、伝わっていたら嬉しいな。

 本当に感謝しているのだ。


「それじゃ、狩りをしなくて食料を何故得られるか説明するぞ。あのな、要は水の錬成と同じだ。魔力を対価に、食料を錬成する訳だ」


 ディート先生の説明に目を白黒させてしまう。

 何も無い所から水を出すのを見たのでさえ驚きなのに、食料まで錬成出来てしまうなんて……


「あ、ただしな、あくまで、食料、っていっても料理がそのまま出てくる訳じゃないぞ」


 ディート先生の言葉に首を傾げる。


「要するに、だ、食料を錬成した場合、そのままカレーやらピザやらが出てくる訳じゃない。肉なら生の塊肉が、一度にだいたい一キロ位か? が錬成されたり、キャベツが丸っと一個ドンと出て来たリ、リンゴなら皮つきで、コロッっとな感じな訳だ。料理をそのまま出す方法についても研究はされてるんだが、実用化はまだだな。それよりも食材をもっと大量に一度に錬成できないかって研究の方がされてる。魔力の消費は最小限で、錬成するモノは沢山というのが理想的だな。将来的には料理もそのまま出せる様になればって所か」


 自分なりに考えてみた。


「成程。えっと、つまり、現在は料理そのままには錬成はできなくて、原材料が錬成される感じなのですね」


 私の言葉にディート先生は肯いた。


「そう言う事だ。塩や砂糖等の調味料も錬成できるが、どうも味がなぁ。精製されたものになっちまうんだよな、必然的に。肉や野菜も、本物よりは味が劣る」


「どれ位劣るものでしょうか?」


 素朴な疑問である。

 あまりにも酷いなら、きっと誰も食べられないと思うのだが……


「多少だな。不味くは無い。気にしない奴なら分からんレベルだ。というか大概分からんかもな。要するに味的には何か添加物が混じった感じかね。味がそうだからと言って、物的には添加物は混じっちゃいない。これも要研究、って感じかね。まあ、いざって時の非常時用だな。身動きできないが、食べなきゃならん、みたいな時様だと思っておくと良い」


 それは不思議に思った。

 獲物とか、木の実や野草を採集する方が手間ではないだろうか。


「それなら凄いですね。でも、非常時にしか使わないのですか?」


 ディート先生は私の言葉を聴いて苦笑した。


「さっきも言ったがな、費用対効果が悪すぎるんだ。魔力を食い過ぎる。家畜の肉で例えると、一キロ錬成する魔力があれば、時間はかかるが軽く六百キロから八百キロ位の家畜の育成から処理まで可能だからな」


 それは確かに、と思ってしまう。

 でも、時間の短縮にもなりそうなのだが、どうなのだろう。


「それでもまあ、魔力の生成やら魔石への魔力の貯蔵やらは我が国は非常に効率が良いんだが、それでも非常時用だな、食料の錬成は。これも要研究って所らしい。水の錬成の方が費用対効果としては今の所は優秀かね」


 便利そうに見えて、色々ままならないものだなぁ。

 そう思ったら、苦笑してしまった。


「時間の短縮にはなると思うのですが……」


「それか。ただ、味は気になる奴は気になるしなぁ。それに、必然的に凄まじく割高になるぞ。我が国は基本的に農業とか畜産は魔導具でオートメーション化されてるからな。自給率も百パーセントは軽く超えてる上、輸出しても野菜や肉類は他国より安いんだ。とはいえ、いつ何があるか分からんし、研究はされてるんだよ。以前よりは魔力の消費もかなり抑えられるようにはなったしな。補給の面等様々に助かるのは確かだから、熱心に色々考えられてはいる。いずれは、そうだな、エルザが大人になる頃には、もしかしたら魔力だけで錬成した食料が流通する様になるかもな。全てが全て魔力で錬成されたモノにはならんだろうとは思うが。なにしろ森の管理の為や害獣駆除で殺した肉やらはそのまま廃棄したら命の無駄だしなぁ。ま、それでも色々楽しみではあるよ」 


 ディート先生が溜め息交じりに言った夢のある言葉に、改めて上手くは行かないものだなと思いつつ、私が大人になる頃にはどうなっているのだろうと私も溜め息を吐いてしまい、二人で顔を見合わせ笑いが起きてしまった。

 いずれ、全てが魔力だけで賄える日がきたら、それはそれで面白そうだなぁと思いつつ、この会話は終了となったのだ。





 皆が戻ってくるまで、結構待つことになった。

 その間、二人で昼食を摂ったのだが、味が分からなかったのである。

 どうやら緊張がまだあるみたいだ。

 というよりも、新たに緊張したという感じかな。



 皆遅いのは獲物が獲れないのかとも思ったが、どうやら反対で、沢山獲れたみたいだ。

 処理をしていて時間がかかったみたい。



 クマにイノシシ、シカにウサギにサル。



 獲りすぎではないかと心配になるが、森や田畑への被害の状況からは、そうでもないらしい。

 皆が言うには、普通の獣で、令獣でも魔獣でもないから簡単だった、との事だ。



 成程。私の護衛をする位の人達は、優秀な騎士だ。

 そんな彼等なら、本来の獲物は魔獣であるらしい。



 以前見た令獣でも凄い魔法を使っていたのに、魔獣ともなればどれ程だろう。

 そう想像すると、私には対面することさえ無理だろうと思えて仕方がない。



 思考をずらしているのは否めない。

 何故なら私には、それしか出来ないからだ。



 そう、既に命のない彼等を、私はただただ見つめる事しか出来なかった……



 今日の獲物は麓の解体施設で解体されるらしい。

 私も殺せないのは仕方がないが、解体方法は学ぶように、との事で、今日獲れた動物の解体をする事になった。



 ――――当分、肉は食べられそうにない……

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