第42話

 今日は狩りに行ったはずが出来なくて、本当に色々申し訳なかった。

 死体を見て固まっていた私を、フリードが気に掛けてくれていて、ありがたかったしかなり救われていたのだが、落ち込んでしまう。



 これでは、いざという時にも足を引っ張りかねないのではないだろうか……



 何せ死体を見て思考も動きも止まってしまい、足手纏いが確実な気もするのだ。

 死体に慣れる、というのも、何か違う気がするし……



 ああ、そういえば、今日は夕食は食べられなかったのだ。

 父も今日は早く帰って来て、私の心配をしていたのだが、どうしても、胃が食べ物を受け付けなかったのである。



 父やイザークやら家令のツィルマールや、家政婦長のクラージェを始め、家の使用人達にも心配されたのでそれもあり、申し訳ないから食べようとしても手が動かない。

 食欲は更に湧かず、何とか飲み物を飲む事には成功したが、それでも最初の内は咳き込んで、上手く飲み込めなかった。



 ルチルにも心配をかけてしまった様で、幼いルチルには本当に悪い事をしたと落ち込んでしまった。

 アデラは、どこか私から距離を置いている様で、どうしたのかと首を傾げるばかり。



 食欲が出なかった原因は、何だろう?



 解体はそうでもなかった、様に思う。

 命を無駄にしない為だから、何とか頑張れた。



 問題は、命を失った身体を複数見た事だろう。

 これが想像以上に堪えた、と思う。



 前世、病院でも多数の人が亡くなっていたのは知っている。

 それでも、死体を面と向かって視た事は無かった気がする。



 死体を見たのは、以前倒された令獣が初めて、だった気がする。

 あの時は気になる事が多くて、思考が逸れていた様な、気もする。



 だから、じっくりと死体を見たのは、今回が初めて、といえば、初めて、だろう。



 私は、何にそんなに衝撃を受けたのだろうか。

 自分で自分が良く分からない。



 殺し殺される覚悟、というものが、私には無い事が、何となく、わかってしまったから、だろうか。



 だが、殺す覚悟は無いけれど、殺される覚悟は、割とあるのだ。

 うん、ルディやフリードの力になれるのなら、それは構わないと受け入れられる。

 家族や、帝国が理由でも平気だ。



 もしかしたら、これは前世で考えるとおかしい判断なのだろうか?

 前世とは世界も国も違うのだから、常識が違っても良いとは思うのだが。



 大切なモノに自分の命を使う事は、それほどおかしな事ではないと思うけれど、どうなのだろう。

 意見はそれぞれだから、強制はできないし、する気もないが。

 それでもこの現世の祖国では、それほどおかしくはないみたいだ。

 特に、国の為ならば。



 それを含めても、私は後悔は一切しないだろうというのは確信できる。

 そう、死ぬのも、殺されるのも構わない。



 だが、殺す事は、私にはとても難しい――――



 そう思うのに、もしかしたら、私は既に殺しているのではないかとも思うのだ。

 幻獣の森で、ルディやフリードが危なかったから、咄嗟に私は何をした?



 アレ等を、殺してしまったのではないか……?



 そう、今更ながらに気が付いて、とても怖いと思っている。

 けれど、悔やんだりは、してはいけないとも思う。



 何故なら私は、何度あの場面になったとしても、絶対に二人を死なせたくないから、だからきっと力を使うし、アレ等はあの状態では自爆しか出来ない状態なのだから、どうしたって私にはあの手段しか出来ない訳で……



 そうなのだ。

 結局結末は変えられないのなら、アレ等を殺してしまったかもしれない事は、悔やんだらいけない。

 どうせ同じことしか出来ないのなら、受け入れるしかない。



 それでも、殺さずに済む術を何とか見つけたいとも思うが、難しいだろうな、というのも分かっている。

 殺さなければならない時は来る可能性がある訳で、だから覚悟をしなくてはならない訳で……



 それで解ってしまったのは、私には、どうやら何かの命を奪うという行為が、想像以上に困難らしいということだった。



 これはいずれ致命的に大切な誰かの命を脅かしはしないかと、それを酷く恐れてしまうのを止められない。

 だから考えてしまう。



 私は、きっと誰かの為、では殺せないと思う。

 そう、誰かの為、かもしれないけれど、助けたい、力になりたいと、なにより守りたいと思って決めたのは自分だから、自分が自分の為に決断しない限り殺しちゃいけないと思っているのだ。



 何となくだが、誰かの為、というのは、自分への逃げだと思うのだ。

 誰かを理由にして、自分の決断を誤魔化している様で、私は嫌だ。



 どうせ殺すのなら、どんな相手だって、自分で決める。

 結局誰かの為、なんていっても、決断しているのは自分なのだから、偽りたくないのだ。



 それは殺した相手に対する侮辱だと思えるから。



 大体、殺す理由に誰かを使っててしまったら、その誰かは間違いなく大切なモノのはずで、それを殺しの理由にするのはおかしいと思うのだ。

 大切な人を殺す理由にするなんて、絶対ダメだ。



 そう、殺すのなら、自分が決めたから殺す。



 殺されるのにも、自分で決めたのなら、間違いなく後悔しないだろう。

 そう、自分の意志で、そう決める。



 それに良く考えてみたのだが、誰かを理由にして私が死んだら、その誰かは酷く悲しみそうだし、それは嫌だから。

 自分で決めたのなら、多少は納得してくれるかも、というのは虫が良すぎるか。



 それでも何かを選ぶのなら、自分の意志で、決める。

 それだけは決めたのだ。



 しかし、本当に食欲が無くなったのには驚いた。

 何故かと思考を巡らす。



 ああ、そうか――――

 思い返せば、命を失い、空っぽになった器が、どうしようもなく悲しかったのかもしれない……



 そんな今日の事を考えて、グルグルと思考の迷路で考え込んでいた私に、通信装置が着信を告げる。

 相手を見てみれば、フリードだった。

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