第30話

 呆然自失していたら、頬に生暖かい感触を感じ、意識が戻ってきた。


「ルチル?」


「キュウ!」


 どうやらルチルが反応の無くなった私を心配して、頬を舐めていた様だ。


「ありがとう、ルチル。大丈夫だよ」


 ルチルにお礼を言って、肩に乗せ、まだまとまりのない思考を総動員し、リーナに報告する事にした。


「どうだった?」


 連絡したら直ぐに出たリーナは心配そうだ。


「うん、フェルとフリードに訊いてみたのだけれど、フェルは女顔の事、かなり気にしていた。ただ、話していたら楽になったって言っていたから、大丈夫かもしれない。確証はないし、気にしてる事がそう簡単に解消されるとも思えないけれど……」


 私の言葉にリーナは励ます様に笑って


「以外と単純な一言で解決する事もあると思うよ。共通ルートから個別ルートに入ると一本道だから、逆ハーは無理だと思うけれど、誰かのルートでグッドエンド行かれたら、エルザ、死にかねないから、問題よね……ってああ、話がそれたね。それで、フリードリヒ殿下の方はどう?」


「うん、エリザベートの事を気に掛けていたよ。ゲーム通りかは分からないけれど、話を聞いた感じだと、エリザベートは帝宮で孤独だったみたいで、フリードが色々気を配っていたみたい。エリザベートがフリードをどう思っているかは謎だけれど、悪く思っていない気がする。フリードにしてみても、エリザベートは大切な身内、って感じだったと思うよ。それから、エリザベートが記憶アリの転生者かどうかは分からないみたい」


 私の話を聴いたリーナは難しい顔で


「ああ、なんかゲームの設定と同じっぽいね……転生者かどうか分からないって、ああそうか、フリードリヒ殿下、異能持ちだったね。なのに分からないの?」


「凄く彼女見えにくいらしくて、分からないみたい。ただ、それが記憶持ちの転生者だからかは分からないみたいだよ。私は別に見えにくくないみたいだし」


 私がフリードに聞いた事を伝えたら、リーナは眉根を寄せつつ悩んでいた。


「うーん、難しいね。エルザは見えにくくない、でもエルザは記憶持ちの転生者……って、あ、私が記憶持ちの転生者だって、分かっていらっしゃるのかな、フリードリヒ殿下」


 私も悩んでしまった。


「どうなのだろう。常に読んでいる訳じゃない他の皇族と違って、ルディもフリードも勝手に分かるタイプだからなぁ。知っているかも」


「そうだよねぇ。でもお二人ってそういうの口外なさらなそうだしね。家族に知られるのは勘弁なんだよね」


 リーナの言葉に肯いた。


「そうだね。私も思うよ……あ、以前の神様に転生させてもらったとかいう記憶持ちの転生者、とても見えにくい、ってルディ言ってた!」


 私が思い出して言った言葉に、リーナが食いついた。


「っていう事は、神に転生させてもらった人って、見えにくいって事じゃない? それで前世の記憶もあるって訳じゃ!」


「――――でも参考例は一つだけだし、確実とは言えないと思うよ。彼の言った神が、どういった存在なのかも謎だし」


 私が思った事を伝えたら、リーナも肩を落としながら肯いた。


「そうだよね。参考にはなるけれど、絶対にそうだとは言えない。そう何度もその神と名乗るモノが人を記憶アリで転生させているかも分からない。それに神とその男が認識していたとしても、そう名乗っただけで、本当に神なのかも分からないし、神なのだとしても、善神なのか悪神なのかも分からない。善神だとしても、人間にとっての良い神なのかそうでないのか、人間に好意的な神かそうでないかも分からない訳だし、この世界の存在なのか、前世の世界の存在なのかも分からない訳だしね……」


 二人で溜め息を吐いてしまう。


「学校へ通ってみないとどうなるか分からない所が多すぎる感じだね。現状、ヒロインの状態が分からない訳だし。今は其々の攻略対象者や、第三皇子殿下、シュヴァルツブルク大公爵の動向を見守る、ってのが出来る事かなぁ」


 リーナの言葉に肯いた。


「うん、そうだね。今出来る事って言ったらそれ位な感じかも。何か変化があったりしたら連絡するよ。ただ、お父様の動向の詳しい所とか知るのは難しいかも。守秘義務が色々あるから」


「ああ、そうだよね。シュヴァルツブルク大公爵クラスなら、国の秘密にも色々関わっているだろうし……そうでなくても仕事してたら守秘義務なんてのは出てくるものだしね」


 リーナは肯きながら、溜め息を吐いた。





 リーナとの通信を終え、風呂に入って寝間着に着替え、ルチルを撫でていた。



 フリードの事が頭を占めている。

 彼を傷つけてしまったから謝ろうと思うのに、連絡できない。



 拒絶されるのが堪らなく怖いのだ。


「キュウ?」


 ルチルが心配そうに私を見る。


「大丈夫だよ、ルチル。色々立て込んでて、疲れただけだから」


「キュウ、キュウ」


 どうやら力になれるかと訊いている様だ。


「大丈夫。自分で何とかするよ。それも無理なら誰かに助けを求めないといけないかもしれないから、ルチルに何か頼むかもしれないね。その時はよろしくね」


「キュウ!」


 任せておけと胸を叩く。


「それ、何処で覚えたの?」


 不思議で訊いた。

 だって、幻獣っぽくない感じがしたのだ。


「キュウ、キュウ!」


 どうやらカイザーに教えてもらったらしい。


「カイザー、何故にそれを知っているのかしら……それに何故ルチルに教えたの……」


 最高位の幻獣なのに、相変わらずカイザーは面白い。



 私がクスリと笑いながら、ルチルを撫でていたら、通信機に連絡が入る。

 ――――フリードだ。


「フリード? どうかした?」


 慌てて出たら、申し訳なさそうなフリードが目に入る。


「……エルザ、先程はすまぬ。今更と思われるかもしれぬが、あの態度はなかったと思う――――これではエルザに愛想を尽かされたとしても、仕様がないな……」

 

「こちらこそ、ごめんなさい。私がフリードを傷つけたのだもの、フリードが謝る必要はないわ。本当にごめんなさい。愛想を尽かされるのは、私の方よ。私から謝らなきゃいけなかったのに、勇気が出なくて、出来なかったもの……」


 そう、悪いのは私だ。

 フリードに愛想を尽かされたら、立ち直れない。


「いや、エルザが悪い訳ではない。私の狭量が問題なのだ――――私の方から愛想を尽かす事は有り得ぬ。絶対にな」


 凄く真剣なフリード。

 愛想を尽かす事は無いと言われて、とても、嬉しい。

 だから、顔が自然と笑顔になるのを懸命に抑えた。

 今は笑っている場合ではないと思うのだ。


「フリードが狭量なら、皆そうだと思う……私の方から愛想を尽かす事も絶対に無いからね」


 私の言葉に、フリードがちょっと微笑んだ。


「ありがとう、エルザ。自覚があるのだが、私が狭量なのは確かだ。殊に、ある幾つかの事柄については、弁明の余地もない程に深刻だ」


「そうなの? でも、自分から連絡して謝れるフリードは凄いと思うよ。素直に尊敬する」


 私が率直な意見を述べたら、フリードは苦笑した。


「単にエルザに嫌われたくない故な。エルザを傷つけた事に、自分で自分が許せなくなったという理由も大いにあるがな」


「それでも、フリードは凄いよ。直接会えたら、フリードに抱き付けるのに!」


 この嬉しさとか、感謝とかを伝えるのには、言葉では表現できない気がした。

 今、無性にフリードに直接触れたいと思うのだ。


「ああ、直接会いたいがな。私も、直に会いたいと思う」


 どこか切なそうなフリードに伝えた。


「それなら、明日会いに行こうか?」


 私は今までよく体調を崩した。

 大きいイベントとかあると、その後は覿面だったから。

 そのせいもあって、今も大きいイベントの前後は数日予定が白紙なのだ。


「いや、止めておいてくれ。間違いなくルディアスが拗ねる」


 フリードが難しい顔になった。


「え、ルディが何故?」


 私の素朴な疑問に対し、フリードは悪戯っぽい表情で言うのだ。


「言わぬが花という事柄故、許せ」


「もの凄く気になるのだけれど」


 私が憮然と言ったら、フリードは優しい笑顔になって


「ダメだ。言えぬ。すまぬな、エルザ」


「……分かったわ、諦める」


 私が白旗を揚げたら嬉しそうなフリードは


「ありがとう、エルザ」


 その笑顔に勝てる見込みもなく、私も笑顔になってしまっていた。



 彼の笑顔に釣られたのかもしれないけれど、フリードの笑顔が大好きなのだから、仕方がない。

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