第38話

「すまぬ。つまらぬ事を言った。忘れてくれ」


 そう言って、フリードは立ち上がって部屋から出て行こうとする。

 私は思わず、彼の手を思っ切り引っ張り、抱きしめた。


「エルザ!? 放してくれ!」


 そう言いながら暴れるフリードを、絶対に離したりするものか!


「荷物は手分けして持つって言ったよね? 私が今持たないで、いつ持つの!」


 フリードがピタリと止まり、力を抜いた。


「私は、エルザに荷物を持ってもらう資格などないのだ」


 力なく言う言葉に反論する。


「フリードが資格が無いって言っても、私は勝手に持つもの。フリードを独りになんてさせてあげないから」


「エルザは相変わらずだな……誰にでも優しい」


 何だか凄く皮肉気に聞こえた。


「フリード、私の事が迷惑なら、そう言って。もう関わらないから」


 一瞬身体を震わせたフリードは苦笑した様だ。


「それは無い。それは、嫌だな―――――私は、中途半端なのだ」


 零れた言葉に耳を傾けながら、疑問が頭を過る。

 どういう事だろう。


「ルディアス程の異能は無いが、他の皇族よりは強力な異能がある。魔力も何もかもルディアスには決して敵わず、ルディアスより役に立たないのだ――――エルザとも離れ離れになる」


 次いで告げられた、悲痛な言葉に心が痛くなる。

 私がいつも感じている事をフリードに届けなくちゃと思って、言葉を紡ぐ。


「でも、私にはルーとフリードにそう差があるようには思えない。フリードは例えるなら殻の付いたヒヨコに思える。ルーは殻が取れて着々と育っているヒヨコで、フリードは殻に制限されたヒヨコ」


 フリードが不思議そうに言う。


「殻の付いたヒヨコ?」


「うん。何故そう思うのかは根拠が無くて申し訳ないし、保証も出来ないけれど、殻が取れればフリードだってルーと遜色ないと思うよ」


 これは不思議と確信が持てるのだ。

 何故かは分からない。

 それでもこれは確実だとはっきり言える。

 私の、魂、とでもいえるモノが告げるのだ。


「そうか、エルザがそう言うのなら、そうなのだろう」


 クスクスと楽しそうにフリードが言う。

 元気、出たかな。


「それに人と比べても仕様がない、って思うけれど、これは中々難しいわね。私も無意識に人と比べて落ち込むし。それでも一人一人違うから、意味があるのだと思うわ」


 続けて私は思っている事を届ける。


「私、フリードもルーもとても大切よ。どちらが上だとかないわ。私に出来る事はあまり無いけれど、話を聞く位なら出来るからね。それで少しでも楽になるなら、いくらでも聴くから」


「成程……そうか――――ありがとう」


 どこか安堵した様な声がフリードから聞こえる。

 大丈夫だろうか。

 少しは楽になったかな。

 そう私が安心したのもつかの間、フリードの、悔恨、の様な、悲痛な声がした。


「例え、私が皇帝になれたとしても、私はエルザに相応しい男ではないのだ」


「どうしてそう思うの?」


 分からないから訊くと、フリードは悲しそうに言う。


「……今回の事で分かった。私は、エルザか、帝国の未来か選べと言われたら、帝国を選ぶ。選んでしまう」


「何故、私より帝国を選ぶって分かったの?」


 答えたフリードの声は凍っていた。


「もしルディアスに危険が及ぶのなら、私はエルザよりルディアスを優先させると気が付いたからだ」


「それは、ルーが帝国に必要だと判断したから?」


 私の問いに、フリードは声を掠れさせ、震わせながら答えた。


「そうだ」


 一息ついてからフリードは続ける。


「エルザは大切だ。何より大切だし、守りたい、失いたくないと心から思っている。失ったら気が狂う自信がある。それでも、私は、エルザを切り捨てられる。切り捨てる事が出来てしまう」


 続けて言うフリードは、まるで懺悔しているかの様だった。


「それで良いのよ。皇族だもの。ましてや皇帝陛下になったのなら、私を切り捨てたとしても、国を守るのが正解でしょう?」


 私はフリードを抱きしめる腕に力を込めて、言う。

 何を当たり前の事で悩んでいるのだ、フリードは。

 私か国か選ぶのなら、国を選んで当然ではないか。


「エルザは悲しくはないのか? 悔しくはないのか!? 未来で、もしかすると夫である存在に見捨てられるのだぞ」


 フリードは顔を上げ、私を穴が開くほど見つめて言い募る。


「それが皇帝陛下にして皇族たる御方が選んだことなら、否やはないわ――――まして、大切なルーやフリードが自分で決めた事なら、私は喜んで捨て石になる」


 真摯にフリードを見つめ返して答える。


「大切な人の、力になりたいの。足手纏いなんて御免だわ……利用されたって構わない。利用価値があるだけ、私は嬉しい――――だから、恨むなんてもっての外だと思うし、悲しくもないわ。それで大事な人の何かが守られるのなら、私にはそれで十分」


 私がいつも思っている事を一生懸命フリードに届ける。


「……エルザは愚かだ。報われなくても良いのか」


 泣きそうな顔のフリードの両頬に手を触れる。


「報われなくたって、構わないの。それで何かの力になれるのなら。見返りなんて、はなから求めていないもの。そうね、求めるとしたら、大切な人の、心からの笑顔、かな。それがあれば十分すぎるわ。私がいなくなってからも笑顔でいてくれたら、嬉しいかな」


 フリードが、私を抱きしめ返した。


「エルザは、本当に愚かだ――――エルザを失って、笑えるはずが、ないでないか」


 掠れて今にも泣き出しそうな声を聞いて、心配になる。


「フリード? あの、力になれる事があったら何でも言って欲しいの。私に出来る事ならいくらでも協力するから」


 私の言葉にフリードが耳元でクスリと笑ったのだと分かった。


「本当に、君は……」


 そう言ってフリードは首に顔を埋めクスクスと笑っている様だ。

 元気、出たろうか。



 フリードの重しが少しでも楽になったら良いな。

 それに、フリードには幸せになって欲しい。

 皇族には難しいのかもしれないけれど、私はそれらを願ってやまない。

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