第14話

 後日公爵令嬢であるユーディトが、改めて謝りに訪ねてきた。

 彼女の事は個人的に好意を持っている。

 誇り高く、真面目で、所作も美しい上背筋をいつもピンと伸ばしていて、これぞ貴族令嬢といった感じで憧れているから。

 しかも、お菓子の好みもおそらく一緒だ。



「未来の皇妃にして筆頭大公爵家令嬢たるエルザ様にケガを負わせるなど、主催者として大変申し訳ありませんでした。今後、このような事のないよう努めます。何とぞお許し下さい」


 真摯に頭を下げられる。


「頭をお上げ下さい。私は気にしておりませんし、ケガもすぐに治していただきました。私の方こそ、不注意でケガをしましたのに、わざわざご足労いただき、本当にありがとうございます」


 そう思った事を言ったのだが


「いえ、当然の事です」


 そういうユーディト公爵令嬢だが、明らかに憔悴している。

 よほど気に病んでおられるのか、何かあるのか。



 彼女が心配で訊ねた。


「ずいぶんとお疲れのようですが、何かありましたか?」


「いえ、なにもございません。ただ申し訳なく思っております。こうして面会して頂けるだけでも本当にありがたく思っておりますから」


 最初に彼女と会ったのはルディのお茶会だったかな。

 その時から一年以上経つけれど、どんどんやつれていっているような気がして、本当に心配していた。

 声はかけたりしていたのだが、どうしたのかと尋ねるといつもの覇気がなく、曖昧に微笑んでいたので余計に心配していたのだ。


「話しずらい事でしたら無理にとは申しませんが、誰かに話す事で楽になるのでしたら、うかがいますわ。溜め込んで潰れてしまったら、大変ですもの」


 そう言って労るように微笑む。


「重ね重ねありがとうございます。……お言葉に甘えても?」


 今回も断られるかなと思ったのだが、彼女は思わずといった感じでそう言った。

 珍しく、おずおずと遠慮がちにとつとつと語ってくれた。



 色々ぼやかしたり、はっきりとは言わず遠回しにしているが、要約するとこうなる。



 彼女の家はエリザベート皇女殿下の母親と親戚のため、色々その皇女殿下とその母親のわがままの被害にあっているらしい。

 エリザベート皇女殿下の母親の実家は匙をなげ全く関わらないというか、無視で、とばっちりが彼女の家に来るのだとか。

 彼女はとても両親の甘さを嘆いていた。

 彼女の弟も妹も両親にあの親子に関わらない様に言っているのだが、相手に押し切られてしまうという。



 ユーディトの家と懇意にしている他の貴族の子供たちにも迷惑がかかっているらしい。




 そうか、あのエリザベート皇女殿下がお茶会に来る可能性が高いから、私は彼女の主催するお茶会には七歳まで出席出来なかったのだ。

 訊いたら今回も当日に突然現れたらしい。

 当日に突然って、それってどうなの。

 相手の迷惑とか考えないのかな。

 母親とか周りは彼女の教育どうなっているのかはなはだ疑問だ。



 ユーディトも私に話した事でいくらか気持ちの整理がついたらしい。

 表情が和らいでいた。


「重ね重ね申し訳ありません。とりとめのない話を聞いて頂き、ありがとうございました。身内の恥を晒すようで心苦しいのですが、幾分楽になりました」


 話して多少はすっきりしたみたいだ。

 よっぽど詰まっていたのかな。



 どうも彼女、自分が迷惑を被る分にはいいのだが、家に被害が及んだり、懇意にしている子達に迷惑をかけているのが耐えられないみたいだ。

 母親は姉であるエリザベート皇女殿下の母親に逆らえないみたいだし、リューネブルク公爵家はエリザベート皇女殿下の母親の実家に借りがあるとかで強く言えないみたいだ。



 その借りというのが、彼女の曽祖父が命を助けられたとかいうのだから、難しい問題だ。

 戦時の事らしいのだが、かなり絶望的な状況で命を救われたらしい。



 当時リューネブルク公爵家にはユーディトの曽祖父である彼しか跡継ぎがおらず、彼の両親は既に亡く、彼の祖父母には他に子もない上年齢的に子は望めるかどうかで、家が絶えるかもしれなかったらしい。

 外見の年齢は若くても流石に三百歳近いと子供は難しいと聞いた。

 魔素の影響がどうもあるという話だ。





 彼女が帰ってから、色々考えてしまった。

 丁度この日はお父様が早く帰って来たので、ユーディトの話になる。

 イザークが来たあたりから割と一緒に食事も出来るようになっていたのだが、最近また忙しいみたいで中々会えないのだ。



 お父様は彼女の家の事情は承知していた。

 ただの命の恩人というだけではなく、家の存続の危機を救われたのだから、恩は結構重いらしいのだ。



 ユーディトの家の事はお父様も何とかしたいとは思っているみたい。

 ただ、エリザベート皇女殿下の母親の実家のブラウンシュヴァイク公爵家も難しい立場らしく、気にしているみたいだ。

 お父様的には現ブラウンシュヴァイク公爵には好意的な印象を受けた。



 現在のエリザベート皇女殿下の母親の実家である、ブラウンシュヴァイク公爵家の当主はその母親の兄で、妹も先代の当主も嫌厭していて、仲は最悪だったらしい。

 だから妹のいう事にも徹底的に無視しているし、彼女の言い分は現当主的にというか常識的におかしいので取り合わないという。

 だが人の良いリューネブルク公爵家の当主夫妻が断れずに被害を被るらしい。



 ブラウンシュヴァイク公爵も、リューネブルク公爵とその妻である妹に、あの親子には関わるなと言っているそうなのだが、中々難しいみたいだ。

 当主たるブラウンシュヴァイク公爵が、恩は気にしなくても良いから無視しろと言ってくれているそうなので、断ろうと思えば断れるらしい。

 だが、兄と折り合いが悪いエリザベート皇女殿下の母親であるドロテーアは、実家は最初から無視で、昔から自分に逆らえなかった妹の居るリューネブルク公爵家に無理難題を持ち込むという。



 現リューネブルク公爵も人が良いらしく、強くというか頭がおかしいレベルの強硬さに辟易して最後は承諾してしまうという話だ。

 それで先代のリューネブルク公爵が出張って、何とか最小限の被害にしているらしい。



 うん、リューネブルク公爵の気持ちも分からなくもない。

 頭がおかしい人とかどうして良いか分からないよね。

 しかもそれが身内で恩がある家の人とか悪夢だ。



 それでも貴族の当主なら、そんな頭のおかしい人の要求は無視するべきなのだとお父様は言う。

 ドロテーアは公的には何の立場も無い。

 無視したところで貴族としては問題ないらしいのだ。

 裁判だとかおこされてもリューネブルク公爵家の勝利は確定しているという。



 いっそリューネブルク家が裁判をおこすのも手ではあるみたいだ。

 それでドロテーアを追放処分に出来るという。

 第三皇子殿下も監督不行き届きという事で、第三皇子殿下とその娘の権限も制限できるかもしれないらしい。



 いっそお父様から皇帝陛下に進言しても良いらしいのだが、第一皇子であるアルブレクト殿下から話しを持っていった方が丸く収まるかもしれないみたいだ。

 もしくはお祖母様。

 それもこれも第三皇子殿下が関わるから面倒な事になっているみたいだ。

 彼はドロテーアにかなり盲目らしい。

 お父様に言わせると不敬だが傷の舐め合いと仰っていた。



 この頃また忙しくなってごめんとお父様は私に謝っている。



 私は仕事を頑張っているお父様も大好きだから大丈夫と伝えたら、エルザの成長はもっと側で見ていたいんだけどねとちょっと寂しそうに仰っていた。

 責任ある立場のお父様なのだから、こればかりは仕方がないと思うが、私もちょっと寂しいのでもっといて欲しいとは思っている。

 なので会えた時はなるべく甘えてみようかなと思ったり。

 お父様に高い高いされるのも頬擦りされるのも嫌いじゃないしね。





 私がケガをさせられたのも良い機会だからと、お父様は色々動いているみたいだ。

 ユーディトがドロテーア親子から解放されたら良いなと思う。

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