第40話

 私達は待機場所に到着して、獲物が来るのを待っている。

 猟犬達は、既に放たれたらしい。


「エルザ、銃はもう出しておけよ」


 ディート先生の言葉に肯き、腕輪型の空間収納から銃を取り出し、深呼吸。


「獲物はいつ現れるか分からないとはいえ、一応、命獣の位置は使役者には分かる。近付いたら連絡が入るから、今の所は緊張し過ぎない方が持つぞ」


 ディート先生が頭を撫でながら言う言葉に肯く。

 どうも声が出せない。

 緊張しているのかな。


「話はここまでだな。あまり声を出していると獲物に気が付かれる」


 ディート先生の言葉に、また無言で肯いて、銃を見た。

 震えている。



 私の手が、小刻みにとめどなく震えているのだ。

 先程から深呼吸を繰り返しているが、その深呼吸自体が全身の震えで上手く出来ていない。



 この震えは、どこから湧いてくるのか、皆目見当がつかない。



 私は、何がそんなに恐ろしいのだろうか……?



 混乱して、思考が碌に働かない、銃を持った私の手に、何かが重なる。


「フリード?」


 思わず声が漏れてしまった。

 フリードが、震える私の手に、自分の手を重ねていた。



 彼を見た私に、優しく微笑んだフリードは、震える私を抱きしめた。



 彼の体温を感じたら、不思議と心が落ち着いてくる。

 あれ程小刻みにガチガチとしていた震えも、いつの間にか止まっていた。



 するとフリードは私から手を放す。



 何だか寂しい様な、もう少しそのままで居たかった様な、変な気分を味わいながら、フリードに少し微笑む事が出来たのは、自分にしては上出来だと思う。



 私の笑みを見て、肯いた優しいフリードの表情が、瞬時に緊張に変わる。


「来るぞ」


 ディート先生が小声で教えてくれて、改めて銃を両手で持ち、深呼吸した。





 森の中、私の前に飛び出してきたのは、一羽のヤマドリだった。

 派手なキジよりは控えめな、赤褐色の羽色で、長い尾羽は、雄、だろうか……



 ああ、前世でも、山で見たな、等と考えていたら、そのヤマドリは、私を見て、まるで救い主に逢ったかの様に瞳を輝かせた。

 そしてそのまま、私めがけて飛び込んできたのだ。



 銃を向けさえすれば、勝手に照準が合い、後は引き金を引くだけ。



 だが、私は、銃を向ける事さえ出来なかった。



 銃を向けるのは簡単だ。

 このヤマドリは私の足元で震えている。



 そう、ただ、銃を下に向ければ、それだけで、照準を合わせる機能が無くとも、引き金を引くだけで容易く殺せるだろう。



 猟犬は、私とヤマドリの周りで困惑顔だ。

 ……私が身じろぎしただけで、震えて益々身を寄せてくるヤマドリ。



 ――――私は、銃をしまって、足元で震えるヤマドリを抱き上げた。


「大丈夫だよ。もう大丈夫」


 できるだけ安心してもらえるように、声をかけた。

 私の声を聞いたからか、ヤマドリの全身から力が抜けて、私を信頼した目で見つめ、身を預けたのが分かった。



 身勝手、だと思う。

 だって私は食べ物として肉を今まで沢山食べてきた。



 その肉は何処かの誰かが殺した肉だ。



 殺せないというのなら、初めから肉など食べなければ良いのだ。



 ――――それでも、私は、自分を信頼して、縋ってくる相手を殺す事が、どうしてもできない……



「フリードリヒ殿下、これはエルザの異能ですか?」


 ディート先生の声がする。


「――――分からぬ。ただ、そのヤマドリはエルザに全幅の信頼と親愛を置いている。野生であるにも関わらず、だ。彼女が自分を殺すなどと、微塵も思っていない……犬たちにしても、エルザに直ぐ心を許し、信頼し、親愛の情を示した。一種の異能といえば、異能であろうよ」


 フリードが答える声も、どこか遠い。


「……エルザの性格じゃ、これで動物殺すなんざ無理だろ……ああ、ったく仕方がない。異能も関係してくるならエルザには狩りは無理、と。これは各方面にも報告かね」


 ディート先生が頭を掻きながら溜め息を吐いた。


「――――ディート先生?」


 私が何とか声を掛けたら


「エルザは、こういう信頼とか向けてくる相手を殺すなんざ無理だろ?」


 ディート先生が私に訊いてきた。


「……はい。ごめんなさい……」


 申し訳なくて、自分が情けなくて、震える声で言った私に


「気にすんな。エルザは軍役に就いたとしても、魔力が無いんだから戦闘職にはならんし。ただそれでもいざという時に人を撃てないのはなぁ。剣やナイフよりはよっぽど殺しやすいんだが。エルザは魔法を使えない訳だから、必然的に攻撃手段は限られるしなぁ……まあそれについては追々考えるとして、世の中には適材適所ってのがあるしな。それに幸い獲物を殺さんでも食い物は得られる……ただし費用対効果はすこぶる悪いがな」


 ディート先生がポンポンと私の頭をしながら言った言葉に、目を白黒させるしかなかった。


「どういう事、でしょうか?」


 思わず訊ねた私に、ディート先生は片目をつぶり茶目っ気たっぷりにしながら、


「後で説明する。俺とエルザはここから離れて広場に居る。他の者は狩り続行。最低でもサルかシカかイノシシ頼むぞ。被害が出てるからな」


 そう言って私を抱き上げ、私の腕の中のヤマドリごと転移してしまった。

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