第13話

 ――――……檻……だよね。檻だな檻。



 頬をつねってみたが、檻の中にいるのは変わらない。

 訳がわからない。

 記憶が混乱している。

 どうしてこうなったのか、思い返してみるか。







 この頃はルーからルディって呼べるようになったからそう呼んでいるのに、何だか彼は不満そうだった。



 そんなルディの主催する内輪なお茶会に呼ばれて、帝宮に行く事になったのだ。



 帝国の貴族は、五歳までは基本的な礼儀作法や貴族の常識、早い者だと戦闘訓練を始めたり、芸事を習う者もいるらしい。

 それから帝国の社会常識を教えたり、絵本を読み聞かせたり読ませたりといった感じ。

 語学を学んだり、勉強系を習う子も勿論いるという。



 魔力検査を受けた後から家庭教師を雇って本格的な教育が始まる。



 皇族や貴族の魔法学校入学前の子供が開いたお茶会に出席したり、自分がお茶会を開いたりするようになるのもこの頃。

 社交界の前段階である大事な時期だという。



 魔法学校でも人脈作りは大切だが、入学前に顔見知りが居るのと居ないのとでは大違いだから、貴族なら必ず開催するか、出席しなくてはならない。

 士爵階級の人達も主催はしないが皇族や貴族のお茶会に出席するという。



 勿論、全てに出席する訳ではなくて、親が選んだものに出席する。

 縁故の関係が色々複雑にあるからだそうだ。



 私は身内でもあるし、親しい上に身分も高いから下手な人はこないだろうと、ルディが開くものがお茶会デビューに決定した。



 お茶会当日、明るい青緑色、前世だといわゆるペパーミントグリーンかな、の爽やかでありながらリボンやフリル、レースをふんだんに使ったドレスを身に着け、編み込んだ髪に緋色の薔薇を飾り付けて、後ろ髪を下ろした姿で帝宮に向け出発した。

 かなり緊張していたと思う。

 私、結構な人見知りだからなあ。

 ルー達がいるから、知らない人がいても大丈夫だろうと言い聞かせて向かったのだ。


 

 帝宮の入り口に付いてから案内したのは中年の侍女と従者で、そこで家から付いてきた人達とは別れた。



 案内される途中で、やけに遠いな、広いからかなとも思ったが、何か変だなと不信感を抱いた時には、突然アデラが結晶化されてしまって、私も意識を失ったんだったと思い返す。 





 気が付いたら檻の中で、訳がわからない内に結晶化されたアデラとも離されてしまった。

 薄暗い中でも、檻だというのは分かる。

 窓が無いから、今、昼か夜か分からない。

 扉からも明かりは漏れてこないから。



 現状を確認して、さてどうしたものかと思って、ふと、隣を見ると、隣の檻の中で誰かがこちらを眺めている。

 誰だろう。

 取りあえず挨拶してみた。


「こんにちは。貴方も捕まったの? ここがどこかわかる?」 


 隣の人物は酷く怯えていた。

 ぼそぼそとこちらを窺いながらだが 


「わからない。おれは売られてここに来たから」


 そう言った。


 どういうことだろう。

 帝国内なのだろうか。

 考えながら辺りを見回すと、どこかの小屋のようだが……



 売買目的で攫われたのだろうか。

 帝宮から? わからない。

 情報が少なすぎる。

 それでもお父様やルディは助けに来てくれると固く信じた。

 迷惑をかけて本当に申し訳ない。

 だがこれは自力ではどうしようもなさそうだ。



 檻には鍵が付いていて、自分で開けることは無理そう。

 開けた拍子に飛び出しても、子供の足では直ぐに追いつかれるし……



 色々考え疲れて溜め息をつく。

 すると、隣の人物がビクッとなる。

 どうしたのだろう。

 もしかして、酷い目に遭って人が怖いのだろうか。



 彼だと思うのだけれど、その人物を見て聞いてみる。


 

「貴方、どうしてそう怯えているの?」


 彼はおずおずと話し出す。 


「おれが気持ち悪くないのか」


 そう言われて、彼をよく見る。


 

 確かに肌は緑色で滑っていて垂れ下がり、口は真中から裂けていて、歯茎も同様のようで裂けていた。

 それに鼻も無い様だ。



 だからなんだと私は思った。

 病気か何かだろう。

 差し当たっては遺伝子の異常か、産まれる時の栄養不足だろうか。

 病院にも色々な子がいたものだ。


「気にはならないよ」


 そう伝えると、彼は驚愕したようだ。


 窺うようにこちらを見つめるが、私は何故彼が窺っているのか困惑するばかりだ。



 彼は意を決したように 


「ありがとう」


 そう僅かにはにかみながら言う。 


「そうだ! 私、貴方に名乗っていなかったわね。エルザよ」


 家名は避けた。

 また驚かせたら悪いし。

 それに、みだりに家名を名乗ってはいけないと教わったから。


「クラウディオ」


 それから彼と雑談をしたのだ。 

 どうやったら出れるかとか、ここはどこだろうとか。 





 そんな、檻の中だけれど穏やかな時間は突然終わりを告げた。



 見たこともない男達が部屋に入って来たのだ。

 武装していて、とても怖そうだ。

 目つきも鋭い。



 そして無言で檻の鍵を開け、クラウディオを檻の外に引きずり出した。



 彼が一生懸命歩いているのに、男達はクラウディオを小突く。

 しまいには蹴り飛ばす。



 だから、思わず声が出た。


「止めて!」


 しまったと思った。

 男たちの澱んだ瞳が私に向けられる。


「しかし、こんな見目いいガキ始めて見たぜ 。味見するかな」


「よせ。商品価値が下がる 」


「魔族だぜ」


「だが、商品だ」



 そのやり取りで帝国の人間じゃない、敵国の人だと判ってしまった。



 帝国と友好国以外の国は、つまり、帝国を蔑み隙あらば侵略しようとする国の人達は、帝国人を魔族と呼ぶのだ。

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