第12話

 今日は授業も休みだし、天気も良く気持ちが良い初夏の風もそよそよと吹いているから、庭で読書をしようと子供用の絵本を持ち出す。

 庭の花々は咲き誇っていてほのかな芳香を感じる。

 植物の緑色も目に楽しいし、何とも言えない草木の匂いも良い感じで、とても気分が良い。

 体調が良いのも影響しているだろう。



 私は中々外出を許してもらえない。 

 精々、他の大公爵家に行く程度だ。

 私が魔力無しだから、らしい。

 発覚する前はお母様が具合が悪くて出歩くのが怖かったし、その後は喪中だったし、私が体調崩すしで帝都の店とかは行った事もない。



 早く幻獣とかと誓約を交わして、自由に出歩けるようになりたいなぁ。

 とはいえ貴族だから、一人で勝手にどこかにいくのは不味いのだろうが。

 それでも街の雑貨屋さんとかカフェとか行ってみたかったりする。



 服とか装飾品とかは家に業者の人が来て、細かく採寸したり、家にモデルの人達が来てファッションショーだからなぁ。

 どういう風に見えるのかとか良く分かるのだけれど、私だけの為のショーとか何だか居心地が悪い。



 家政婦長を始め、侍女さん達がその中からデザインを選ぶのだが、更にこうした方が良い、ああした方が……と色々凄い。

 それを元に、更に私の立体映像を使ってデザイナーさんが手を加えていくのは、眩暈がしそうになる。

 感覚の違いで。

 貴族なら当たり前らしいというのが、怖いと思ったり。



 前世では服とかふくめ自分で買いに行っていたし、母や従兄弟、友達と行くことはあっても、家に高級服飾店の人とか宝飾店の人が大挙して来るとかはなかった。

 うん、転生して五年が経ったが、まだ慣れない。

 なのに年齢が行くと更に来る人が増えるとか聞いてしまった。

 もう少ししたら、武器や防具とか色々戦闘用の物も増えるからだというが、これより大変になるのかと頭痛がする。



 学校に入学したら寮生活だから、幻獣か妖精を得たら街で暮らす訓練等を受けるのが貴族の常識だ、というのには素直に驚いた。

 寮は貴族なら個室だという。

 そしてキッチン付きだから、街で食材を買う必要も出てくるらしい。

 それで買い物をしたり、公共交通機関に乗る訓練必須だとか。

 貴族は自家用の馬車とか自家用船で移動だから、まず公共交通機関への乗車経験が無いから、らしい。



 寮には専属のシェフがいて食堂もあるらしいが、細々とした物の買い物や支払いは自分でしなければならないとか。

 買い物も支払いは使用人がするから、自分でお金なり指紋認証やら虹彩認識だとか顔認証を使う訓練がいるのには驚いた。




 そんな事をつらつら考えつつ、本を広げる。

 まだ難しい本は無理だ。

 読めない字が沢山あって、訳が分からない。

 辞書を片手に読んだり頑張ってはいるが、とても疲れる。

 だからもっぱら家の図書室に行っては、子供でも手が届く様に陳列された絵本を暇をみては読んでいるのだ。



 子供用だが、この国の歴史とか英雄の話、神話も解って結構面白い。

 仕掛け絵本等もあって飽きがこないのだ。



 アデラは天気が良いからとフワフワとお出かけ中だ。

 アギロは近くで寝ている。

 気持ちがよさそうだ。




 読み終わって一息つく。

 すると


「読み終わった?」


 突然近くから声をかけられて驚く。

 でもこの声は


「エド! 来ていたのならすぐに教えてくれれば良いのに。家の執事達も来たと私に知らせて欲しかったわ」


 そんな愚痴を思わずこぼすとクスリと笑い


「何か真剣に読んでいるからさ、声をかけたら悪いと思ったんだよ。後、執事達は知らせようとしたけど、俺が断っただけ。あ、これチョコレートの詰め合わせ。帝都でも人気の店のやつ」


「それはチョコレートも含めてありがとう。来たのを知らせないように何故したの?」


 エドはその質問には答えずに絵本の表紙を見て



「『名無しの王様』の話かぁ。この人、かなり怖がりだよね。本物の神様が怖くて名前を隠したとかさ。でも神様相手に名前隠して意味あるのかね」


「この王様は効果があると思ったんじゃない? 実際、神様、この王様に何もしてないし」


 そう、「名無しの王様」は昔々の実在した人間の王様の話だ。

 魔力が強い人達を奴隷の身分に落とした、帝国人にとっては怨敵。

 そして、今の帝国人より長生きでとても魔力が強かったらしい。

 帝国と友好国以外の世界の大部分では唯一神として崇められて、信仰されているという。



「名無しの王様」は、西にある「名無しの王の大陸」の端から行くと幻獣の森の更に先にあるアールヴヘイム王国と、別の大陸で大洋に遮られているレムリア王国は侵略出来なかったらしく、影響も受けていないから、この二つの国はアンドラング帝国にも友好的だ。



 先に進む事を拒絶した、停滞の時代。

 余りにも名無しの王様が凄すぎて、その後に誰も続けなかった。



 現在の「名無しの王の大陸」は、文明レベルも非常に低いと習ったのだ。

 未だにほとんど発展していない、らしい。

 旧石器時代よりはマシ、なのだろうか。

 戦乱も多発していて酷く、それが平均寿命を引き下げている要因の一つ、だという。

 まだ詳しく習っていないけれど、興味もあるのだ。


「別に、この王様が生きていたからって世界が壊れるとかじゃなかったから、死ぬまで放置したんじゃない。神々はよっぽどの事が無いと人間に干渉しないよ」


 つまらなそうにエドは言うけれど、私はちょっと納得できなかった。


「でもこの人のお蔭で、私達の先祖は辛酸をなめたのでしょう? こんな王様が生まれてしまったのなら、何かしてくれても良いじゃない」


「神々はそう都合の良い存在じゃないよ。基本的に世界の危機以外は不干渉だから。それでも色々手助けはしてくれたじゃないか」


 困った子供を見るように私を見つめながらエドが言う。

 私の方が合計年齢的には年上のはずなのだけれど……

 なんだか自分が情けないが、訊ねた。


「手助け?」


 何を当たり前の事をという感じで、エドが教えてくれる。


「そう。我が帝国の皇帝陛下の始祖たるお方を誕生させ、それに協力する紫の瞳の強力な従者達を誕生させた。十分だと思うけど」


 考え込んでしまう。

 確かに手は差し伸べて下さったわけだよね。

 基本不干渉なら、破格といえるかもしれない。


「でも、神様達は自分達が信仰されなくても良いのかな」


 感謝されれば神様たちも嬉しいと聞いていたから、神様たちも別の、全く関係のない人間が信仰されたら、腹は立たないのだろうか。


「まあ、自分達を信じないなら、手助けもしない、って感じじゃない。やっぱり自分を信仰して、感謝してくれたら嬉しいらしいよ」


 幻獣という、神々とも繋がっている存在が側にいる事もあって、帝国の、それも貴族だと割と神々の事は身近に感じる。

 だからといって、甘えずぎてもだめだよね。

 自分達で出来る事はしないと。



 ブツブツと呟く声が聞こえたのか、艶やかで端正な顔を綻ばせ、エドは楽しそうだ。


「エルザは真面目だなぁ。始めから何もせずに神頼みの奴もいるのに。まあそういう人には神々も手助けはしないみたいだけど。精一杯努力する人にはちょっとご褒美が与えられたりするらしいよ。ま、それくらいで加護とかは良いと思うけどね、俺は」


 うん、私もそれで良いと思う。

 どうしようもなくなったら、きっと神様に頼ってしまうかもしれないけれど、それは最後の手段だ。

 それでどうにもならなくても、自分の努力が足りないか、神様にだって出来ない事があるだけなのだから。

 その時は仕様がない。

 足掻くだけ足掻いてみよう。




 エドが帰ってから、昼食を食べて、また庭で読書をしていた。

 アデラは帰ってこないし、アギロは相変わらず眠っている。

 気持ちの良い天気だし、出かけたくなるのも眠たくなるのも分かるから。

 今度は「名無しの王様」の後の時代で、帝国以外の歴史を記した絵本を読んてみる。





 努力しなくても十分に生きていけるため、だれも何も考えなかった。

 それまでが悲惨過ぎたのだ。

 いや、以前より圧倒的なまでに裕福に便利になったからだろう。



 新しい事を考えたり、作ろうとした人達は差別され、奴隷に落とされたり殺されたのだ。

 皆、過去だけを見て、未来をみようとしなかった停滞の時代だと本には書いてあった。





 停滞の時代は、お母様の生まれ故郷のアールヴヘイム王国には関係の無い事らしい。

「名無しの大陸」とはそもそも初めから繋がりが無いからだそうだ。

 レムリア王国は一つの大陸丸々一つの王国で、そもそも交易する様になったのはアンドラング帝国が先。



 レムリア王国は、「名無しの王様」の影響下の国々には、限定的な場所以外は入国許可を出していない。

 つまりアンドラング帝国とアールヴヘイム王国以外の国々の人々全てだ。

 学んだ限りでは、まるで江戸時代の出島の様相らしい。

 昔は普通に交易していたらしいが、色々問題が出たから、出来れば「名無しの王様」関連の国々とは関わりたくないと聞く。






 停滞の時代は何だか怖いなと思った。

 何か新しいことをしようとしただけで罰せられるなんて、とても不自由に思える。

 そんな時代が二千年以上も続いたなんて……



 考え込んでいると、侍女に声を掛けられた。


「エルザ様、フェルディナント様がいらしております。どうなさいますか?」


「こちらにお通しして」


 慌ててそう答えると


「かしこまりました」


 そう言って侍女は下がっていって、しばらくして、フェルが侍女と共に現れた。


「こんにちは。今日は良く晴れて気持ちが良いですね。我が家の薔薇が綺麗に咲いたので、受け取って下さい」


 そう言って、見事にラッピングされた美しい白い薔薇の花束を、優しい笑顔と共に差し出す。


「フェル、ありがとう! とっても嬉しい。それに良い匂い」


 受け取っただけでふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 なんだか桃の様な香りだ。

 美味しそう。

 桃は大好物だ。


「ジャムにしても美味しいですよ」


 クスクス笑いながらそう言われてしまった。

 声が漏れていたのかな。

 気を付けよう。


「こんなに綺麗なのに、ジャムにしたら勿体ない様な。でも長く楽しめるからジャムの方が良いかも」


 そう結論付け、侍女に料理長にジャムにしてもらうように頼んで薔薇を預けた。



 まだ笑っているフェルをちょっと睨む。

 すると


「すみません。それにしても停滞期の歴史ですか。この時代は魔力の強い我々の先祖が辛酸を嘗めたのでしたね」


 少し辛そうにフェルは言う。

 これは絵本だから、まだ内容はそう直接的ではない。

 彼はそう言えば、歴史に造詣が深かった気がする。

 色々知っているのかな。



「アンドラング帝国人の中でも、誓約を交わした人は幻獣や妖精と誓約を交わした人同士でないと子供は出来辛いですが、そもそも帝国人同士か、アールヴヘイム王国人とでないと子供は出来ません」


「どうして?」


 素直に訊いてみた。

 前世の世界だと人種が違っても子供が出来るのに不思議だ。


「種として既に他とは変異してしまったから、というのが有力ですね。まあ、レムリア王国人も同国人同士でしか子供は出来ないのですが」


 それは凄いな。

 種として違うなんて……

 付け加えるように更に教えてくれた。


「帝国人は他の人類よりも、幼い内の身体機能の成長が早くて、脳の成長は他の人類と比べると顕著ですね。友好国の二か国も、その他の大半の人類よりは成長は早かったかと思います」


 うぅむ。

 生まれてそれでしばらくしたら思考がクリアになったのかな。

 しかし、レムリア人は同国人同士でしか無理ってどういう事だろう。


「レムリア王国人は、帝国人ともそれ以外の国々とも種が違うという事?」


 小説とか漫画だと、エルフとか獣人とかと子供が出来る設定が多いけれど、やっぱり不思議だ。


「そうですね。名無しの王の支配下にあった国々とも、アールヴヘイム王国とも違う誕生の仕方ですから。レムリア人はレムリア大陸で発生しましたし」


 レムリア王国の人達は結構魔力が強いらしい。

 帝国人やアールヴヘイム王国人程ではないにせよ、優れているという話だしね。

 アールヴヘイム王国人も、その王国内で発生したというのはお母様から聞いている。

 漫画とか小説の亜人種より外見的区別は無いけれど、遺伝子とかの根本的な所で違うのかな。



 それから更に興味深い話をしてくれた。


「名無しの王は我々のように幻獣と誓約を交わしたわけでもないのに、恐ろしく長命でした。そして魔力も凄まじかった。この事から、彼は何らかの世界のシステムのバグではないかという説があります」


 驚いた。

 そんな事ってあるのだろうか。

 聞いてみると


「それは正確にはわかりません。ですが、世界のシステム的に問題があって、それ故に誕生してしまったから、神々は我々を援助したのではないかという学者もいます」


「神殿の神官達とか、信徒の人に文句を言われそう」


 思わず感想を呟くと


「まあ、面白くはないですよね。慈悲の心で手を差し伸べて下さったと信じたい人もいるようですから。私に言わせると、どんな理由があるにせよ、助けて下さったのは本当なのだからつべこべ言うな、という感じですか」



 フェルは憮然としつつ言う。

 彼はかなり信心深い方だし、帝国愛も強いけれど、助けてくれたのなら、慈悲だろうが損得だろうが気にしないらしい。

 どんな心情だとしても、何か自分に良い事をしてくれたら、素直に感謝したいと私は思うから、フェルの意見も納得だ。

 それでも何か悪い事に利用されたのなら、やっぱりモヤっとするし、気分は良くないけれど。



 そんな話をしていたら、日も傾いてきて、フェルは名残惜しそうに帰って行った。

 フェルと二人きりで会うのは珍しいし、為になる話を色々してくれて面白かったしありがたかったな。





 こんな穏やかな日も良いなぁと今日を振り返って思った。

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