第15話

 初夏になり、フリードのお茶会の帰り、涼しくて気持ちが良い帝宮の裏庭に行ってみる事にした。

 あそこは裏の山脈の花や栗鼠とか鳥が来ていて見ていて楽しいのだ。

 偶に猛禽類が来たりして、カッコいいと思っている。



 着いてみると既に先客がいた。

 シュテファンが裏庭で小鳥にパン屑やご飯粒とかをあげている。

 凄く楽しそうだ。



 こっそり覗いていたのだが、気が付かれてしまった。


「な、何ですか!」


 何だか脅えられているというか、毛の逆立った猫というか……

 彼の大きめの瞳が警戒色を如実に表している。

 こういう場合、どうしたら?

 等と悩んでいたら、肩に小鳥がとまった。



 オオルリみたいな綺麗な青い鳥だ。

 あとはヨーロッパコマドリみたいなのと、ミソサザイみたいなのとか色々だ。

 頭の上やら、腕を伸ばしたらその上とか、とにかく様々な種類の小鳥にとまられた。



 そういえば、前世、小鳥を拾った事がある。



 怖い、小鳥。

 本能が、関わってはいけない。

 危険なモノだ。

 忌避すべきモノだ。

 禍々しいモノだと告げていた。



 でも、傷ついていたから。

 何よりも、その小鳥が苦しんで、悲しんで、絶望している様に感じたから。

 だから、放っておけなかった。



 家に連れ帰り、一生懸命世話をしたのだが、気がついたら、いなくなっていたのだ。


「凄い! 僕には懐いてくれないのに……良いなぁ」


 目を輝かせながらシュテファンが言う。

 小鳥、好きなのかな。

 そう思ったから訊いてみた。


「小鳥、好きなの?」


「うん。動物全般が好きなんだけど、僕の立場じゃ飼えないから、せめて小鳥を見たくて餌付けしていたんだ」


 恥ずかしそうに教えてくれた。

 おお、そう言えば、口調がいつもの丁寧語ではなく普通だ。


「もしかして、実家では何か飼っていたの?」


「えっと、犬が三匹に、猫が二匹。あと陸亀が一匹。色んな種類のがいたんだよ」


 懐かしそうに、どこか寂しそうに言う。


「家、大きかったの?」


「貴族や士爵じゃないし、そんなに大きくはなかったかな。普通の家だと思うけど」


 何だか恥ずかしそうに下を向く。

 私にはこちらの普通が良く分からない。

 何せ周りは貴族だらけだし、帝宮か貴族の家以外行った事がない。

 ケガをさせられた以降は帝宮か四大公爵家、もしくはエドの家以外行ってはダメになって、お茶会もそれ以外の子の家には行けなくなった。


「お父様の職業って聞いても良い?」


「うん、政府の研究機関で働いているんだ。魔石関係の研究だって言ってた。僕もそういう研究がしたいんだけど……」


 ますます顔が下を向く。


「どうして下を向くの? 魔石関係の研究って凄いと思うし、シュテファンもしたら良いと思うよ」


 そう言ったら、彼が弾かれたように顔を上げる。


「だって魔石の改良の研究とか地味だし、貴族の皆に言っても、紫の瞳を持っているのなら戦闘技術を磨いた方が良いって口を揃えて言う!」


 悔しいのか、悲しいのか複雑な表情だ。

 でも、彼がこの事で苦しんでいるらしいのは分かった。


「魔石って魔導具を動かすのに必須だし、魔石が改良されたら喜ぶ人は多いと思うよ。エネルギーの根幹だし! あと個人的には魔石がないと生活できないから助かるかな」


 うん、私、普通の人と違って魔力が無いから魔導具を動かすのに絶対いるのだ。


「それに魔導師総長閣下は、医者としてもこの国で一番だって聞いたよ」


 お母様を診て下さったのが、魔導師総長様だったな。

 フェルのお父様でヒューおじ様だ。

 忙しいのにありがたかった。



 何だかシュテファンは途方に暮れている様だ。


「戦闘技術の鍛錬も研究もやれって言うの?」


 何だか項垂れているのだが……


「無理なの? シュテファンは頭も良くて手先も器用で勘が良いってお父様がおっしゃっていたのだけど。寿命だって紫の瞳なんだから三百歳以上あるんだし、無理と決めつけるのはどうかなと思う」


 正直に思った事を言ってみた。

 私の感覚から言うと、三百歳って人生三回以上出来る印象だ。

 それも老いもなく三百年。

 これって色々やれる事が多いと思ってしまうのだが、こちらの感覚は違うのだろうか。


「――――確かに、決めつけるのは良くないな。うん、国を守るのも豊かにするのも、両立させてこその紫の瞳に生まれた意味だよね」


 しばし考え込んでいたが、溜息一つ。

 吹っ切ったらしい。

 凄いな。

 私は三百年も生きれなさそうだから、ちょっと羨ましくはあるけれど、その決意を清々しい笑顔で告げられたから、素直に祝福出来る。


「うん、きっと大丈夫だよ。根拠は無いけど、悩んで何もしないより、絶対良いと思う」


「ありがとう。何だかすっきりしたよ」


 初めて心からの微笑みを見た気がした。

 フェルは中性的な顔だけど、シュテファンは完璧に女顔なんだよなぁ。

 美少女の微笑みにしか見えない。





 それから二人で色々話してしまった。

 だから分かった事が沢山ある。



 まず、彼は四人兄弟の二番目。

 上に姉、下に双子の妹と弟、という構成だったという。



 そして家族全員が動物好き。

 ただし、野良猫等の動物に餌やりには絶対反対だったらしい。

 無責任に餌をやるなら責任もって飼え派らしく、猫二匹は元は野良猫だという。



 だから寂しさを紛らわせるためとはいえ、帝宮で小鳥に餌やりは正直心苦しかったらしい。

 それでも動物に癒しを求めるしか逃げ場がなかったという。



 平民の自分はどうしても皇族や貴族には身構えてしまって、帝宮にいると心が休まらなかったとポツリと言われた。

 その上自分の夢まで否定されて、かなりこたえていたみたい。




 それから意を決した様に


「先日は無礼な態度を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。何卒お許しください」


 そう言って、土下座するかの様な勢いで謝られた。

 だから、私は本当に気にしていない事と、敬語ばかりじゃ疲れるだろうから、私しか居ない時は普通に話して大丈夫だと伝えた。

 迷っている彼に



「私は普通に話してくれた方が嬉しいの。それに帝立の魔法学校には平民も入学すると聞いたわ。そこで新しく友達を作るのも良いと思うけれど、それまでの繋ぎでも良いから、アンド達も怖くないわよ。仲良くなってみるのも良いと思う。それに幻獣を得たら貴族でしょう? 貴族に慣れるのも大事だと思うわ」


 そう思っている事を伝えた。



 平民の人って、私が思うよりもずっと貴族を畏怖しているというか、怖がっているのが分かった。

 私にはその恐怖が良く理解出来ないのだが、自分よりずっとあらゆる意味で力が強い人を畏れている感じみたいだ。

 それでいて、皇帝陛下や貴族達にも尊敬の気持ちや愛着もある。



 凄く色々難しい。

 それでも皇族も貴族も嫌われてはいない様で嬉しいかな。



 強力な武器をいつでも自由に使える力を持った人が側にいる感じなのだろうか。

 殺されるときは殺されるのだし、確かに怖いが、殺されるのは仕方がないと私は思ってしまうのだが……





 シュ―と話し込んでしまったが、あまり遅いと心配されるので別れたのだ。



 小鳥さん達は私が裏庭を出るまで留まっていた。

 前世も色々動物とか寄って来たのを思い出す。



 今世でも外で本を読んでいたら小鳥とか栗鼠とか寄って来ていた。

 アデラやアギロがいたら来ないのは不思議だったな。

 何故なのだろう。

 今度アギロにでも訊いてみるかな。


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