第29話

 フェルとの話を終え、次はフリードに連絡してみる事にした。



 一応、フリードにエリザベートの事を訊いておこうかと思ったのだ。

 気になるのも確かだし。

 リーナにも報告すると今日約束したのもあるしね。



 通信機でフリードに夕食後に連絡してみる。

 今の時間なら、特に習い事とかなかったはず。

 泊まり込みの演習以外では、だけど。


「エルザ、どうした?」


 直ぐにフリードが出てくれた。


「あの、今、時間ある? なんだか直接話したくて、連絡しちゃったの」


 うん、どうしてか分からないけれど、顔が見たかったのだ。

 やっぱり文字だけより直接見た方が心がぽかぽかする気がした。

 フェルの顔を見れたのも、やっぱり嬉しかったし。

 でもどうせなら直接会いたいな、とは思う。

 やっぱり映像と直接会うのとでは、心の弾み方とか嬉しさが違うと思うのだ。


「ああ、構わない」


 嬉しそうに顔をほころばせながら、フリードが言った。


「ありがとう。あのね、エリザベートの事を訊きたいのだけれど……」


 フリードは一瞬で顔を曇らせた。


「彼女の事を聞いたのか?」


 その言葉に肯いた。


「……そうか。それで、何が訊きたいのだ?」


「フリードは、彼女の事、気にかけていたのかな、って……」


 上手く言えない。

 なんだか変な気分だ。

 こう、モヤモヤするというか、チリチリするというか。

 ――――そうならなければいけないのだと誰かに強制されているような……


「ああ、そうだな――――彼女は、帝宮で居場所がなかった。それがどうにも気にかかってな……孤独というものは、私にも理解出来るものだ。それに彼女は身内であり従姉妹だ。私としては妹の様に思っていた。故に放っておけなかった」


 そうフリードは言ってから、ちょっと悲しそうに顔を歪める。


「彼女は、そう悪い存在ではないとも思うのだ。ただ、酷く不器用で、自分の感情の表し方がとても下手故に誤解を受けるのかも知れぬ――――そうは言っても、被害を受けた者には、受けいれ難いとも分かっているが……」


 フリードが優しくて真面目なのは知っている。

 だから、孤独な、居場所の無い従姉妹を放っておけないのも。



 なのに、なんだか、こう……あまり考えるのは良くない気がしてきた。



 ただ、私でも放っておけないだろうな、というのは分かったから。

 誰かが苦しいのも悲しいのも、嫌なのだ。

 我が儘なのは承知である。

 それでも、何かしたいと思ってしまうだろう。


「エルザ、どうした?」


 フリードが心配そうに訊いてきた。

 ああ、きっと考え込んでしまっていたから、難しい顔をしていたのだろう。

 最初の方は、なんだが変な気分だったし。

 今まで経験が無い感じの、こう、モヤっといか、チクっていうか、難しい、ゴチャゴチャな、苦しい感じ。

 ――――そうあるべしと思わなくては・・・・・・ならない。


「大丈夫よ。やっぱりフリードはやっぱり優しいなって思ったから――――私でも放っておけないと思うよ……でもフリード、エリザベートと私が仲良くするの、反対だった気がしたけれど?」


 なんとなく、意地悪な質問かも知れない、と内心後悔しながら訊いた。


「ああ、それはな、彼女は自分の感情を抑えるのは苦手だ。そしてどうも、エルザに対して良くない感情を持っているのが分かっていた。だというのに、自分からエルザに近付くというのは、何か危険を感じてな。彼女の母の指示かもしれぬしな。もう少し彼女が落ち着けば、エルザと会っても大丈夫だろうとも思っていたのだが……」


 フリードは塊根の面持ちで言葉を続けた。


「エリザベートとエルザが仲良くなる事に、反対だと言う者がいるのも知っている。確かに危険だとも思うのだが、それではエリザベートが余りに哀れだと思ったのだが……誰かが側で支えてやれば、落ち着くのではないかと気を配ってみたが、ああなってはな……彼女がエルザに対して良くない感情を持った原因の一つは、その母のドロテーアだというのは分かっていた。彼女の行動と心に悪影響を与えているのも。母親と離れる事が出来れば、エリザベートも安定するのではないかと思っていたのだ。 故に出来うる限り引き離そうともしたのだが……」


 ――――分かってしまった。

 エリザベートが記憶持ちの転生者かそうでないかは別にして、フリードの存在は、嬉しかったのではないだろうか。

 ゲームの孤独なエリザベートには、フリードは、特別な存在だったのだ。

 けれど、そのフリードとは、平民になった事で離れ離れになってしまった。

 ゲームではないこの世界でも、エリザベートにとってフリードは特別なのかもしれない。



 孤独なところに手を差しのべられたら、その存在は、特別になるものなのだろう。



 私も勇がそうだった、と思う。

 恋愛感情かどうかは、よく分からないのだが……



 ――――これは、どうしたら良いのだろう。



 それでも分かったのは、フリードが、凄くエリザベートを気にかけていた事だ。



 優しくて真面目な彼らしい。

 そう思ってほっこりするのに、上手く言えない感情もあって、困惑している。

 何故そうでなければいけないのかも分からない。



 それでも分かったのは、フリードとエリザベートが、ゲーム通りの関係を築いていた、という事。



 リーナが言っていた。

 学校に入学した後も、フリードリヒはエリザベートを気にかけていたと。

 それでフリードリヒのルートだと、フリードリヒ的には妹みたいなものだし、色々不幸なエリザベートを特に気にかけていたせいで、エルザに不安や不満が溜まってしまった。

 そしてエルザがエリザベートにきつくあたる事で、フリードリヒとエルザの関係が悪化した所に、ますますエリザベートがつけこむ、とかなんとか。



 リーナは、エルザの気持ちも分かると言っていた。

「自分の好きな人が、別の女性に優しくしていたら、やっぱり面白くない、というか、モヤモヤはする。まして真相ルートと設定資料集でエルザの過去を知ったら、無理もないと思うし」

 との事だ。



 しかし、何故、私が友達のフリード相手にエリザベート関連でモヤっとしたり、チクっとするのかは分からないが、間違いなくルディや勇にもそう思ったと確信出来る。

 ただ気になるのは、この上手く言えない感じが、そうでなければならない、と強制されている感じもする事だ。

 自分のものでもある様な、他人のものでもある様な、良く分からない感覚に戸惑う。

 それにこれはこれ以上考えない方がよさそうな感じだから、忘れよう。

 というか考えちゃいけない感じが湧いてくるのだ。




 よし、気を取り直して最後に訊いておこうかな。


「フリード、エリザベートって、私と同じで、記憶のある転生者とかなのかな?」


 その質問に、フリードの表情は目に見えて暗くなる。


「分からぬ。彼女はとても見えにくいのだ。記憶のあるエルザは良く見えるのだから、それが記憶がある転生者故かどうかは分からぬしな」


 成程見えにくいのか……

 前途多難だ。


「ありがとう、フリード。ちょっと疑問に思っただけだから、気にしないでね」


 私がお礼を言ったら、


「礼を言われる程の事ではない……ルディアスならば、私より良く分かるのかもしれぬがな……」


 何だか空気が重い。


「フリード、あの、えっと……」


 何を言って良いやら悩む私に、表情を和らげたフリードは


「つまらぬ事を言った。ただ、君に相応しい存在でありたいと、常に願っているだけなのだが、上手くいかぬな……」


 寂しそうにフリードは言う。


「フリードは私には勿体ない位、素敵な人だよ。私、フリード大好きだもの」


 私が一生懸命伝えた言葉に、フリードは苦笑する。


「ありがとう、エルザ。とても嬉しい言葉だが、私の欲しいモノではないのだろうな」


 そう言って、フリードはとても苦しそうな、今にも泣き出しそうな表情になった。


「フリード、ごめんなさい。あの、私、何か傷つけた?」


 フリードに申し訳なくて申し訳なくて、謝った。

 私はそれ以外、どうしていいか分からない。


「君が謝る事はない。いつも助けられているのは私だ。ただ、少々、刺激が強かった……それでは、お休み、エルザ」


 フリードは私を見る事なく、通信を遮断した。

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