第26話

 昼食には大分時間があるが、ディート先生にこの赤ちゃんドラゴンの事を相談しようと宿営地に戻る事にした。

 その前に通信機で連絡しよう。

 突然戻ったら迷惑かもしれない。


「ディート先生、今戻っても大丈夫ですか?」


 直ぐにディート先生の心配げな声が返ってきた。


「どうした、具合が悪くなったなら、迎えに行くぞ?」


「いえ、体調は大丈夫です。相談したいことがあるので、戻りたいのです」


「わかった、待ってる」


 赤ちゃんドラゴンを抱き上げた。


「他の人に会う事になるけれど、大丈夫?」


「キュウ!」


 平気らしいので抱っこして宿営地に向かった。







「………………………………………………………………」


 先生方と護衛の人達の沈黙が痛い。

 赤ちゃんドラゴンを連れ帰ったら、この反応なのだ。



 目が座ったディート先生が沈黙を破り


「――――……黄金色に柘榴の瞳のドラゴンが生まれたなんざ聞いてねえぞ。どう言う事だ――――とりあえず、王に訊いてみるしかないか」


 そう言って熟考している様な雰囲気を醸し出している。



 それにしても、王って誰だろう?

 王が付くのは、私の母方の祖父か、レムリア王国の王様だけのはずだ。

 って、ああそうだ! 幻獣の一番偉い存在も王って言うのだった。



 ディート先生って幻獣の王様と話が出来るのかな?

 不思議に思いながら、ディート先生の反応を待つ。



 溜め息を吐いて、腰に手をやり、赤ちゃんドラゴンと私を交互に見つめたディート先生は


「やっぱりイレギュラーだ。王も生まれた事を知らなかった。大体異常すぎる。これ程幼くて巣の外に居るとかありえねえ」


 そう言うと腰を屈め、赤ちゃんドラゴンの頭に手を置きながら


「ごめんな。本来誕生した直後に幻獣の保育所みたいな所に集められて、ある程度育つまで成体の幻獣が面倒を見るんだが……」


 不思議そうに赤ちゃんドラゴンはディート先生の言葉を聴いている。



 そうだよね、やっぱり赤ちゃんであんな所に一人でいるって異常事態だった訳だ。

 でもディート先生、熟考していた訳じゃなくて、幻獣の王様と会話していたのか。

 どうやってだろう? 訊いてみようかな。



 口を開きかけたら、ディート先生が難しい顔で赤ちゃんドラゴンに


「王が迎えを寄こすって言ってるが、お前さんはどうする? 迎えと一緒に行ったら、エルザにはおそらくもう会えねえぞ」


「キュウ! ……キュウキュウ」


 赤ちゃんドラゴンが慌てている。

 迎えと一緒には行かないと言っている様だ。


「ディート先生、この子にもう会えないってどういう事でしょうか?」


 不思議で訊いてみたら


「ああ、幻獣が巣から出られるようになるのは個体差があるんだが、ドラゴンでこんだけ小っさいとおそらく三十年位余裕でかかる。そうすると、幻獣を得られなかった場合、エルザはまあ、死んでるだろうな」


「……ありがとうございます、教えて頂いて……」


 暗くなってしまった。

 私、幻獣を得られないと後三十年も生きられないのか……


「キュウ、キュウ!」


 赤ちゃんドラゴンが自分がいるから大丈夫だと慰めてくれている様だ。

 思わず笑みがこぼれる。


「ありがとう」


 お礼を言ったら


「キュウ!」


 赤ちゃんドラゴンは嬉しそうに鳴いている。



 ディート先生は頭を掻きながら


「王、この赤ん坊はもう相手を定めている。無理に引き離すのは精神衛生上も大層よろしくない――――ええ、分かっています。前例が無いと言うのでしょう? 前例は創る物ですよ、王」


 ディート先生は幻獣の王様と会話をしている様だ。


「――――はい、双方リスクはあると思いますが、最善はそれしかないかと。陛下はなんと?」


 陛下って皇帝陛下だろうか。

 ディート先生、幻獣の王様経由で皇帝陛下とも会話しているのかな。


「――――分かりました。ではその様に」


 会話が終わったのだろう、ディート先生は赤ちゃんドラゴンに向き直る。


「お前さん、エルザと一緒にいたいなら、エルザと誓約を交わしたらどうだ?」


「キュウ?」


 私は驚きすぎて声が出ない。

 赤ちゃんドラゴンは、誓約を交わしても私が大丈夫かと心配してくれている様だ。


「まあなぁ。こんな幼い幻獣が誓約交わした記録とか確かにないな……でもお前さんはエルザが良いんだろ?」


「キュウ!」


「なら、お互いのリスクは承知の上で判断しないとな。それでもお前さんが誓約を交わせば、エルザの寿命が延びるし色々助かるのも事実だな。まあ力不足は否めないが、無いよりマシだ」


「……キュウ」


「ああ、確かに余計に身体が弱っちまうかもしれない。だが、強くなるかもしれないだろ? 仕様がない、これは賭けだ。身体が弱くなろうが、寿命は延びるしな――――それが幸福かは知らないが」


「キュウ、キュウ」


「そうだな、ちょっと考えてろ。その間にエルザに説明する」


 思考停止状態の私はなんとか脳味噌を再起動させて、屈んで私と視線を合わせて真剣な表情をしているディート先生の話を聞く。


「エルザ、この赤ん坊幻獣と誓約を交わせば、寿命は確実に延びる。だが、身体がより強くなるか、弱くなるかは、賭けになっちまう。その上色々な抵抗力も低下するかもしれない危険もある」


 ディート先生は続けて


「お前の父親のハインに許可も求めないで決めるのは身勝手だとは思う。それでも皇帝陛下からの許可はもらった。後はお前がどうするか決めるだけだ。子供のお前には酷な事だと承知しているが、猶予が無い」


 それから深刻そうな表情になる。


「他の幻獣を得るのは、不可能だ。どんだけ幼かろうがドラゴンに見初められたら、他の幻獣は絶対に誓約を交わしてはくれない。その上、それ以前に他の幻獣を得ていたとしても解除になる。例外は妖精だけだ」


 ディート先生は更に付け加えた。


「この赤ん坊ドラゴンは、エルザと誓約を交わせなければ、一生だれとも誓約を交わせない。ドラゴンは一度相手を見初めたらその相手と誓約を交わせなければ、次の相手を選べない様に出来てるからな。その上こいつは幼いだろ。だから巣に行くか誓約を交わすかしないと、命に関わる」


 溜め息を吐いたディート先生は私に問う。


「巣に一度行ったら育つまで出せねえ。何があるか分からないからな。大体、育つ頃にはエルザは死んでる。それと言っちまうが、誰とも誓約を交わせない幻獣、ってのは幸福感を感じられないらしい――――どうする、エルザ?」




 それなら、私の答えはとっくに決まっているのだ。

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