第16話 シュテファン
僕の家は普通の一般家庭だと思う。
曾祖母、祖父母に父、母、九つ年上の姉、一つ下の双子の妹と弟の九人家族。
これに犬が三匹に猫が二匹、陸亀一匹だ。後は命獣が二頭。
犬は大型犬一匹、中型犬一匹、小型犬一匹。
猫は小型の長毛種と普通の短毛種。
陸亀はそんなに大きくはならない種類だ。
命獣は狼型と豹型。
家族全員動物好きで、祖母と母は使役獣使いのインストラクターをしていた。
引退したが曾祖母も同じ使役獣使いのインストラクターだったらしい。
使役獣は主に従うし、無理に従わせる事も可能だけれど、そんな人は三流とのこと。
幻獣と誓約を交わす関係の様に、お互いの信頼関係で結ばれるのが一流の使役獣との関係だという。
祖母も母も使役獣使いのインストラクターとしては一流だと思う。
相手の心をあっという間に掴んでしまうのだ。
そして命獣だって使役獣にあっという間になってしまう。
祖母や母の仕事を見せてもらった時、本当に二人に憧れたのだが、自分にはあまりそっちの才能は無いみたいだった。
家で飼っている犬や猫も僕はそれなりに懐いてはくれていたと思う。
一生懸命世話をしていたのだが、どちらかというと弟に一番懐いていた。
祖母も母も、弟に使役獣使いのインストラクターの才能が姉弟で一番あると思ってたみたいだ。
弟に言わせると、僕は将来幻獣を得られるのだろうからと凄く羨ましがられた。
命獣は普通は飼えない。
許可がいるのだが、一般家庭じゃ中々許可は下りないからだ。
曾祖母、祖母と母が使役獣使いのインストラクターだから何とか許可が下りたのだという。
これが農園とか経営していたら話は別。
命獣を使役獣にして、農園のパトロールをしてもらうのだ。
魔導機器でも可能だが、令獣が侵入してきたりしたら厄介だから、対応できる命獣に頑張ってもらうという。
何故か令獣より命獣の方が強いんだとか。
だから広い農地を持つ貴族や士爵は普通に命獣を沢山持っている。
馬車に必ず使うから、馬の命獣は必須らしい。
祖母や母はそれで貴族とかの領地に行ったりしている事が多い。
だから交通の便が良い帝都に住んでいる。
あとレムリア王国とかにも行っているんだけど。
レムリア王国の王侯貴族は使役獣を持っているらしい。
祖母も母も好きだし、その仕事には憧れもあったが、僕はどちらかというと祖父や父の研究の方が興味があった。
祖父も父も研究者で、僕もなりたいとずっと思っていたから。
曽祖父も研究者だったと聞いているのもあって、同じ仕事に就きたいと願っていたんだ。
それがどうやら無理らしいと分かったのは、帝宮に引き取られてから。
大好きな家族と引き離されて、とても寂しかった。
だが、僕は紫の瞳を持って生まれたから、その責任を果たさなければならない。
これは曾祖母、祖父母にも両親にも言い聞かせられて育った。
曾祖母、祖父母も両親も普通の範疇の人達だったから、何故我が家に紫の瞳の子供がと本当に驚いたらしい。
それでも、ある程度の年齢になるまで会えなくなるのは寂しいと思ったという。
だが紫の瞳の子供は国の宝で、そんな子を授かったのは嬉しかったし誇らしかったと教えてくれた。
自分の身を自分で守れるようになるまでは、何があるか分からないから、帝国の保護下にあるのが義務なのだから仕方ないと納得したという。
もし攫われても、自分達では救出も出来ないだろうし、それならしっかり自分を守れるようになるまで預けた方が僕の為だと思ったらしい。
せっかくの才能なのだし、国の為にもなるしで家族は僕を帝国に任せた。
家族に言わせると、僕は覚えが格段に良いらしい。
良く分からなかったが。
僕には色々出来て当たり前で、姉や妹達が出来ないのが分からなかった。
年齢的な物もあるのかとも思ったが、姉は僕より年上なのに、僕の方が何かと器用で色々出来た。
姉は学校の成績もそう悪くはないらしい。
普通の私立の学校だから、一般的だと思う。
私立の学校といっても、帝立の魔法学校とか最高峰の国立の高等学校を目指す様なレベルではないところだ。
普通にしていれば良い学校に入れるレベルだったと思う。
魔力が強いとそれだけで普通とは色々違うのが分かった。
無意識レベルで色々強化してしまうらしい。
そして人によって本当に魔力の差があって、強い人は本当に弱い人と比べると何億倍以上も違うと聞いた。
その差がなんだか怖かったのを憶えている。
引き取られてから必死で学んだ。
寂しさを紛らわせていたのは否めない。
周りが貴族とか士爵ばかりで委縮していたのも確かだ。
祖母も母も貴族の領地に行っても基本的には家の執事が対応していて、貴族本人と直接あった事は殆どないと言っていた。
だって貴族だ。
僕達の様な平民とは責任も立場も寿命も何もかも違う、ある意味雲の上の存在。
更に皇族とかもうどうして良いか分からない。
彼等に逆らうなどありえないし、従って当然だ。
貴族以上には畏怖と恐怖を懐くのは平民なら当然だろう。
士爵だって幻獣や妖精と誓約を交わすような平民とは違う存在なのだから、その上位とかもう本当に怖い。
崇め奉って慈悲を乞いたい感じ。
皇帝陛下はもう神様だ。
崇拝するのは帝国民なら当たり前。
国の要だと思うし尊敬もしている。
それを抜きにしても、皇帝陛下を始めとした皇族や貴族の方々には、僕らの先祖を救い給うた、どれ程年月が経とうと返せない程の大恩があるのだ。
従うのも仕えるのも当然だろう。
大体、恩を返せない様な人は来世真面な存在に転生出来ないと言われているから、余計に有り得ない。
それに国を導いてきた人達だから愛着も敬愛もある。
怖いけどね。
皇族や貴族が怖いのは、士爵でも不興を買ったら大変なのに、貴族に睨まれたら真面に生活できないなんてレベルじゃないから。
まず生きていけない。
死ぬより恐ろしい目に遭うと聞いた。
そう、触らぬ神に祟りなしなのだ。
普通に生活していたら、まず貴族と接点とかない。
貴族と直接会う機会なんて一般人には無いんだ。
家に出入りしていても大抵は執事や侍女が出ておしまいだという。
家令や家政婦長にすら滅多に会えないと聞いた。
例外は学園都市だという。
そこには帝立の魔法学校があるから、通うのが必須の貴族の子供達と街中で会うこともあるという。
貴族の子供達もまだ家は継いでいない上、学生の気楽さもあるし、貴族は皆容姿が優れているのもあってアイドルみたいに騒いでも、そう被害はないらしい。
それで親しくなろうと頑張る平民の人達もいるとか。
だから学園都市の学校は倍率が相当高いらしい。
恐ろしいやら寂しいやらで、こっそり裏庭で泣いてしまう様になった。
女の子に見られた時は、恥ずかしさのあまりつっけんどんな態度になってしまったけれど。
あの年齢でこの帝宮にいるという事は貴族だったんだろうと、後で青くなった。
どうしよう、あの子とまた会った時、気が付かれて不興を買っていたらどうしたら……
かなり混乱していた。
そんなある日、後見人である宰相閣下から紹介されたのが、皇族で皇帝陛下になる可能性のあるお二人に、四大公爵家の子息と令嬢達だった。
正直に言えば、目の前が真っ暗になっていた。
その皇子殿下方も令息と令嬢達も、よく見たら見覚えがある。
一年以上前に筆頭大公爵家に行った事があるのだ。
その時、今日紹介された人のほとんどがいたと思う。
僕はまだ帝宮に引き取られて間もなかったし、ガチガチに緊張していたが、皆容姿が凄まじいから何となく印象に残っていた。
そして、筆頭大公爵家の令嬢、彼女に泣き顔を見られたのだと分かり、自分の迂闊さを恨んだ。
以前に会った事があったのに、何故分からなかったのだろう。
泣き顔を見られた事で頭に血が上り、ろくに相手を確かめられなかったのが大きい。
改めて紹介された時、声に聞き覚えがあって、もしやと記憶をさらってみたら、彼女で、途方に暮れた。
未来の皇妃で筆頭大公爵家の令嬢とか、雲の上の更に上で、どう対応したら良いか分からず、取りあえず会っていません。
他人の空似ですをやってみた。
気が付かれてそうだと思う。
ただ彼女は何も言わない。
それが不思議だし、不気味だしで会うのが怖かった。
だって筆頭大公爵家の当主とか、貴族や士爵の総元締めじゃないか。
何か貴族家や士爵家で問題がおきたら直ぐに話がいくというし、貴族や士爵を裁いたり、場合によっては皇帝陛下に進言して採決を仰いだりすると聞く。
貴族や士爵にとっては逆らっちゃいけない相手だ。
それで小鳥に逃げ場を求めてしまった。
その事だけじゃない。
祖父や父の様な魔石の研究はずっとしたかったんだ。
紫の瞳だから、やれる事も多いんじゃないかと密かに喜んでいたのに、研究がしてみたいのだと夢を語ると、必ず否定された。
それよりも戦闘技術を学んだ方が有意義だと。
確かに力の制御は大切だと思うし、国を守るのも大事なのは分かっている。
友好国以外からは魔族と敵視されているのも知っているし、祖母も母もレムリア王国でレムリア王国人以外の人から嫌な思いをさせられたと言っていた。
具体的には教えてくれなかったが、危害を加えられそうになったらしい。
それを聞いた時は憤った。
祖母や母が何をしたというんだ。
一方的に敵視されたら、誰だって良い気はしないし、身を守ろうとすると思う。
自分の故郷や家族が害されたらやっぱり許せないと思うから。
だから、戦闘技術を学んだ方が良いと言うのは分かる。
人より魔力が優れているのだから、人より出来る事も多い。
当然、義務や責任も発生する。
自分勝手に生きようとは思わない。
そんな事をしても楽しくないし、自分が納得出来ない。
義務や責任を果たすのは苦痛ではない。
でも、他にもしたい事があるんだ。
そんなぐちゃぐちゃと考え、欝々としていたから、小鳥は癒しだった。
パン屑とご飯粒を調理場で貰うのが日課になっていたんだ。
調理場の人達は平民の人もいて気が休まったから。
同じ紫の瞳で平民のディルクに会えたのは嬉しかった。
仲間が出来たんだ。
彼も皇族や貴族に会う時は緊張すると言っていた。
ただ接している内に慣れてはくるらしい。
それでも畏怖は消えないと言う。
僕も接している内に慣れてくるのかなと思いながら、小鳥に餌をやっていた。
その時、ふと、視線を感じたんだ。
そちらを見てみたら、エルザ様で、パニック状態になった。
彼女にはとても失礼な態度を取ってしまったから、どんな罰が待っているのかと恐慌状態だ。
そんな時、エルザ様に青い小鳥がとまった。
オオルリだ。
それ以外も沢山。
素直に驚いてしまって、心が不思議と落ち着いた。
エルザ様と普通に話が出来た。
考えてみたら、皇族のお二方も、四大公爵家の皆様や、バーベンベルク公爵家のご子息も良い方ばかりだった。
偉ぶった所もなく、僕にも親し気に話しかけて下さっていたんだ。
エルザ様はディルクにも普通に話す。
今まで知っている貴族の令嬢より割と庶民的な感じがした。
アウレーリア様とかは、これぞ貴族令嬢、という感じなのに。
エルザ様と話していると、心が安らいでくるのを感じた。
ささくれ立っていたのが落ち着く感じ。
そしてエルザ様から、思わぬ提案をされた。
今まで考えてもみなかった事だ。
そう、戦闘技術も、魔石の研究も、両立したらいいんだ。
幸い僕はまだ貴族じゃない。
幻獣を得たら貴族だから、領地経営も学ばなければならない。
他にも沢山学ぶ事は多い。
それでも、最初から無理だと決めつけたらダメだよね。
どっちつかず何て無様はさらさない。
折角の寿命を無駄になんてしない。
そう、僕は曾祖母、祖父母や両親より倍以上の寿命がある。
やってやれない事はないはずだ。
やるからには国にとって恥ずかしい真似は許されない。
どっちも両立して中途半端なんてするものか。
どちらも突き詰めてみせる。
決心したら、心が晴れやかになった。
心にはびこっていた厚い雲が晴れていく。
眩しい光が射し込んだ感じ。
難しく考え過ぎていたのかもしれない。
僕は結構単純だと思うから、それで思考の迷路にはまってしまったのだろう。
そしてエルザ様は僕の話を嫌がりもせず、真剣に聞いてくれた。
だから、思い切って先日の無礼を謝った。
するとエルザ様は
「気にしていないわ。誰だって見られたら嫌な事ってあるでしょう? それと、私だけなら敬語で話さなくても大丈夫よ。他の人は嫌がるかもしれないから、居ない時だけでも普通に話せたら気が楽になるでしょ」
微笑んでそうおっしゃった。
逡巡している僕に
「私は普通に話してくれた方が嬉しいの。それに帝立の魔法学校には平民も入学すると聞いたわ。そこで新しく友達を作るのも良いと思うけれど、それまでの繋ぎでも良いから、アンド達も怖くないわよ。仲良くなってみるのも良いと思う。それに幻獣を得たら貴族でしょう? 貴族に慣れるのも大事だと思うわ」
確かにそうなんだ。
幻獣と誓約を交わしたら貴族なんだ、僕の場合。
ならば怖がってばかりもいられないと決意も新たにしたが、やっぱり怖い物は怖い。
それでも、エルザ様達は良い方達だと思うから、僕の方から壁を作るのはやめにしようと思う。
うん、心が決まれば、後は実行あるのみだ。
後で思い返してみれば、エルザ様に敬語じゃなくてかなり失礼な言葉遣いだったと思うのだが、エルザ様は気にしていなかったみたいだ。
しかも、普通に話して良いとおっしゃってくれた。
本当にありがたいけれど、人前でも普通に話しそうでちょっと怖いから、やっぱり敬語で話そうと思う。
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