第27話

 魔力無しの皇妃や皇太子妃に第一に求められるのは、公務をこなす事ではなく、皇祖の異能を受け継ぐ、魔力の強い、優秀な赤ちゃんを産む事だ。



「ディート先生、この子と誓約を交わしても、赤ちゃんは産めますか?」


 先生は苦笑しつつ、私を労わる様に頭に手を乗せる。


「そうだな、赤ん坊は産みやすくなるだろう。妖精だけより優秀なのが産まれやすいかもしれないな」


 なら後顧の憂いは、家族の事だけだが、それでも決めた。

 これが最善だろうと、私なりに判断した。



「ディート先生、私、この子と誓約を交わします」


 きっぱりと宣言した。

 私が声をかけたせいで、この赤ちゃんドラゴンの運命を歪めてしまったのかもしれない。

 大体、一生独りぼっちになんて、幸福感を感じられないなんて、させられない!


「そうか――――こいつには名前がない訳だが、エルザが付けるしかないな」


 そうだった、この子、名前が無いんだった。

 でも、普通の幻獣には名前、ある、って聞いたけれど。


「ああ、幻獣ってのは普通、成長すると名前が生えてくるんだ」


「え!?」


 ディート先生が悩んでいた私に教えてくれたのだが、生えてくるってなんだ!?


「ディート先生、自然に名前が浮かび上がってくる、と説明した方が分かりやすいのでは?」


 ヒルデ先生が言った言葉の方が納得はしやすかった。

 要は自然に名前が分かる様になるのだろう。

 それでも不思議だが。



 ディート先生は頭を掻いた後、私の方を向き


「それでだ、エルザ、こいつの名前、どうする?」


 名前か……

 改めて赤ちゃんドラゴンを見てみる。



 黄金色で柘榴色の瞳だし、うぅむ。

 どうしたものか。

 期待に胸を膨らませているらしい赤ちゃんドラゴンに、どう名前を付けたら……



 そうだ!


「ルチルっていうのはどうでしょうか?」


 ルチルクォーツみたいにキラキラした体だから、似合うと思うのだ。


「……まあエルザがそれでいいなら、俺は何も意見は無い」


 赤ちゃんドラゴンを見てみたのだが、嬉しそうな感じだ。


「ルチル、で良い?」


 赤ちゃんドラゴンに訊いてみた。


「キュウ!」


 喜んでくれたみたいで良かった。


「なら、これで誓約を交わせるな。やり方は分かっているだろ?」


「はい!」


 ディート先生にそう答え、赤ちゃんドラゴン改めルチルと向き合う。

 小さいから、私が正座してみた。


「ルチル、誓約を交わすけれど、良い?」


「キュウ……」


 ルチルは私を心配してくれている様だ。

 微笑んでこの子の頭を撫でる。


「私は大丈夫、もう決めたから。ルチルは私と誓約を交わすの、嫌?」


「キュウキュウ!」


 嫌ではないし、嬉しいと言ってくれている様だ。


「なら、誓約を交わそう、ルチル」


「キュウ!!」


「ありがとう、ルチル」


 受け入れてくれたルチルに感謝し、深呼吸。


「ほらよ」


 ディート先生が小さなナイフを渡してくれた。

 一応、何があるか分からないから、この宿営地で誓約を交わす様にと教えられている。

 ナイフは危ないからと私は持っていないのだ。

 他のルディやフリード、皆は持っているみたいで、ちょっと悲しかったのだが、ディート先生曰く、「エルザは借りた方が良いだろ、安全で」である。

 私そんなに危なっかしいかな……と落ち込んだのを思い出してしまった。



 気を取り直して、ルチルを見る。


「我、エルザは、ルチル、汝を友とし、我、エルザが命が尽きるまで共にいる事を誓う。汝、ルチルは、我、エルザを友とし、我、エルザの命が尽きるまで共にいる事を誓うか?」


「キュウ!」


 誓ってくれた。

 ならばと指先をナイフでちょっと血が出るまで切った。

 めちゃくちゃ痛い、泣きそうだ。



 そしてルチルにナイフを渡した。


「キュ?」


 ルチルはナイフを置いて、自分の爪で引っ掻いたら血が出た。

 爪、鋭いもんね……



 血を互いに口に含んで、誓約は完了だ。

 しかし、ドラゴンの血って、何故か甘い。

 鉄分の味じゃないと思う。

 どういう身体をしているのか、甚だ疑問だ。



 等と考えていたら、互いの体が光に包まれたが、しばらくして光は消えた。

 うむ、成功だな。

 アデラの時と一緒だ。



 だが、凄く疲れた様な気がした。

 これはアデラの時には無かった事だ。

 何か身体に問題とか起きたのだろうか?



 不安になっていたら、


「おう、成功か。特に身体に問題は出なかったみたいだな。それに抵抗力も下がった訳じゃねえし。可もなく不可もなくってところか」


 ディート先生の言葉に、首を傾げてしまった。


「悪くなった訳じゃないのですね?」


「ああ、悪くはなってない。寿命も延びた。ただし、別にそれ以外は特に以前と変わりはない」


「……ああ、それで可もなく不可もなく……」


 納得したが寿命以外変わらないって、当たりの部類、だよね、多分?

 疑問系になるのも許して欲しい。

 幻獣と誓約を交わして、寿命以外の利点が無いって、珍しいのかどうなのか、ちょっと疑問だ。


「幼生の幻獣と誓約を交わした例がないのですから、何とも言えませんが、幻獣と誓約を交わして、現時点では特に寿命以外の利点が無いのは、珍しいですね」


 ヒルデ先生の言葉にちょっと落ち込んだ。


「ですが、魔力無しが妖精以外と誓約を交わした例は、皇祖陛下の妃殿下だった方以外いらっしゃいませんし、僥倖では? それにこれなら時間が経てば効果も出るでしょう」


 クー先生の言葉にそうだったと思い出した。

 本来なら、私もおそらく幻獣と誓約なんて交わせなかったはず。

 それを考えたら、とても運がいいのだろう。

 後から何か効果があるみたいだし、気長に待とう。

 それに私を選んでくれたルチルに失礼だ。



「おめでとうございます、エルザお嬢様。旦那様も胸を撫で下ろす事でしょう」


 バルドが感極まったように私に跪いて微笑んでいる。

 そうか、バルドは仕える当主の娘である私の事を凄く案じてくれていたのだろう。

 だが使用人でしかないバルドには、皇帝陛下の決定に意見を述べるなんて出来なかったのだ。

 それで何も言わなかったけれど、内心もの凄く心配させてしまったのだと分かって、申し訳なくなった。


「ごめんね、バルド。危険な事をして」


「いえ、これが最善であるのは理解できておりました。ただ、生まれた時から見守ってきたお嬢様に何かあったらと、差し出がましく思ってしまい、こちらこそ、申し訳ありません」


 バルドが感情を表にだすのは珍しい。

 いつも毅然としたポーカーフェイスなのだが、今日は恥ずかしそうに微笑んでいる。


「そんな事ないわ。謝る必要なんてない。バルドに心配かけて申し訳ないけれど、嬉しくもあるの。私を思っての事だもの。ありがとう、バルド」


 そう言って微笑んだら


「こちらこそありがとうございます、お嬢様」


 バルドは私を立たせてくれて、優しく笑った。

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