第14話

 劣情で歪んだ光をギラギラと放つ瞳。

 私に向かって歩みを進める男。



 ――――気持ちが悪い、吐き気がする。

 こいつらに触られるのは絶対に嫌だ!

 をするのはもう耐えられない!


 嫌悪感と恐怖で動く事も出来ずにいる。


 どうしたら……のに――――



 恐慌状態の私の意識を呼び戻したのは、クラウディオの言葉だった。


「止めろ、彼女に近づくな!!!」


 そう言って、私に近づこうとした男に向かって突撃した。

 容易く避けられて、転んでしまった彼を男は容赦なく蹴り続ける。



 どうしたら良いの。

 私は檻の中で、止めてと叫んでも彼らが聞いてくれる訳がない。

 ただオロオロするしか出来ない自分に心から腹が立つ。


「いい加減にしろ。それ以上やると流石に商品が死んじまう。あと、あのガキに手を出すと折角の大金の元がパアになっちまうぞ」


 それを聞いて、私を気持ち悪い目で見ていた男がクラウディオを蹴るのを止める。


「クラウディオ!」


 そう呼びかけると、彼は微かに反応した。

 良かった、生きてた! 

 でもとても痛そうだ。

 私が脅えなければ、彼がこんな目に遭う事も無かったかもしれない。



 自責の念が襲っている間に男達は彼を連れて行ってしまった。



 クラウディオが心配で仕方がない。

 あれ以上酷い目に遭わないと良い。

 商品を死なせると困るみたいな感じだったから、治療してもらえるだろうか。

 どこか骨折とか内臓破裂とかしてたらどうしよう。



 独りでいると悪い想像ばかりしてしまうのを止められない。

 クラウディオがいて、私は随分助けられていたのだろう。



 連れて行かれた彼が気に掛かって仕方がない。

 あれこれ願ってみても、自分には何も出来ないのだ。 

 せめて助け出された時、彼がまだここにいてくれたら助けられるのに。



 色々考えていても良くない想像ばかりして、建設的な事が思い浮かばない。



 こうして独りでいると無性にルーの事が思い出される。

 お茶会、行けなくて悪いことしたなとか、心配しているかなとか、助けに来てくれたら嬉しいなとか。



 お父様はきっと助けに来てくれる。

 そう信じて待つしかない。



 アデラは無事だろうか。

 結晶化されたけれど、元に戻るのかな。



 無意識に思わずルーにもらったペンダントを握りしめる。



 無性に寂しくなった。

 いつも、ルーやアンドやフェル、エドがいて、騒がしくても楽しかった。



 それにしても、ダメだな私は。

 もう、勇には迷惑掛けないってあの時決めたのに。

 何かあったら、まだ助けを求めている。

 従兄弟はここにはいないのに。

 本当にダメダメだ。



 そう、反省していたら、ふと気が付いた。



 波の音が聞こえるような気がしたのだ。



 耳を澄ませてみようとしたその時、また物音がして、男達が入って来た。

 思わず身を固くするが、私には目もくれず、隣の檻に誰かを入れていく。



 男達が去った後、隣の檻を視てみる。



 私と同い年か少し年上の少年のようだ。

 酷くボロボロな衣装だが、怪我はそうないように見える。

 顔はこちらを向いているから判ったが、薄汚れてはいるがとても美しい。

 意識はないようだ。



 少年から、何か違和感を感じる。

 何だろう?



 少年が呻き声をあげる。

 心配した。

 判らないが酷い怪我をしているのだろうか。


「大丈夫? どこか痛いの?」


 そう聞いてみたら、少年がゆっくりと起き上がった。


「誰かいるんですか」


 不安そうな声に答える。


「いるわ。この部屋には私と貴方の二人だけよ」


「良かった。一人じゃないんですね」


 どうやら安堵してもらえたみたいだ。

 でも瞼を上げないし、もしかして目が見えないのだろうか。


「私はエルザ。貴方は?」


「ディルク」


「宜しくね。ディルク」


「はい。宜しくお願いします。――――あの、名前と声から察するに女の子ですか?」


 ほのぼの自己紹介していたら、彼が訊いてきた。

 やっぱり目が見えないみたい。


「ええ、そうよ」


「大丈夫ですか? 酷い事されませんでしたか? どこか怪我していたりしませんか?」


 そう心配そうに訊いてきた。

 優しい子なのだろうか。

 それとも酷い目にあったから私もそういう目に遭ったかもしれないと? なら、やっぱり優しいのだろう。


「大丈夫よ。さっきまでいた子のお蔭で無事」


「そうですか、良かった。……さっきまでいた子?」


「別の子が入っていたのだけれど、連れ出されたの。会わなかった?」


「会いませんでした。――――いえ、見えませんから、分からないです」


「そう。教えてくれてありがとう」


 意を決した様にディルクが言った。


「あの、もしかして、帝国の人ですか?」


「ええ、そうだけれど、何故?」


「帝国語を話している様なので、そうなのかな、と」



 和やかに会話を続けているが、ディルクを初めて見た時から感じている違和感を再認識していた。



 そう、何とも言えない違和感を彼から覚えるのだ。

 何だというのだろう。

 少年からは悪意はまるで感じないというのに。



 まるで、元から有るモノが失われてしまい、欠けて歪になっているような、不思議な感覚を彼から感じていた。

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