第22話
お父様は快く了承してくれた。
そればかりではなく
「他に何かお願いは無いのかい? 出来る事なら何でも叶えてあげるよ」
そう言って私を甘やかそうとする。
「少しでも私の心が晴れるように、の気遣いなのは分かるけれど、過剰だと思う。それに私のは我が儘だから」
そう告げたら、苦笑して、
「エルザは余り甘えてくれないから、お願い事されて嬉しかったんだよ。あと、ディルク君だけど、精霊に気に入られる性質な上に、本来は紫の瞳なら、家で引き取っても問題はないんだ。我が儘ですらない。家にも利益のある事だからね」
私の頭を撫でながら教えてくれた。
ちょっとは安心したが私の我が儘なのは変わらない。
父に言った初めての我が儘だろう。
申し訳ない気持ちもある。
それでも何もしないなんて選択肢はなかった。
やっぱり少しでも関わったのなら途中で放り出すなんて出来ない。
一緒に囚われた中だし、孤児院に入れられるのなら、家で何とかならないのかと思ったのだ。
甘いのは解っている。
それでも彼を放って置くことがどうしても出来なかった。
父からしばらく家から出ないようにと言われてしまう。
ゆっくり療養するようにとの事だ。
その間は習い事とかはお休みらしい。
残念だが、ここでしっかり休んでおかないと後々迷惑をかけそうだし、言葉に甘えてゴロゴロしていよう。
そうは思ったが、数日経っても昼間でも独りでいるのが怖くなって、絵本を持ってきてもらって読んでいた。
アイクとカーラも学ぶ事が沢山あるし、私に付き合わせても悪いから、本当はとても怖いのは黙っている事に。
何せ総合年齢的には私の方がお姉さんだからね。
甘えちゃだめだ。
お父様も忙しいし、迷惑を掛けるわけにはいかない。
それでも独りになるとやっぱり駄目だ。
ぐるぐる恐怖が沸いてくる。
今思えば、前世の従兄弟には甘えっぱなしだったと思う。
怖い事があるとずっと一緒にいてもらったものだ。
こちらがもう良いよと頑張って意地をはっても、私が本当は独りが怖い事を見抜いて、一緒に居てくれた。
彼にも自分のしたい事があっただろうに、本当に悪い事をしたと思う。
迷惑ばかり掛けていたのだ。
もう直接謝れないのも、感謝できないのも本当に悲しい。
だいたい、従兄弟には返しきれない恩があるのだ。
従兄弟を思い出しながら思考に耽っていたら、お父様が帰って来たと侍女が教えてくれた。
まだ昼食までそれなりに時間があるはず。
この頃帰りの遅いお父様なのに早すぎると思いながら、挨拶に向かおうとした。
すると侍女が応接室に案内してくれたのだ。
何だろう? お客様でも連れてきたのだろうかと緊張しつつ、応接室にノックしてから入室した。
入って驚いたのは、お父様に連れられてディルクが居た事だ。
「お父様?」
思わず訊ねたら
「ああ、手続きが終わってね。彼は今日から家で正式に引き取れる事になったよ」
ディルクの肩に手を置きつつお父様が説明して下さった。
「ありがとうございます、お父様。ディルクもこれからよろしくね」
微笑んで二人に言った。
「はい、宜しくお願い致します。エルザ様、もう体調はよろしいのですか?」
何か他人行儀だが心配そうにディルクが言う。
「体調はもう大丈夫よ。心配してくれてありがとう。えっと、敬語なのは何故?」
訊いてみたのだが、それにはお父様が答えた。
「エルザ、彼は一族の人間じゃない。我が家に仕える人間として引き取ったんだから、上下関係はしっかりしないとだめだよ」
そうだよね。
家族として引き取るというのはやっぱり無理だろう。
血縁者でもない人間は、大公爵家で引き取るとしたら仕えさせる為だ。
この国は皇帝陛下と幻獣と魔力至上主義で、特に皇族は言うに及ばずだが、皇祖を助けた紫の瞳の持ち主を祖に持つ四大公爵家と、エドの家は特別な血筋とされて尊重されるのだった。
全く一族と関係ないディルクは一族の人間として引き取れるはずがない。
四大公爵家以外の貴族や士爵だって血統も重んじるのだから尚更だ。
ディルクはまだ幼い。
魔力が強くて高位の幻獣を得られたのなら貴族になれるというが、まだ彼は幻獣と誓約を交わせるのかさえ分からない状態なのだから、当然か。
それに例え我が家で引き取れても、幻獣か妖精と誓約を交わせないのなら、貴族籍は抜かれるし……
「分かりました、お父様」
そう言ったらお父様は満足そうに相好を崩した。
私も自分の立場をもっと考えなければ。
前世とは違うのだから。
この世界で生きているのだから、守らなければならない事が沢山ある。
郷に入っては郷に従えというものだ。
しっかりしなきゃ。
そう改めて思った。
お父様はまだ仕事があるとかで急ぎ足で屋敷を出て行ってしまう。
ディルクの教育係は家令のツィルマールか執事のバルドが担うらしい。
早速バルドが迎えに来て連れて行った。
部屋へ案内しつつ、この屋敷の間取りも教えるみたいだ。
邪魔しては悪いから、また自室に戻って本を読んでいた。
地理の本、だろうか。
色々見繕ってもらったから本は大量に部屋にある。
勉強もお休みだし、自主学習には丁度良いかなと思ってみた。
帝国の領土ってとても広いんだよね。
絵本で見たけれど、前世で例えるなら南北アメリカ大陸並じゃなかろうか。
正確な広さはまだ良く分からない。
それでも、この星はどうも前世の地球よりだいぶ広そうな印象を受ける。
だから地図で見るより、この世界は実際はもっと広大なのだろう。
帝国の領土は、他の大陸とは峻厳な山脈で接しているが、そこで区切られていて、その僅かな箇所を除き後は海で囲われている。
前世で例えるならアフリカ大陸とユーラシア大陸というより、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸が少しだけ陸続きの状態で境目が山脈、というのが私には理解し易かった。
レムリア王国はまったく別のオーストラリア大陸みたいなものだ。
レムリア王国の広さを地球の地図で例えたら、アフリカ大陸より中々大きい感じ、だろうか。
尤もこの世界の大陸の方がずっと大きいとは思うのだが。
帝国領土の内、幻獣達の生まれる森の割合は、前世の世界地図に例えるなら南アメリカ大陸の大部分といった所みたい。
こちらの大陸の方がずっと広い様な印象を受ける。
まだ正確な広さとか分からないから、何となく、ではあるけれど。
前世の地球の面積とか大陸の広さとか、もうかなり朧げだが、この世界の方がかなり大きいと、何故か分かるのが不思議ではある。
でもアンドラング帝国人って全体数は前世の日本以下の人数しかいないから、大陸はすっかすかだそう。
だから貴族の領土は広大らしい。
士爵達の領地も江戸時代の大身の旗本以上みたいだ。
だが、都市部とかに人口が集中していて、都市の人口は多いらしい。
要は人の住んでいない場所が広大なのだ。
貴族や士爵達は、”人形”といわれる、命令を受ければ疲れずずっと動き続ける人型の魔力で動く機械を使って、色々作業させるという。
会社や平民が所有している場合も多いとか。
大型の機械も色々あるらしい。
私はあまり家から出してもらえないから、そんなに見た事は無い。
帝国の魔導師ならつくるのは難しくないらしく、大量に出回っているそうだ。
だから元々肥沃な土地であるのも手伝って、農作物はかなり輸出しているらしい。
後は様々な魔導具に魔石。
生活用品とか様々な物を輸出している。
レムリア王国はアンドラング帝国とは比べものにならない位人口が多いから、交易は順調だという。
帝国内でそう産出されない宝石類や鉱物が、レムリア大陸は色々ふんだんに採れるらしい。
金とか銀とかも豊富な土地とか。
代わりに帝国内では、前世の世界には無い鉱物類とかが採れるみたいだ。
帝国は大陸が広いから、空飛ぶ船とか転移門が発達して活用しているという事みたい。
その上、命獣は普通の獣とは比べ物にならない位頑丈で足も速いから有効利用されているし、命獣の牽く乗り物に乗れる事は一種のステータスらしい。
「名無しの王様」の影響下の国々と帝国は、基本的にあちら側からこなければ帝国と接触は皆無だという。
昼食の、前菜兼サラダと、パンケーキフルーツ盛り合わせ、バニラアイスクリームと生クリーム、キャラメルソースたっぷりと、里芋のポタージュスープ、デザートの南瓜のクリームブリュレ、食後の紅茶を飲み終わりまったりしていた。
フルコースじゃない割と軽めの昼食だ。
するとまた来客があったらしく、侍女達が慌ただしい。
「フェルディナント様、エドヴァルド様がいらしております。エルザ様に面会を求めていらっしゃいますが、どうなさいますか?」
「いつもの部屋にお通しして」
そう言うと私専用の応接室に向かう。
二人とももう良いのかな。
あんなに怪我をしていたのに大丈夫なのだろうか。
私のせいで大怪我したのに。
本当に申し訳ない。
不安と申し訳なさで心は千々に乱れていたが、独りじゃなくなる事に安堵もしていた。
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