第21話

 目が覚めたのがお昼過ぎだった。

 お腹が空いて目が覚めるとかどうなの私。

 ぐっすりと眠ったから、頭はスッキリしている、と思う。

 疲れすぎていたからあっという間に寝てしまったし、夢を見る事も無かった。



 目覚めは良かったが、それでも昨日の恐怖は、まだ色濃く心に残っている。



 昨日は朝食しか取っていなかったのに、皆は良く動けたものだと改めて驚く。

 緊張していてそれどころではなかったという事かもしれない。



 今夜は悪い夢を見そうで怖い。

 疲れたら直ぐに眠れそうだけれど、どうやって疲れたらいいんだろう。

 そんな事を考えていた。





 私が起きたことを知らせると、私の従者予定のアイクと侍女予定のカーラの姉弟が現れた。



 金茶の髪に青緑色の瞳でやんちゃそうな顔の男の子がエギル。

 金茶の髪に金茶の瞳で明るく元気な女の子がカーラ。

 二人は双子の姉弟で、執事のバルドと侍女頭のブランシェ夫婦の子供だ。



 バルドは代々我が大公爵家に仕えている家系の人間で、ブランシェはお母様付きで、お母様の生まれた国から付き添ってきた人だ。



 上位貴族の家では家令が使用人を取りまとめている。

 その下に男性なら執事で彼等の下に男性の使用人。

 女性なら家政婦長で彼女の下に女性使用人。

 子爵以下の貴族の家では家令がいなくて、執事が使用人全てを取りまとめている場合が多いという。



 アイクもカーラも胸が張り裂けんばかりに私をとても心配していたが、昨日は会いに来るのを止められていたみたいだ。

 だから様子を見に飛んできたという。



 ブランシェが身支度を整えるからと部屋から追い出したが、今日は付いていたいと一生懸命訴えている。

 ブランシェがどうしますかと尋ねてきたから、昨日は心配をかけたから、付いていても構わないと伝えておいた。





 まる一日振りのご飯はおかゆというか、これは雑炊かな? みたいなものとヨーグルトに果物とジャム、蜂蜜とジュースという物だった。

 果物は生の皮ごと食べられる種無しの大きな葡萄に、デーツだ。

 デーツは確かナツメヤシの実で、友好国のレムリア王国の特産品だったかな。

 帝国でも採れると聞いた筈。



 お腹に優しい配慮だ。

 ありがとう、料理長!



 ご飯は野菜を細かく切った物と混ざっていて、そこにとろみのある鳥そぼろ餡がかかっている。

 塩のシンプルな味付けに、出汁のきいた醤油味の餡が美味しい。

 半熟玉子を割ると中から黄身がトロリと出てきた。



 ヨーグルトには蜂蜜をかけて食べる。

 ジャムより蜂蜜な気分だったのだ。

 ジャムは無花果で残すのが勿体ないと思って見ていたら、ブランシェが


「ヨーグルトをお代わりいたしますか?」


 と聞いてくれたので喜んでお代わりした。

 食べ過ぎって事はないと思うのだが。

 昨日食べていないし大丈夫、だろう。



 ジュースは林檎ジュースで、前世で従兄弟の家で飲んだ、高級なジュースの味だ。

 今はもう結構慣れたと思う。

 我が家のジュースという感じの安心感。

 手作りみたいだし。

 改めて、家に帰って来たと実感する。



 アイクとカーラは、私が食べているのを横で嬉しそうに眺めているものだから、ちょっと気恥ずかしかった。





 お腹も一杯になって一息ついたら、読書をするふりをしつつ昨日の事を色々整理してみる事に。

 色々混乱していてうまく消化できてはいないのだ。

 相変わらずアイクとカーラは付いてくるが、特に私から話しかけなければ問題にはならないだろう。

 彼等にも沢山心配を掛けたのだから、一緒にいることも苦痛ではないし。



 私もエドもフェルも帝宮から攫われた。

 つまり、帝宮に手引きした者がいるという事だろう。



 敵国の手は帝宮にまで伸びていたという事なのだろうか。



 それに、あれからどうなったのだろう。

 アデラの結晶化した物は元の妖精であるアデラに戻ったのだろうか。



 ディルクはどうなったのかもわからない。



 あの初めに会ったクラウディオはどうしたのだろう。

 無事だろうか。



 とにかく、誰か事情に詳しい人に聞かないとさっぱり分からない。

 アギロにでも聞こうと思って行方を尋ねたら、お父様と一緒に帝宮に行っていて昨日から帰っていないという。



 やはり大事になっているのだろうか。

 お父様もアギロも昨日から寝ていないのかもしれない。

 大丈夫かな。



 エドもフェルもディルクも昨日は寝れたのだろうか。

 心配は後から後から湧いてくる。





 おやつの蓮の実の砂糖付けを食べていたら、祖父母が心配して会いに来てくれた。

 本当はもっと早く来たかったらしいが、落ち着いてからと待っていてくれたみたいだ。



 お腹が一杯になって、家に帰って来たと随分安心してからだからだろう、祖父母に会っても落ち着いていられた。

 やっぱり怖かったし、かなり気が滅入っていたから、祖父母の顔を見てほっとしたし嬉しかったのだ。

 アイクとカーラみたいに、いつもいる人達をみるとやっぱり安心する。



 曽祖父母は映像だったけれど、魔導具で会話した。

 近いうちに会いに行くとのこと。

 こちらも私が落ち着くまで連絡を控えてくれていたみたいだ。

 ありがたい。



 母方の祖父母と叔父も映像だったが、会話出来た。

 三人共とても心配していたらしい。

 中々会いに行けなくてと謝られたが、こうして会話出来るだけでも嬉しいと心から伝えた。







 お父様とアギロは夕方過ぎに帰ってきたのだ。

 夕食は一緒に取れそうで嬉しくなる。

 アイクとカーラは流石に当主の食事には遠慮するように言われたらしく、残念そうに席を外した。



 お父様も私も今日は和風っぽいメニューだ。

 あまり脂っこい感じがしないから、お腹に優しいのかな。

 品数も少なめだ。

 アギロは食事中の私たちから少し離れた所で蹲って眠っている。

 疲れたのかな。



 鰹と間八の和風カルパッチョかな。

 茗荷と大葉が刻んで乗っている。

 タレが美味しい。

 なんだろう。

 練り白胡麻はわかったけれど。

 聞いたら、醤油、甘酢とマヨネーズがプラスされていた。



 それから蒸し野菜にはオランデーズソース、それから数種類の茸のマリネに茄子の煮浸し。

 金胡麻ダレとポン酢ダレで豚と牛の蕩ける様なしゃぶしゃぶが美味。



 秋刀魚のバッテラは、しめた秋刀魚とおぼろ昆布で、甘酢生姜と大葉を混ぜた寿司飯を巻いた寿司。



 赤羽太の潮汁がこれまた美味しかった。

 デザートには林檎と洋梨のさっぱりシャーベット。

 最後は香ばしいほうじ茶。



 旬の物と先取りの物があって美味しかった。

 まだ本調子じゃないのに、完食してしまう。



 しゃぶしゃぶを食べた後のシメに前世ではきしめんだったな。

 前世でしゃぶしゃぶのタレに細ネギと共に付けて食べるのが美味しかった。

 最後はしゃぶしゃぶのタレにお湯を入れて飲んで終わりだったっけ。



 今日は自分でシャブシャブするのではなく、湯通ししたものが出てきたからちょっと残念だ。

 今度自分でしても良いか料理長に訊いてみようか。

 こちらの常識が分からないから、どう言えば良いのか考えなくては。



 お父様が心配そうに


「もう、起きていて大丈夫なのかい? 怪我はアギロが治したとしても色々疲れたろう」

「やっぱりまだ寝ていた方が良いんじゃないか」


 等さまざまに言われたが


「大丈夫。美味しものを食べると元気が出るから」


 私の本心を言っておいたが、納得してくれない。

 あまり心配されると申し訳なく思う。

 何というかいたたまれない感じだ。

 怪我は治してもらったし、大丈夫だ、と思う。


「心配をお掛けしました。優しいお言葉、ありがとうございます。色々教えて頂きたいのですが、よろしいですか?」


 そう改まって聞くと、お父様は普通に話してくれと涙目だ。

 何故に。


「色々教えてくれると嬉しいです」


 そう妥協してみたが、何かブツブツエルザが大人になって寂しいとか言っている。

 うぅ、お母様がいたらビシッと纏めてくれるのにと、ここにはいない人を偲びつつ、お父様が何だか相変わらず面倒だと思わず思ってしまった。





 何とかお父様から聞き出す事に成功したのだが、それによると、アデラは元に戻すのが難しいらしい。

 詳しくは聞けなかったが、どうやら詳しく研究してみないと分からないとの話だ。

 幻獣達も見たことのない魔法だという。

 妖精王にも診て頂こうという話になっているとか。

 凄い大事になっている予感がする。



 ディルクは怪我の方は治したが、目の治療法は分からなくて、身内も探してはみたが登録してある者は生存者がおらず、孤児院に入る事になりそうだと聞いた。



 他に捕まっていた人は既に船が出ていたのもあり、囚われていた場所自体国外だから、捜索は難しい、という話だった。



 そして、一番問題になったのが帝宮の警備だ。



 国の中枢が狙われたのかもしれないと、国全体の警備が強化され、貴族の中でも特に上位貴族は外出の際の警備体制を強固にするという話だった。

 事件のあらましは教えてもらったが、詳しい内容は秘密らしい。



 なんだかもの凄い大事だが、自分を始め、この国の中枢を担う家の子供達が攫われたのだ。

 それも一番警備が厳重なはずの帝宮から。

 当然の反応かもしれない。



 前世との立場の違いを改めて思い知った。

 自分の言動には十分配慮がいるという事を再認識してしまう。



 だが、それでも、私は変われない所がある。

 だから父にお願いをした。



 ディルクをこの家で引き取れないかと。

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