第36話

「もう部屋に入っても良いでしょうか?」


 お父様が扉をノックしつつ訊いてきた。



 ルーはチラリと私を見ながら、溜め息を吐き


「そなたはエルザの父であるからな。業腹だが、許そう」


 その言葉を訊き、お父様が飛び込んできた。


「エルザ! ああ、良かった、このまま目を覚まさないかと本当に心配したんだよ!!」


 私の脇からどいたルーの居た場所に張り付いたお父様は私を抱きしめる。


「お父様、苦しいです」


 そう私が言ったら慌てて力を緩め、顔を覗き込むお父様。


「ごめんよ、エルザ! 血がかなり失われていた上に傷口の状態も相当酷かったらしくて、本当に気が気じゃなかったんだ。ディート様がいて本当に良かった! あの方は復元魔法の数少ない使い手だからね」


 お父様の言葉を反芻する。

“復元魔法”って確か、モノの状態を完全に元の状態に戻す事が出来るとか何とか習った。

 ディート先生って凄いんだなぁ。

 あれ、でもお父様が様付けで呼ぶのって、身内の年長者か皇族だけじゃ……



 疑問が湧いて来ていたら、扉からヒョッコリと顔を覗かせたのは


「ディート先生!?」


 私の言葉にお父様が急いで私から手を離し、居住まいを正す。


「よっ。調子はどうだ?」


 片手を上げながらディート先生が部屋に入ってきた。


「大丈夫です。ちょっと身体がだるい位で、後は問題ないと思います」


 ディート先生は目を細め、


「どうやらその様だな。一応、ヒューも連れて来たんだが、無駄足だったかね」


 私の状態とか、魔法でディート先生もクー先生もヒルデ先生も分かるのが凄いなといつも思う。

 あれ、でも、ヒューって誰?


「そもそも、貴方様が視た後など、私の出番はありませんよ」


 苦笑しながら入ってきたのは、魔導師総長閣下、つまりフェルのお父様だ。


「俺は医療系は専門じゃねえよ」


 ディート先生は苦笑しながらそう言った。



 居住まいを正そうとした私に魔導師総長閣下は手を上げ制する。


「そのままで大丈夫ですよ。エルザ嬢は息子の友人ですし、そう畏まらなくても構いません。しかし、あの方が私まで連れてくるとは、余程エルザ嬢が気に掛かると見える」


 楽し気におっしゃるフェルのお父様に首を傾げていると、


「仕様がないだろ。エルザは俺の教え子なんだから」


 ディート先生がふて腐れた様に言うのを聞いて、お父様とフェルのお父様が苦笑する。


「我々の時はそう心配して頂けなかったと思うのですが」


「ええ、全くもって同感です」


 二人の言葉にディート先生は呆れた様に


「お前らこれ程の大怪我した事ないだろうが。それにエルザは魔力無しだぞ? お前らとは対応が違って当然だ」


 何を当たり前の事を訊くのかみたいなディート先生に、二人は溜め息を吐くしかないみたい。



 ルーが憤懣やるかたないと言った調子で、ディート先生とフェルのお父様をねめつける。

 綺麗なルーがやると迫力が凄いなと思って驚いてしまう。


「今日は私だけのはずが、何故、そなたらまで?」


 それにディート先生は楽し気に


「仕様がないだろ。お前じゃまだ状態を詳しく視るのも治療するのも無理なんだから」


 それを言われてぐうの根も出ないらしいルーに思わず笑みが零れたら、ルーが睨む。


「ルー、出来ない事は恥じゃないと思うよ」


 そう言ったら


「ふん。出来るようになればそなたらなぞ、いらん。私だけで良いのだ」


 吐き捨てるように言うのだが、ルー、そんなに怒らなくても良いのではと思わなくもない。


「はいはい。一応、カウンセリングも俺は兼ねちゃいるんだが、ヒルデの方が良いか?」


 ディート先生は私に訊いてきた。


「ディート先生でも嫌じゃ無いです」


 そう言ったら、ディート先生は笑って、


「そうか。事後処理に俺は駆り出されることが多いから、主にカウンセリングはヒルデになるんで、俺はいらないっちゃいらないんだが」


 前置きしつつ、ディート先生は心配そうに


「丸一日眠っていたから、腹減ったんじゃないか? もうすぐ夕食だしな。エルザも色々話して疲れたろ?」


 優しく聞いてくれた言葉に肯く。


「確かに疲れました。ちょっと眠いかもです」


 ディート先生は頭を撫でると


「守れなくてごめんな。復元させても、失ったモノがでかいと疲労は多少なりとも残るからな。ゆっくり休んで、しっかり食べろ。話はまた後日な」


 その温かい声を聞きながら、先生は助けてくれたのだから、謝らなくても良いのにと思ったりしたのだが、睡魔の誘惑には逆らえず、眠りに落ちた。





 ちょっと眠って、目が覚めたらお腹がすいている。

 今日の夕食はベッドで取る事になったので、そのまま待機だ。

 ちょっと椅子に座って食べるのはきつそうだったから、それは良いのだが、ルーは帰らなくて良いのだろうか。

 他の方々は、私が眠っている間にお帰りになったのに、ルーは大丈夫なのかな。



 夕食の、昆布出汁の効いた玉子と細ネギのおかゆを、ルーがレンゲにすくって食べさせてくれるのだが、大変申し訳ない。

 しかも猫舌の私の為にフーフーと冷ましてくれたりするから、非常にいたたまれないのだが……


「ルー? あの、一人で食べられるよ」


 自力で食べるのは無理かなぁと思いつつルーに言ったら


「無理をするな。一人では食べられぬのは知っている」


 そう言われたらそうなのだが、ルーは食べなくても良いのか心配になる。


「ルー、夕食は?」


 それに決然とルーは返す。


「帰った後、食す故、気にするな」


 もう、色々言っても無駄な感じがしなくもない。


「いつまでいる気?」


 ルーが心配なのと申し訳ないのとで訊くと


「私がいるのは、嫌か?」


 悲しそうなルーに太刀打ちできるはずもなく


「嫌じゃ無いけれど、でも、お腹空かない?」


 それには微笑みながらルーは返してきた。


「エルザが居れば、私は平気だ。寝るまで側に居る」


 驚いて訊き返した。


「寝るまでって、それじゃルー、大変じゃない?」


 ルーは嬉しくて嬉しくて堪らない様子で


「エルザと話すのも側に居るのも、とても心地良い。失うかと思ったのに比べれば雲泥だ。故に私は問題ない」


 どうも何を言っても聞きそうにないな、これは。


「ルー、ありがとう」


 腹を括って、お礼を言った。

 私も嬉しいのは確かなのだ。



 ただ、世話ばかり焼かれて申し訳ないのも確かなのだが、感謝の言葉の方がこの場合、言われた方も言った方も双方に良いかなと思う。


「うむ。エルザ、私の方こそ、ありがとう」


 ルーに感謝されたのだが、理由は不明である。

 訊いてもはぐらかすし。



 私といるとルーは安定するみたいだから、今日は寝るまで一緒にいるのも良いかもしれない。





 ルーが手を繋いてくれているのを感じながら、本日は眠りについた。

 私がいなくても、ルーが道しるべを見つけられるのを願っているし、ルーに、幸せになって欲しいな。

 そんな事を思っていたら、自然と眠っていた。

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